第134話 矢じり
「クリス、遅いねぇ」
「確かに、予定よりもう30分過ぎてるぞ」
パーティーが終わって最初の日曜日。
今日は久しぶりにクリスとの勉強会が行われることになっていた。
「ったく、あいつ、また遅刻するつもりか?」
ちっ、と舌打ちをし、ギルがぼやく。
ギル、バレバレの嘘を付くよりはましだけど、そう隠さなすぎるのもどうなんだ?
すっかり、クリスへの敵対心がむき出しになっているけど。
それはともかく――。
アンジェリーナはぐるりと後ろを向いて、ギルを見た。
「ねぇ、ジュダが来れない理由聞いてる?ずっと会えてないんだけど」
アンジェリーナが最後にジュダと会ったのはパーティーの日。
それからかれこれ一週間近く、ジュダは護衛の仕事をギルに任せ放しで、こちらに顔を見せる余裕さえないようだった。
「いや、実を言うと俺もパーティーの夜から会ってねぇんだよ」
「――そうなんだ」
アンジェリーナは机に突っ伏し、自身の腕の中に顔をうずめた。
仕事が忙しいのはわかるけど、4月になってから、なんかつれないなぁ。
そのとき、扉のほうでコンコンコンと音がした。
失礼いたしします、と続けて聞こえたいつもの声に、アンジェリーナはぱっと顔を上げた。
「申し訳ございません、アンジェリーナ様。遅くなりました」
「クリス!」
「お前、遅刻してんじゃねぇよ!」
「すみません」
そうぺこりと一礼すると、クリスはこちらに駆け寄ってきた。
たぶん相当急いで来てくれたのだろう。
額にはうっすらと汗を滲んでいる。
「大丈夫?無理そうなら今日はやめてもいいんじゃない?」
「いえ、問題ありません。むしろ周りが――」
『おいクリス、何でお前まだここにいるんだ?』
『こんなの我々でやっておくから、お前は早く行け!』
『ほら、アンジェリーナ様を待たせるな』
「――とまぁこのように追い出されたもので」
「へぇ」
あれ?外務院ってそんなにアットホームな感じなの?
ふぅと席に着くクリスを見てアンジェリーナは思った。
「というかクリスもジュダもそうだけど、なんかパーティーが終わってから王宮全体が慌ただしいよね。ごたごたしているっていうか。何かあったの?」
「あぁ?そんなの侵入者騒ぎのせいに決まってんだろ?」
「――え?」
そのとき、その場の空気が固まった。
「え?」
ギルは未だ状況が読めていない様子で、そろっと二人のほうに目線を落とした。
見ると、アンジェリーナはぽかんとした顔つきで、そしてクリスは無表情の中、かすかに睨んでいるような雰囲気でギルを見つめていた。
「あぁー!!」
すぅーっと大きく息を吸うと、ギルは唸り声を上げて、その場に崩れ落ちた。
自分がやってしまった罪の重さに今、気づいたのだろう。
その様子に半ば呆れながら、アンジェリーナはばっとクリスに顔を向けた。
「ねぇ、侵入者って?」
その問いかけに、クリスは少し困った様子で頬をぽりぽりと掻いていたが、もう隠しても仕方ないと思ったのか、ふぅと息をついてまっすぐにこちらを見つめた。
「アンジェリーナ様はお聞きになっていなかったようですが、実は、誕生日パーティーの夜、侵入者が発見され、敵対行為が見られたため、その場で取り押さえられるという事案が発生していました」
「え!?聞いてないんだけど?」
「だから極秘だったのにー!」
ばらした張本人が何を言っているんだ。
まだ立ち上がれずにいるギルを見て、アンジェリーナは驚きを通り越して逆に冷静になっていた。
「じゃあジュダが色々と大変そうなのも、それの事後処理のため?」
「えぇおそらく。現場を任されていた警護主任の一人でしたからね、ジュダさんは」
「クリスが知っているのはどうして?」
「まぁさすがに大臣には情報は伝わっているので、私にも流れてはくるわけです」
「あ、そっか」
クリスって今、外務院の外務大臣補佐なんだっけ。
そりゃあ色々入ってはくるよね。
ん?じゃあこの人は?
アンジェリーナはがっくりと肩を落として、ようやく立ち上がったギルに視線を向けた。
「ギルは何で知っていたの?現場にいた兵士だから情報共有されていたから?」
「いや、俺は――」
「侵入者捕らえた張本人ですものね」
「捕らえた――え?」
アンジェリーナは思わずギルを二度見した。
「え!捕らえた!?ギルが?」
「う、あ、まぁ」
「嘘――あ、そういえばパーティーの途中で一瞬抜けていたような。その後、何か服装ぼろぼろになって帰ってきていた気が」
あれってそういうことだったんだ。
アンジェリーナはどこか気まずそうにしているギルを改めてまじまじと見つめた。
凄いな、ギル。侵入者を捕らえるだなんて。
あ、でも――。
アンジェリーナの心の中には一つ、気がかりなことがあった。
「ねぇギル、一つ聞いていい?」
「ん?」
「その人、殺してないよね」
躊躇いを含んだその声に、ギルは目をパチッと見開いた。
「ほら、そういうのって即殺すべしっていう風潮あるから」
こういうときどうしても、4年前の出来事が頭をよぎってしまう。
アンジェリーナの中で、あの出来事はそれほどまでに重要なものと化していた。
「こ、殺してねぇよ!というかお前、俺が人殺せないって知ってんだろ?」
「それに、情報を引き出す必要があるからと、今は地下牢にちゃんと生きたまま捕まえられているはずですよ」
うつむいてしまったアンジェリーナに、二人が慌ててフォローに入る。
その言葉に、アンジェリーナはほっと胸を撫でおろして顔を上げた。
「それなら良かった」
「というかクリス、よくその後の状況知ってんな?俺、捕らえたはいいけど、それからどうなったか一切聞かされてねぇんだよな。ジュダ教官とも会えてねぇし。こういう情報って、下っ端には隠されるっていうけど、まさにそれだよな」
不満そうに腕を組むギル。
それを一瞥してか、クリスが口を開いた。
「それなら教えましょうか?」
「「――え?」」
思わず二人の声が重なる。
アンジェリーナとギルは互いに顔を見合わせた。
「え!?いいの?そんなに簡単に教えちゃって」
「まぁ、ここまで話してしまえば今更という感じもしますし」
「いいのかそれで」
「それに、今後の情勢にも大きく関わってくる問題ですし」
「え」
聞き捨てならない発言に、アンジェリーナは固まった。
今後の情勢、それって――。
「ギルさん、侵入者から回収した武器、覚えていますか?」
「え?あー、警棒と矢じりだろ?」
「矢じり?」
馴染みのない単語に、アンジェリーナは耳を疑った。
「え、矢じりって矢のさきについてる尖ったやつでしょう?そんなの武器になるの?」
「いや、だから俺も不思議だったんだよ。どうしてそんなもの持ってたのか」
「それが、今回のキーポイントです」
話の導入が始まったらしい。
アンジェリーナはごくりと喉を鳴らして、クリスの言葉に耳を傾けた。
「今回の襲撃、やはり最も注目すべきはその矢じりに関してでしょう。なぜ侵入者は矢じりなどを持っていたのか。そして調査の結果、その矢じりこそが、襲撃の首謀者を炙り出す鍵となりました」
「首謀者?」
「え?犯人あいつじゃねぇの?」
話に食い入るように、ギルが前のめりに顔を近づけてきた。
クリスは淡々を続ける。
「矢じりを解析した結果、その表面に文字と紋章が刻まれていました」
「文字と紋章?」
「はい。文字は『イントリーガ社』」
「イ、イントリーガ?」
そこでクリスは一呼吸置いて、アンジェリーナの目をまっすぐに見た。
「そして紋章は、“ヤルパ王国の国章”であると判明しました」
「――え」
予期せず飛び出した対立国の名に、アンジェリーナは言葉を失った。
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