第137話 荒れる討論

「戦争っておい、本当なのかよクリス」


 スケールの大きい話にあっけにとられながら、ギルはかろうじて声を出した。


「まぁ、今すぐにというわけではないでしょうが」

「でも、その可能性が高いってことでしょう?」


 クリスは何も言わなかった。

 だがそれはもう、暗黙の了解を示唆していることを、二人は悟った。


「まさに今、緊急の閣議が開かれている頃でしょうね。私が遅れたのも、その準備に追われていたからです」

「え、じゃあ今――」


 そこでクリスは頬杖をついた。


「今頃、閣議は大荒れでしょうね」


 ――――――――――


「それでは、緊急閣議を始める。リブス」


 はい、と返事をして、リブスがすっと立ち上がった。


「ここに集まっていただいたのは言うまでもありません。先日、アンジェリーナ姫の誕生日パーティーにて発生した、襲撃未遂事件についてです――法務大臣、説明を」


 呼びかけに応じ、法務大臣がその場に起立した。


「侵入者は一人。身元は現在調査中ですが、持ち物からヤルパ王国の国章が刻まれた矢じりが見つかりました。解析の結果、矢じりは消失薬が用いられた、あの『イントリーガ社』のものと判明。実際、様子を怪しんで声をかけた警備兵に、問答無用で襲い掛かってきたことからも敵意があったのは明白であると思われます」

「その通り!」


 感情のこもった大きな声を上げ、大臣の一人が立ち上がった。


「今回の敵襲はヤルパからの明らかな挑発行為。宣戦布告とも取れるものです。看過できるものではありません。今こそ、戦争を起こすしかありません!」


 そうだそうだと、次々に声が上がる。

 室内が雑音に満ち溢れた頃、バンと強く机が叩かれた。


「静粛に!国王様を差し置いて、勝手な発言など、許されざる行為。加えて戦争をするなど、そんなこと、軽々しく口にするのではない!」


 リブスが強く言い放つと、先程まで野次を飛ばしていた大臣たちは不満げながらも口を閉ざした。


「お言葉ですがリブス宰相。『軽々しく』などという段階ではもうないのですよ」


 そのとき、落ち着いた低い声が室内に響いた。


「国王様もご存知の通り、ヤルパ情勢は何十年にもわたって均衡状態にありました。しかしここ2年、ヤルパ側の反乱は加速し、北方国境では常に諍いが絶えない状況。戦争状態にもつれ込むのは時間の問題です」


 冷静な、しかしどこか冷たい印象を滲ませて、国防大臣であるベイリーが発言してきた。


「加えて、ヤルパがもし本当に消失薬を大量所持しているならば我々の優位が揺らぎかねません。ここはどうか早急なご英断を――」

「憶測でものを言うのはどうかと」


 リブスが言葉を遮った。


「消失薬といってもたった一つ見つかっただけ。焦って詰めを怠れば、かえって寝首を掻かれかねない」

「待つ方が愚策でしょう」


 すかさずベイリーも反論に出る。


「確認できたのは一つだけ?あのフォルニアが、少額の取引に応じるとお思いで?存在が確認された時点で、もうそれはヤルパが大量に消失薬を保持しているも同義。つまり、ヤルパが目まぐるしい発展を遂げているのは明白なのですよ。向こうがさらに国力を増強するより前に、攻めるが吉。相手が力をつけるのを待つ必要などないでしょう?」

「確かにな。ごもっとも」


 皮肉の利いた笑みを浮かべたのち、リブスはぎょろっとベイリーに目を向けた。


「だが分かっているのか?これは内紛とは違うのだぞ?国同士の争い。こちらとて人・物資ともに準備が不可欠。戦争を始めるにしても、お互いにどこで折り合いをつけるのかを決める必要がある。すぐにほいほいとできるようなものではないのだ。慎重に事を進めるが得策だ!」


 長机越しにバチバチッと火花が飛び散る。

 リブスとベイリーは互いに敵意をむき出しに睨み合っていた。


「それに、内部調査もまだ終わっていないのだろう?――法務大臣」


 視線を変えることなく、突然リブスはそう投げかけた。

 その言葉に、法務大臣の体がビクッと跳ね上がる。


「今回の襲撃、ヤルパの差し金だとして、不可解な点がいくつかある。そのことについてはどう捉えているのだ?」

「それは――」


 口ごもる法務大臣に、これまた視点を一切動かすことなく、ベイリーが畳みかける。


「第一に、侵入者はどうやって城に忍び込むができたのか。これに関しては単純に警備体制の甘さが露わになりましたね。パーティーでは多くの人が城を出入りする。とはいえ、王族が出席する最重要案件。監視の目も普段より数倍鋭くなる。ですから、一人で侵入するようなことは現実的ではないでしょう。おそらくは――」

「招待客の誰かが手引きした」


 ベイリーの言葉をリブスが継いだ。


「招待客はどの方も爵位持ちの高貴な方々だ。だからこそ、使用人として実行犯を連れてきてしまえば怪しまれることはないに等しい。受付といっても使用人の名前までは書かないからな」


 たとえどんなに厳しい警備網を敷こうとも、上の立場の人間がイエスと言えばそれはもう逆らうことなど不可能な絶対事項になる。

 受付を担当する使用人に、貴族たちのお付きの素性を確かめるなどという、面倒事を頼む度胸があるはずがない。

 その結果、セキュリティーがガバガバになることはもはや暗黙の了承と化していたのだった。

 だから、これは今に始まったことではないのだ。


「まぁそれはそれとしてかなりの懸念事案ではあるが、本当に憂慮すべきは他にあるはず、そうだろう?」


 リブスはふっとベイリーから視線を外し、他の大臣たちのほうを見回した。


「なぜあの侵入者は、王城専属の使用人のみが持つ、式典服を持ち合わせていたのか――これはもうそういうことでしょう?」


 その投げかけに答える者は誰もいない。

 皆、何かを恐れ、委縮している様子だった。

 リブスはそれでも一切臆する様子もなく、すぅと息を吸うと言い放った。


「この王宮内部に、協力者がいる」


 その言葉にピシャリと空気が固まる。

 つい数分前まであんなに騒がしかった室内を、完全な静寂が包む。


「王宮内の使用人、もしくはその他、城内を自由に歩き回れる誰かが、式典服を侵入者に手渡したことは確かだ――法務大臣、その辺の調べは?」


 リブスの問いかけにはっと我に返ったのか、法務大臣は慌てた様子でリブスのほうに向き直った。


「そ、それが、実はどの使用人も式典服は紛失してはいないと。一人一人持っているかどうか確認させましたが、事実だと――」

「だが必ずしも使用人単独の犯行とは限らない。もっと上の人間が関わっているとあらば、新たに式典服をこしらえて、調査が入る前に隠ぺいすることなど容易だろう」


 続けて口を開いたベイリーの言葉に、法務大臣はうなだれ、黙り込んでしまった。

 一方、敵対心丸出しのあの男は、ここを好機とばかりにベイリーに挑戦的な笑みを向けた。


「そこまで理解しているのならば分かるだろう?ベイリー大臣。だからこそ、私は内部調査を優先させるべきだと言っているのだ。外にばかり目を向けていては、中からナイフを突き立てられていることに気が付かないだろう?」

「何をおっしゃっているのですか?リブス宰相」


 リブスの売り言葉に眉間にしわを寄せ、ベイリーが買って出る。


「だからこそ、事を急く必要があるのでしょう?城内に裏切り者がいると言うのならばなおさら諸悪の根源を叩かねばならない。ねずみは一匹見つかれば何匹も闇に潜んでいるものです。一匹対応している間に他の複数個体が一気に襲い掛かってきたとしたら?きりがないですよね?それならば元を正したほうが早い」


 そうしてまたも、両者は睨み合ったまま動かなくなった。


「そこまでだ」


 その鶴の一声に、全員が顔を向けた。


「二人の言い分、理解した。だが、互いの意見ともに実行に移すには詰めがまだまだ甘い――この件は、一度私が持ち帰って検討する」


 そう口早に言い、イヴェリオは半ば強制的に閣議を終わらせた。

 この時間、果たして収穫はあったのだろうか。

 誰もがここへ来る前よりも疲弊感を露わに席を立っていく。


 はぁとため息をつき、イヴェリオは眉間を押さえた。

 その様子に目を細め、ベイリーは静かに国王を見下ろしていた。

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