第129話 大トリ
あ、ヤバい、眠い。
パーティーが始まってかれこれ2時間超。
ギルは密かにあくびを噛み殺していた。
プレゼント献上会もようやく終盤を迎え、ついに一番前のテーブル席に出番が回ってきていた。
ただこうなってくると、登場する人物もそうそうたるメンバーになってくるわけで――。
さっきから大臣連中のプレゼント攻撃が止まらない。
見るからに高い物がどんどんと積み上げられていく。
互いが互いに張り合うように牽制して、もう意地になってるんじゃないのか?
これ、本当にアンジェリーナのことを思って選んだプレゼントなんだろうか。
こういう人たちのことを、爵位持ちの上級貴族って言うんだろうな。
その中でも序列があるらしいけど、俺が知るわけないし。
とにかく貴族の中でもさらに位の高い奴らなんだろ?そりゃあ金持ちに決まってるよな。
ギルは今まで訪れてきた大臣たちのことを思い出していた。
実際、一つ前に来たベイリー国防大臣とかすごかったな。
100年前に作られた置き時計だったっけ?
どうやったらそんなの手に入れられるんだよ。
本当に訳わかんねぇ。
――終始顔は怖いしさぁ。
内心ぶつぶつと言いながら、ギルは一番前のテーブル席に目を向けた。
こう見ると、だいぶ終わったな。
ようやっとこの退屈なプライド争いから解放されるのか。
あとは、誰が残ってるんだ?
なんか一人、気に食わない知り合いの姿が見えない気がするけど。
えーっと、確か次は――。
「ご機嫌麗しゅう姫様」
ここまでの疲れを感じさせない、余裕のある声。
にこやかな笑顔を満面に、仰々しく一人の男が歩み寄ってきた。
この人は、参加者リストの一番最初に書かれていたはず。
「リブス宰相」
「今日のお召し物もよくお似合いで。暖かな春の芽吹きを象徴していらっしゃるようで」
挨拶から完璧そのもの。
相手の服装にしっかり気を配れる、紳士の鏡のような態度で、リブスはアンジェリーナに微笑みかけた。
ワグナー=リブス。
イヴェリオ国王のもと、長く外務大臣を務め、ポップ王国の政治運営に貢献した立役者。
確か、法皇様が国王だった時代から宰相を務めていた、ミンツァー侯爵の後任として、1年ちょっと前に就任したはず。
つまり、今の政権のナンバー2だ。
「この長時間、さぞお疲れなことでしょう?こうして立ち話をするのも迷惑と言うものですね――それでは早速」
手早く挨拶を済ませると、リブスは後ろに、顎でくいっと指示した。
控えていた使用人がドンと四角いかばんを載せた。
「どうぞお納めください」
リブスががぱっとかばんを開けると、その瞬間、周りからわっと声が上がった。
そこには色とりどりに煌めく、宝石たちがあった。
その様に思わずギルも目を見開く。
赤、青、緑。どれも大粒のものばかり。
中でも目を引くのは、無色透明ながら、真ん中であらゆる方向に光を放つ宝石。
俺は種類とか価値なんて全然わかんねぇけど、でもこれだけはわかる。
ギルは改めて宝石たちをじっと見つめた。
これ、絶対高いやつだ!
ごほん、と一つ咳ばらいをし、リブスは語り始めた。
「1年前から各地に働きかけ、取り寄せた一級品です。中でも中央に鎮座するはダイヤモンドという宝石で、煌めきが他のものとは一線を画します。どれも、お美しい姫様を最大限に引き立たせ、何物にも見劣りしないことでしょう。気に入っていただけると嬉しいのですが」
言葉巧みに解説を述べたのち、リブスは不安げにアンジェリーナの様子を伺った。
対するアンジェリーナはじっくりと、時間をかけて宝石を眺めている様子だった。
「本当に素晴らしい品々です。どれも見たことがないほど美しい。ありがとうございます。わざわざ取り寄せただなんて、さぞ大変だったでしょう?」
そう言って、アンジェリーナは驚きと、そして嬉しさの入り混じった表情を浮かべた。
後ろからちらりと見える範囲ですら、こちらまで嬉しくなってしまうような、屈託のない笑顔が見て取れる。
「いえいえ、このような労力、苦でも何でもありません。姫様の笑顔が見られるとあらば、このリブス、これ以上の誉れはありません」
こちらも負けず劣らずの笑顔を浮かべ、嬉々としてリブスは深々と礼をした。
役目を終え、颯爽と自分の席に戻っていくリブスに、自然と賓客の視線が集まる。
その多くは羨望の眼差しであろう。
確かに、こんなことをやってのけるなど、尊敬に値する人物と言えよう。
しかし、その一部始終を後ろから見ていたギルはというと――――
うさんくさ!!
リブスの態度に、本能的な何かを察知し、ギルは心の中でそう叫んだ。
――――――――――
「ねぇ、クリスどうしたか聞いてる?」
アンジェリーナはちらりと視線を後ろに向け、ジュダに囁いた。
「いえ、特には」
「そうなんだ――どうしたんだろう?」
先程の、リブス宰相の挨拶から数分後。
あれから数人がプレゼントを献上しに訪れ、プレゼント献上会は終局を迎えていた。
ここで本来であれば、一番最後に、許婚であるクリスが来る予定なのだが。
ギルはじぃっと前列のテーブルを見つめた。
明らかに一席空いている。
「クリス、プレゼント献上会が始まった頃には居たんだけど。いつから居なくなってたか、わかる?」
今度はギルの方を振り向き、アンジェリーナはそう尋ねた。
いきなり話題を振られ、そして振り返られたことにより、心臓がドクンと跳ね上がる。
「えーっと、前から2列目のテーブル席に差し掛かったあたりで場外に行って、それから戻ってきてない、かな?――あ、戻ってきてないです」
「そっかぁ」
そう呟くと、アンジェリーナはふぅとため息をついてテーブルに肘をついた。
心配を露わにするアンジェリーナに対し、その後ろ、ギルは内心怒りに満ち溢れていた。
ったく、何やってんだよあいつ。
手違いだかなんだか知らねぇけど、早くしろよ。
これ以上アンジェリーナに迷惑掛けんじゃねぇよ。
会場もざわついてるし。
まだ来ないのか?どうなってるんだ?って。
みんなそわそわしてさぁ――というかこの感じ、俺だけじゃなく、もう全員早く帰りたがってるんじゃないのか?
貴族でもパレス兵でも、人間結局考えることは同じ。
もうすぐ開始から2時間半という中、もはやこの場にいる全員が、早く解放されたいと願っているのだった。
はぁと思わずため息をついてギルは会場を見回した。
もうこの雰囲気回復しようがねぇだろうが。
どれだけ恥をかいても、非難を受けても、どうなっても知らねぇぞ?
とそのとき、ギルは気づいた。
大広間の入り口、外の廊下に誰かいる。
もしかしてまた侵入者か?
ギルは瞬時に体を強張らせ、神経を尖らせた。
じっくりと相手を観察する、が――。
ん?あれって。
そこにいたのは、大きな花束を抱えた一人の男だった。
誰だ?あれ。
あの格好、城門警備兵?
何か見覚えがある。もしかしてどっかですれ違ったことあるのかな。
いやそれにしても、なんでこんなところに。
その警備兵は何やらきょろきょろと会場の様子を伺い、そしてしきりに後ろを振り返っていた。
くいくいくいと手を招いているようにも見える。
なんかすごい必死そうだけど、誰か呼んでいるのか?
すると、奥のほうから誰かが小走りでやってきた。
その人物は、片手に荷物を携えて、小綺麗な格好をして――。
あ。
その人物には確実に見覚えがあった。
ここからでもはっきりとわかる綺麗な顔。
そう。そこにいたのは、紛れもない、クリスその人だった。
クリスは手早く警備兵の男から花束を受け取り、ふぅと息を整えた。
そして去り際、警備兵と互いに軽く手を挙げて、どうも、というふうに会釈し、会場に足を踏み入れた。
カツン、カツン、と足音が聞こえてくるような気がした。
ざわざわと音を立てていた場内が一気に静まり返る。
賓客の視線はとうに釘付けで、彼の顔、姿、仕草、その何もかもに魅了されていた。
彼がアンジェリーナの目の前までやってきたとき、ようやくギルは気づいた。
普段は、くしゃっと下ろしているくせっ毛を、今日はぴっちりと上げている。
きっとそのせいだろう。顔が広く見える分、彼の金髪碧眼が良く映えているのは。
また、タキシード言えばいいのだろうか、黒を基調としたフォーマルな服装を着ているのも相まって、いつもより年増に見える。
誰もが息を飲む、絶世の美男子、大人の男。
ただ登場しただけで一気に会場の空気を変えちまいやがった。
くそっ、これだから顔の整った奴は――!
「ちっ」
感情を抑える間もなく漏れ出た舌打ち。
妬みを隠す真似をするでもなく、ギルはただただ目の前のクリスを、敵意丸出しで睨みつけていたのだった。
隣で、怖い上官が、怒りを煮えたぎらせていたとは露知らず。
――終わったら、説教確定だな。
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