第139話 指導再開

「「お久しぶりです!!」」


 元気すぎるその二人の声に、ジュダは思わず耳を塞いだ。


「うるっさいな。無駄に元気してるなよ」

「そんなこと言わないでくださいよぉー」

「ほんと、いつぶりって感じなんだからさぁ」


 いつになく二人の絡みがだるい。


 キラキラと目を輝かせる二人を見て、ジュダははぁとため息をついた。


 ここはいつもの禁断の森、広間。

 そう。今日は、パーティー前に中断してから約一か月ぶりの、3人での剣術指導の日なのであった。


 俺がいない間も、剣術の稽古は再開していたみたいだが――。


 ジュダはぽりぽりと頬を掻いた。


「まぁなんだ?アンジェリーナもギルも、久しぶりだな。パーティーのとき以来だからもう二週間ぶりか?」

「「そうだよ(ですよ)!」」


 むっとした表情を浮かべ、二人はずいっと顔を近づけてきた。

 それを手で制し、ジュダは気まずそうに顔を背けた。


「悪かったよ。放置して。俺もいろいろ忙しかったんだ」

「忙しいって侵入者の件?」

「そうそう――」


 アンジェリーナの問いに同意しようとして、ジュダは気が付いた。


「なんでお前が知ってる?」


 視界の端で何かがビクッと動いたような気がして、ジュダはギロリと視線を動かした。

 見ると案の定、ギルが目を泳がしている。


「あれほど秘密厳守だと言ったよな!?」

「すみません、本当にすみません!」


 ギルは体が折れるのではないかという勢いで、ぶんぶんと頭を下げた。

 その様子に大きくため息をつく。


「まったく、お前、少しは隠し事できるようになれよ。そんなんじゃ社会で生きていけないぞ」

「――はい」


 小さく返事をし、ギルはうなだれた。


 はぁ。どうしてこいつはこうも素直なんだ。

 それがあいつの良いところであり、悪いところであり――。


 それにしても、この二週間は本当に怒涛の毎日だった。

 侵入者の件で、まず調書を取られ、その後は責任問題を問われ――。

 結局不問にはなったが、種々の後始末や捜査にも散々付き合わされた。

 おかげで本職もおろそかになるし、本末転倒だと思うのだが。


 そういえば。


 ウキウキで準備を始めたアンジェリーナとギルを見て、ジュダはふと思った。


 裏切り者のこと、こいつらは知っているのか?

 使用人の一斉調査はあったが、さすがに城にいるその他役職全員を洗うことは不可能に近いし、下手に情報が錯綜して混乱を招くのは最悪だと、一部の人間にしか内通者の情報は共有されていない。

 ギルは実際に犯人と会ってはいるが、制服のトリックにまではおそらく気づいていないだろう。


 侵入者の件がアンジェリーナに伝わっている以上、これ以上の情報を今、二人に告げる必要があるとは思えない。

 アンジェリーナならば、直接内通者のことを伝えずとも、制服のことを聞けば、その存在に気づいてしまうだろう。


 この件は、上がなんとかすればいい。

 俺のような下の者や、今はまだ社会の泥沼に接していない、純真無垢な姫様が思案すべきことではない。


「ジュダ教官、早く始めましょうよ」

「早く早く!」

「――わかった」


 このことは俺の胸の内に仕舞っておこう。


 ――――――――――


「ジュダ教官、そろそろいいんじゃないですかね?」

「あ?」


 稽古が始まってしばらく、先程ランニングを終え、休憩していたギルが突如、そう言ってきた。


「『そろそろ』って何が?」

「ほらぁ、アンジェリーナだって木の剣の扱いも、大剣の扱いだって相当うまくなったじゃないですか。だから、基礎練習も良いですけど――」

「――なんだ?言いたいことがあるならはっきり言え」


 妙にもったいぶるギルに少し苛立ちを滲ませ、ジュダは先を急かした。

 すると、ギルはにやっと笑ってこちらを見た。


「“必殺技”、教えてくれませんか?」


 一瞬の沈黙。


「――あ!?」


 ジュダの声が森に響き渡った。


「必殺技!?何馬鹿なこと言ってんだお前」

「バカじゃないですよ。俺は大真面目です!ジュダ教官もそうですけど、アンジェリーナだって、やっぱり自分の色は持っておいたほうがいいと思うんです。ほら、いくらジュダ教官のスタイルに似ているからといって、すべてがすべて同じってわけにはいかないでしょう?だからこそ、必殺技みたいに、ここぞというときの自分オリジナルの技は持っておくべきだと思うんです!」


 ギルのやつ、もっともらしいこと言いやがって。

 だが――。


「お前それ、ただ基礎練習サボりたいだけだろうが」

「え?そんなことないですよ?」


 ギルは声を上ずらせながら答えた。

 図星だったのか、こいつ。


「お前――嘘つくの下手なくせに誤魔化してんじゃねぇよ」

「言ってることさっきと真逆じゃないですか!?」

「ねぇねぇ!必殺技って?」


 ジュダとギルが言い合う横、いつの間にかアンジェリーナが近寄ってきていた。


「いや、それはこいつのたわ言で」

「必殺技、教えてくれるの!?」

「え、いや――」


 アンジェリーナは背伸びをして、ジュダにぐいっと顔を近づけた。


 こいつ、こっちの話、聞く気ないだろ。


 それが故意なのか無意識なのかはわからないが、ともかく、アンジェリーナの頭の中はもう、必殺技のことでいっぱいになっているようだった。


 くそっ、ギルの野郎わざとアンジェリーナに興味持たせやがって。


「ねぇねぇ!」


 アンジェリーナはアンジェリーナで物理的距離で迫ってくるし。


 ちらりと視線を落とすと、アンジェリーナは琥珀色の瞳をキラッキラに輝かせて、ジュダを見つめていた。


 あ゛ぁーくそっ!


「わかった!」


 ジュダは耐え切れずに口を開いてしまった。


「必殺技とやら、教えてやるよ。仕方ないから!」

「やったぁ!!」


 それを聞くや否や、アンジェリーナはぴょんぴょん跳び上がり、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 その姿を見て、ジュダは深くため息をついた。


 結局、求められるがまま良いようにされてしまった。

 なんだか心がモヤモヤする。


 何はともあれ――。


「ねぇジュダ、早く教えてよ!」

「ジュダ教官、お願いします!」


 ギル、お前だけは許さないからな。


 先輩に根にもたれていることなど露知らず、ギルはアンジェリーナとともにウキウキで剣を取るのだった。

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