第135話 フォルニア王国

「ヤルパ――!」

「あ!?ヤルパってヤバいところじゃん!」


 矢じりに書かれた紋章。

 クリスによって示唆されたヤルパ王国の存在に、アンジェリーナとギルは大声を上げた。


「えっ、ということは、今回の襲撃はヤルパの仕業で、あいつはヤルパの人間っていうことか!?」

「まぁそれはまだわかっていないようですが」

「どっちにしても関わっていることは確かなんだろ?おいおい、それじゃああいつは、ヤルパの刺客として、アンジェリーナとか国王に手出そうとしていたってことか?あーくそっ、許せねぇ」


 怒りを露わに声を荒げるギルに対し、アンジェリーナは静かに事態を把握しようと頭を動かしていた。


 ヤルパ王国。

 ポップ王国の北部に暮らす、北方民族ヨーダとの癒着が明らかとなっている、ポップ王国の実質の対立国だ。

 統一民族政策始まって以来、一番の問題とされている。


 事がどうしてこんなにも深刻化しているのか、それには理由がある。

 実は、ヨーダとヤルパはもともと同じ民族。

 ポップ王国が誕生し、分断されるまでは思想を共にしていた。

 そのため、今でもそのつながりは強く、ヨーダの暮らす、ヤルパとの国境付近はもはやヤルパ王国と言っても過言ではないのであった。


 そんなヤルパ王国が今になって大きく動きに出た。

 北部での諍いは度々起こっていたけど、ここまで直接的な敵対意識を示すのは前代未聞。

 それも城の中に侵入だなんて、そんなの――。


 そこまで考えて、アンジェリーナははっと我に返った。


 だめだ。憶測で物事を捉えるのは良くない。

 まずは、話を聞かなきゃ。


 アンジェリーナはふぅと一つ深呼吸をして、口を開いた。


「クリス、聞いてもいい?」

「はい。何でしょう?」

「侵入者の人は、なんで矢じりなんか持ってたんだろう。矢じりなんて剣に比べれば攻撃力も何もないでしょう?それも矢じりに国章だなんて、わざわざ身元を明かすようなことまでして」

「えぇ。アンジェリーナ様の言う通り。矢じりを持っていたことには何らかの意図があったと思われます。実際、証拠も出てきましたし――」

「おいおいクリス、勿体ぶらないで早く話せよ。じれったい」


 そのとき、一人、話に置いて行かれると思ったのか、ギルが口を挟んできた。


 確かに、クリスはこういうとき、妙に話を引き延ばす癖がある。

 それに、証拠って――。


「あれはただの矢じりではなかった、ということです」

「え?」


 クリスは二人の顔を見ながら、はっきりと言い放った。


「結論から申し上げますと、解析の結果、矢じりから『消失薬』が検出されました」

「消失薬?」


 聞き慣れない言葉に、二人の頭にはてなが浮かび上がった。


「アンジェリーナ様、フォルニア王国はご存知でしょうか」

「え、まぁ一応は」


 突然出てきた他国の名に驚きながら、アンジェリーナは答えた。

『魔界放浪記』にも出てきたことあるし。


「え?フォルニア王国?」


 一方、予想通り何も知らない様子のギル。


「あー、それなら地図持ってこようか」

「あ、じゃあ俺持ってくる」


 そう言うと、ギルはすたすたと本棚に近寄り、迷いなく中から古びた地図を持ってきた。


「フォルニア王国はユーゴン大陸の北東、ポップ王国よりさらに北に存在する大国です」

「え、はぁ!?何だこのデカさ!」

「まぁ、魔界一面積が大きい国だからね」


 クリスが指し示した先には、ユーゴン大陸の約3割を占めようかという、巨大な国があった。

 この広さ、もはや国ではないよね。


「で?このフォルニア王国がどうしたって?」

「矢じりに刻まれていた『イントリーガ社』は、このフォルニア王国の国営企業です」

「「え?」」


 そういえば国章に気を取られていたけど、さっきクリス、文字が刻まれていたって言っていたような。

 というか――。


「え、矢じり作ったのって、ヤルパ王国じゃないの?」

「はい。そのことについて説明するためにはまず、フォルニア王国について話さなければならないのですが――簡単に言うと、フォルニア王国は武器の製造・輸出で主に権益を得ている国なんですよ」


 端的なその話に、アンジェリーナは即座にクリスの意図を悟った。


「あ、え、そういうこと?」

「え、え、どういうこと?」


 対するギルは、訳もわからずきょろきょろと二人を見ている。


「つまり、その矢じりは、ヤルパ王国がフォルニア王国から輸入したものだったっていうこと?」

「その通りです」


 自身の仮説が合っていたことに安堵し、アンジェリーナははぁと息とついた。


「フォルニア王国は現時点、どの国とも同盟関係にあらず、そして敵対関係にもない、中立国として存在しています。フォルニア王国のスタンスは比較的わかりやすくて、要は金さえ払えば武器を売ってやる、というもの。つまり、中立国という立場を利用して、誰かれ構わず武器を売りさばいているのです」


 淡々と説明を始めたクリスに、置いて行かれそうになりながらも、アンジェリーナは必死にその言葉を噛み砕いていた。


 急に政治の話になってきた。

 つまり、フォルニアは世界各国に武器を売っているっていうことなんだよね。

 でも――。


「そんなことやってたら、いずれ破綻しそうじゃない?ほら、例えば取引先が戦争をしている国だったら、どうして敵国にも武器を売ってるんだ!ってなりそうなものでしょう?そんなの、不満を持った国に逆に攻め込まれても不思議じゃないよね」

「それがそうもいかないんですよ」


 アンジェリーナの疑問に、クリスは再び説明を始めた。


「戦争が起これば起こるほど、フォルニアは甘い蜜を吸う。各国、その都合の良すぎる立場には良い気がしているはずがありません。しかしどうでしょう。考えてみてください。武器を作り、そしてこちらに売ってくれているのは誰なんだと。フォルニアは世界一の武器製造国であると同時に、世界最大規模の軍事力を持つ、軍事大国でもあるのです。そんな国を敵に回しては、ただでは済まないでしょう?」


 うんうんと、二人が頷く。


「今現在、フォルニア王国はこちらから仕掛けない限り、何もしてくることはありません。あくまで、商売として、武器を売り、利益を得ることに特化している。それに、フォルニアは地図でも見る通り、地球の極に近いですからね。年平均気温は-5℃。作物が育ちにくいため、農作物などはかなり輸入に頼っているんですよ。つまり、他の国とは十分win-winの関係が築けているんです」

「なるほど」


 ちょっと強引な気もするけど、意外とちゃんと建設的な国同士の関係ができているんだな。

 互いに利もあるし。


「はいはい!でもさ、そんな面倒な駆け引きするより、自分の国で作ったほうが面倒くさくないんじゃねぇの?ポップ王国だって、輸入しなくても、武器なんて作れてるだろ?」


 ぶんぶんと大きく手を振って、元気良くギルが質問してきた。


「えぇ確かに。普通の武器、ですが」

「あ!それが『消失薬』」


 そのとき、アンジェリーナの頭の中で点と点がつながった。

 なるほど。それで最初の話に戻ってくるんだ。

 それにしても――。


「結局消失薬って何なんだよ」

「そうそうそれそれ!気になってた」


 ギルの質問に便乗し、アンジェリーナは机に前のめりに、クリスの答えを待った。

 クリスはちらっちらっと二人の目を交互に見つめると、ゆっくりと口を開いた。


「消失薬は、その名の通り、それに触れた人間の魔力を消失させることができるという代物です」

「「――!!」」


 その答えに驚きのあまり、二人は再び声を失った。

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