第128話 饗宴の陰

 饗宴の最中、大広間近くの廊下にて、ギルは一人、侵入者を押さえ込んでいた。


 どうにか大事になる前に、鎮圧できたな。


 ふぅと一息ついて、下敷きになっている男の様子を見る。

 男は未だ、体を起こそうと抵抗しているものの、ギルの固いホールドを前に、全く動けずにいた。


 よし、これで一件落着――――じゃない!


 そのときギルははっと気づいた。


 あ、あれ?俺、このままじゃ一歩も動けないんだが?


 そう。一人飛び出してきたはいいものの、捕まえたその後の対応を一切考えていなかったのである。

 考えなしの馬鹿がここで露呈してしまった。


 ど、ど、ど、どうしようー!


「あ、いたいた――おい、大丈夫か!」


 後ろから声が聞こえ、ギルはぱっと振り返った。

 見るとそこには、こちらに向かって走ってくる、数人の兵士の姿があった。


 わ、わぁー!


 ギルの心に、感動と安堵が広がる。


「こいつが侵入者か?」

「はい、そうです。あ、そこに落ちてるのがこいつの持ち込んでた武器です」

「なるほど、わかった。回収する」


 警備兵は警棒と矢じりを回収し、押さえていた男をギルに代わって拘束した。


「侵入者の身柄はこちらで預かる。お前は持ち場に戻っていいぞ」

「はい、ありがとうございます!失礼します!」


 勢いよく礼をすると、ギルは早足で大広間へと戻っていった。


 ――――――――――


 ギルのやつ、大丈夫だっただろうか。


 大広間、パーティー会場。

 ジュダは一人、ギルのことを案じていた。


 案の定、飛び出して行きやがって。

 咄嗟にあいつに言ったことは正解だったな。


 というのもギルが持ち場を飛び出す直前――。



「おい待て」


 ジュダの声にギルが振り返る。


「対象に接触したら、『さっき手違いがあって姫様へのプレゼントがまだ届いていない。確認したいから付き合ってほしい』とこう言え」



 咄嗟に思い付いた嘘の口実だったが、あのとき、定型文にしてギルに伝えたのは正解だったな。

 あいつのことだ。下手に『ごまかせ』とだけ言ったら、しどろもどろになって怪しまれたに違いない。


 手の空いた兵士に事情を話して、応援を呼んでもらったから、じき帰ってくるだろうが。


「――どういうつもりなのかしらね」


 そのときふと、ジュダの耳に話し声が聞こえてきた。


「こんな情勢下で呑気に誕生日パーティーだなんて」

「あぁそうだな。果たしてどういう了見なのか、機会があればお聞きしたいものだ」


 ちらりと目を向けてみると、その会話はどうやら一番前のテーブル席から聞こえてきたようだ。


 わざわざ最前列で、聞こえるようにしゃべりやがって。

 というか、俺に聞こえるってことは、だ。


 ジュダはふっと目の前に視線を向けた。


 この二人にも聞こえてるってことだ。


 しかし、イヴェリオもアンジェリーナも気にしている様子は全くなく、アンジェリーナはというと、淡々とプレゼントの対応に当たっていた。


 この堂々とした態度はさすがだな。

 姫としてのスイッチが入ったときの集中力と言ったら。

 まぁ、国王様含め、内心どう思っているかは知らないが。


「た、ただいま帰りましたー」


 声を潜めてそろそろと、高い身長をできる限り屈めて、ギルが戻ってきた。


「大丈夫だったか?」

「はい――あ、応援呼んでいただきありがとうございます。ジュダ教官ですよね」

「“教官”呼びはやめろと言ったはずだ」

「あ、すみません」

「それよりもお前――」


 ジュダはギルの全身を睨むように見つめた。


「服が乱れてる」


 その言葉に、一瞬固まった後、ギルはばっと自分の体に目を向けた。


 激しい戦闘の末、制服中のシャツは出ているは、ネクタイは曲がっているは――。

 見るも無残とはこのことだ。


「入ってくる前に自分の姿ぐらい確認しろ。ここをどこだと思ってる――二度はねぇからな。次やったらみっちり説教だからな」

「は、はい」


 スッスッスッと早業3秒。

 ジュダはギルの身だしなみを整え、音が鳴らない程度に背中を叩いた。

 対するギルは、為されるがまま、うつむいている。


「しょげるな。表情筋を殺せ」

「こ!?」


 殺すってなんですか!?

 そんなギルの心の声が聞こえてきた気がしたが、ジュダは一切構うことなく正面に向き直った。


 それにしても――。


 ジュダは先程声が聞こえてきた方に目をやった。

 最前列、さっきまでぺちゃくちゃと愚痴をこぼしていた貴族様方は、満足したのか、ひとまず今は静かにしているようだった。


 今年のパーティーは去年に比べて、なんだか、全体的な空気も悪いように思える。気のせいか?

 あれが、目立つほどの悪い態度だったというだけで、声までは聞こえないが、あちらこちらでひそひそ話が展開されているような気がする。


 ジュダの脳裏に、先程の、陰口の内容が思い出された。


 こんな情勢、か。

 確かにな。


 だが、それと陰口これとはまた別問題だ。


 ったく、俺たちの何倍も高貴なはずの貴族様が、どうして同レベルかそれ以下の口を叩くのか。

 我関せずという周りも周りだが。


 ここでふとジュダは考えた。


 もしあの場面で、ギルがいたらどうなっていただろうか。

 あいつも何だかんだいい歳した大人(まだ未成年)だ。

 護衛として、何事にも動じず、淡々と任務に就いていたはず――。


 いや就いてねぇな。


 ジュダは自分自身の考えを即否定した。


 あいつがあの場にいたら、絶対顔に出ていた。

 そうに違いない。


 万一にも、貴族方の機嫌を損ねるような真似があれば、それは俺たちだけの問題じゃない。

 アンジェリーナや国王様の信用に関わる。


 居なくて正解だったな。


 そんな失礼極まりないことを思われていることなど、本人は知る由もなく。

 こうして饗宴は佳境を迎えるのだった。

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