第138話 瞬間完全記憶
「今頃、おじさま方バチバチにやってんだろうな」
「おじさまって」
「だって事実だろうが」
ギルの予想通り、リブスとベイリーがバチバチにやり合っていた頃、アンジェリーナ、ギル、クリスの3人はいまだ、勉強会を続けていた。
「まぁ確かに、あの上層メンバーで言えば、一番年下なのってお父様だもんね」
「え!」
アンジェリーナの言葉に、ギルが驚いて声を上げた。
「そうなのか!?」
「えぇ。イヴェリオ様は若くして国王に就任されましたからね。大臣の中でも一番若くて、40歳のベイリー国防大臣でしょうか」
なるほど。ということは国王を除いた大臣連中全員が40代より上、と。
やっぱりおじさんじゃねぇか。
そんないい歳した奴らが喧嘩じみたこと、してんじゃねぇよ。
「というかさ、そもそもなんだけど、どうして会議がバチバチに荒れるような事態になってんだ?」
「そうですね――」
ギルの疑問に答える代わりに、クリスはちらりと部屋の時計を確認した。
よく見ると、時計の針は勉強会が始まって半刻が過ぎようとしていた。
「あ。いつの間に」
「あ、ほんとだ」
「今日はこの話題を取り上げるつもりではなかったのですが、存外長引いてしまいましたね――まぁいいでしょう。それでは軽く説明しますね」
お願いします、と一礼し、ギルはクリスの話に耳を傾けた。
「今現在、王宮は大きく二つの派閥に分かれています」
「派閥?」
するとクリスはぴっと指を二本立てた。
「一つは、ベイリー国防大臣を筆頭とする戦争賛成派。そしてもう一つは、リブス宰相を筆頭とする戦争反対派です」
「リブス?」
あ。あいつか。
ギルの脳内に、にこやかな笑顔を浮かべるリブスの姿が再生された。
「あの胡散臭い奴な」
「胡散臭い?」
ギルの言葉にアンジェリーナが首を傾げた。
「そう?結構感じのいい人だと思うけど」
「あ!?嘘だろ?」
そういえば、あのとき、周りの反応も結構良かったような――。
え、こんなこと思ってるの、俺だけ?
「何かそう思う根拠でも?」
「え?いや、ないけど――なんか勘?」
「へぇ」
そう一言だけ呟き、クリスはまるで値踏みするかのようにこちらを見つめていた。
なんだよ、その表情は。
いっつも何考えてんのかわからねぇけど、今はより一層、やつの心の内が読めねぇ。
――いや待てよ。
そのときふと、ギルは思い出した。
つい最近、同じような反応をしてきたやつがいたじゃねぇか。
それにあいつは確か――!
「あ、そういえば思い出したんだけど」
ふと思い出したように、アンジェリーナが口を開いた。
「パーティーの翌日、プレゼント選別会があったんだけど、あのとき、妙にリストの配布が早いなって思ったんだよね。あれってもしかして、今回の襲撃騒動と関係あったりする?」
「関係あるもないも大ありだろ。襲撃のせいでプレゼントの中に不審物が紛れ込んでいないかどうか、早急に確認する必要が出てきて、リスト制作も翌日の朝までにしろ、だなんて言われるもんだからさぁ。そのせいで俺がどれだけ大変な目に遭ったことか――」
「「え!?」」
アンジェリーナとクリスが驚いた声を上げた。
「待って、あのリスト、ギルが作ったの!?」
アンジェリーナが目を真ん丸にしてこちらを見ている。
その様子にギルは即座にふるふると手を振った。
「いやいやいや、ちげぇよ!いや完全に違うってわけでもないけど」
「どっち?」
ギルは軽くパニックになりかけながら、うーんうーんと答えを振り絞った。
「えーっと、リストの内容、つまり参加者の名前と順番、プレゼントを覚えていたのは俺で、実際に書き下してくれたのは別のやつ」
シーンと沈黙が流れる。
我ながらなんてわかりにくい説明。
きっと二人も訳もわからず引いている――。
「今、『覚えていた』って言った?」
「え?」
躊躇いがちなその声に視線を落とすと、アンジェリーナが目を細めてこちらを見つめていた。
「そうだけど?」
「本当ですか?」
見るとクリスまでもが上目遣いにこちらを見ている。
「何だよ。疑り深い目で」
「ギル、それってすごいことじゃない?」
「え?」
アンジェリーナの言葉の意味がわからず、ギルはきょとんとした。
「え、なんでそんな反応?言ってなかったっけ?俺、人よりちょっと記憶力が良いって」
「いや聞いたけど――ちょっとの域超えてるでしょ!」
アンジェリーナの大声が部屋中に響き渡る。
ギルは目を大きく見開き、その圧にただただ気圧されていた。
「――瞬間記憶?いや完全記憶ですかね?」
「え?」
クリスがぼそっと呟いた。
「言うなれば、瞬間完全記憶能力というところでしょうか、おそらく」
「し、瞬間!?」
聞き慣れない言葉に、ギルはぽかんと口を開けた。
「瞬間記憶は見たものを一瞬でぱっと覚えられるという能力、完全記憶は何もかもを完璧に覚えられるという能力です。自覚ありませんか?」
「え?あー確かに、一度見たものはまぁ、そのまま暗記できるかもだけど――え?」
未だ状況を把握しきれず、ギルは固まった。
「ちなみに、侵入者はどのようにして見つけたのですか?」
「あ?あーそれは、会場準備のとき俺、やることなくて暇してたからさ、せめてパーティー担当の使用人と警備兵の顔でも覚えておくか、って眺めてたわけ。それで、パーティーの最中にふと見たら、入り口近くで見知らぬ顔の男が我が物顔で入ってこようとしていたから、なんかおかしいなって思っただけ。それで問い詰めたらビンゴだったんだけど――」
そこまで話して、ギルはちらりと二人の様子を伺った。
アンジェリーナは驚愕のあまり、半ば引いているような顔つきでこちらをじっと見ていた。
まぁ、クリスは相変わらず表情が読み取れなかったのだが。
ともかく、ギルはそこでようやく気が付いた。
「え、何?もしかして俺ってすごいの?」
「だからさっきからそう言っているでしょう!」
アンジェリーナの必死の訴えにもかかわらず、ギルはイマイチ自分の凄さに納得がいっていなかった。
だって、そんなこといきなり言われたってさ、知らねぇよ。
俺、これが普通の範囲だと思って今まで生きてきたんだもん。
衝撃の事実に驚くでもなく、喜ぶでもなく、なぜかむくれた様子のギルに、アンジェリーナは、呆れたと言わんばかりにため息をついた。
「はぁ、なんかもう拍子抜け。今日はなんだか疲れたよ」
「そうですね。まぁ時間も時間ですし、今日はここまでで切り上げますか」
その言葉にちらりと時計に目をやると、確かに、時計の針は本来の勉強会終了時刻をとっくに超えていた。
まぁ、今日はそもそも始まるのが遅かったしな。
それにしては、アンジェリーナの言う通り、なんだか疲れた。
心労って言うの?こういうの。
自分の力なくせに、現実味が無いったら――――あ。
そのときギルは思い出した。
「あっそうだクリス」
聞きたいことがあったんだった。
席を立ち、扉に手をかけようとしていたクリスを、ギルは呼び止めた。
「リスト制作を手伝ってくれた城門警備兵が居てさ、そいつがお前の知り合いって言ってたんだけど、ほんと?」
「え――」
その問いかけに、クリスはピタッと動きを止め、こちらを振り向いた。
「いやほら、パーティーの最中も会ってたじゃん」
ギルの発言に、考えを巡らすようにクリスは口に手を当て、そしてぱっと離した。
「ちなみに相手の名前は――」
「ん?ノア=エリソン」
そのとき、ギルの目にはふぅと息を吐く、クリスの姿が映った。
だがそれが安堵なのかそれとも緊張から来るものだったのか、俺にはわからなかった。
それからすぐに、クリスは表情を崩すことなく、こちらに向けて姿勢を正した。
「えぇ確かに、私の古い知り合いです。彼は何か言っていましたか?」
「え?いや特には何も」
「――そうですか」
そう言うと、クリスはそれ以上何も言うことなく、ふっと目をそらした。
別に何かを疑って聞いたわけじゃない。
ただ何となく気になっただけ。
実際、『古い知り合い』という点では合っているわけだし、互いに関係性の食い違いはない。
そのはずなんだけど――。
ギルの胸の中には、形容しがたいモヤモヤが渦巻いていた。
『お前の知り合い』って言ったときの反応といい、ノアさんの名前を出した時の反応といい、やっぱり何かあるのは間違いない。
そうでなければあんな困惑の表情を浮かべるはずがない。
まぁ、クリス基準の感情だから、たぶんそう思っているかなぁ程度の勘だけど。
結局その後、勉強会は普通に解散し、クリスは仕事へと戻っていった。
しかし、ギルの心に浮かんだ疑念は、ずっと体の中にくすぶっていたのであった。
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