第126話 挙動不審

 何となく、予感はしていたんだ。

 自分が、そうだったから。


 だから、あいつが、アンジェリーナを一目見て、その動きを止め、釘付けになったことに、何ら驚きはしなかった。

 ただ一つ、あ、惚れたな、とだけ。


 目を背けようにもできない。

 俺もまた彼女を見つめる。


 彼女が姫として、ドレスを着、手袋をはめ、ティアラを付ける度、痛感する。

 あのとき感じてしまった思いが、偽りのないものなのだと。


 そしてわからされる。彼女が姫であると。

 自分には決して手の届かない存在であるのだと。


 自分の心を隠すのは得意だ。

 俺は、自分自身にも平気で嘘を付ける。

 だから、日常、彼女を目の前にして、俺は何も思わない。

 そんな思い、最初から存在しなかったのだと、錯覚してしてしまう。


 だがどうしてだろう。

 消えたと思っていたのに、消えてほしいの願っていたのに。

 また再燃する。

 そしてまた振り出しに戻る。



 ――――俺は本当に、どうしようもないやつだ。




 ――――――――――


「ねぇジュダ」

「何ですか、アンジェリーナ様」

「ギル、どうしたの?」


 アンジェリーナは小声でジュダに尋ねた。


「なんか、妙にほけーっとしてない?」


 アンジェリーナは横目にギルをちらりと見た。


 目線はまぁ、護衛らしく会場の隅々にまで向けられているように見えるが、どことなくその目がぽやぁっとしているような。

 というより、最初の私の挨拶が終わって、着席してから一度も、こちらを見ていないような。


 アンジェリーナは少し後ろに体をねじり、ギルに囁いた。


「ギル、大丈夫?」


 ――反応なし。


 アンジェリーナはもう一度ギルに話しかけた。


「ギル?」

「!?」


 ここでようやく気付いたらしい。

 ギルの体がビクッと跳ねた。

 すーっとこちらに顔が向けられる。

 次の瞬間、ギルは何かを訴えるようにこちらにぶんぶんと首を振り始めた。

 加えて胸の前で小刻みに手を振り、目を大きく見開き、口をパクパクと動かしている。


 な、何?なになに?


 一切声を発することなく、慌ただしく動くギルを、アンジェリーナは奇怪なものを見るような目で凝視した。


 この人が、何を言おうとしているのか、全くわからない。

 唯一読み取れるのは、相手がどれだけ動揺しているか、ということだけ。


 十数秒経ったあたりだろうか、ギルは突然ピタッと動きを止めた。

 心が落ち着いたのか、それとも訴えるのを諦めたのかはよくわからない。

 だがギルはゆっくりとアンジェリーナから目線を外し、それ以降こちらを見ることはなかった。


 結局なんだったんだ?

 というか、そもそもどうしてしゃべらない?


 勝手に暴れられ、そして事情もわからぬまま取り残され、アンジェリーナは呆然とその場に固まった。

 とここで、一部始終を傍から眺めていたのだろう。

 ジュダが声をかけてきた。


「あー、私が事前に言っておいたんです。『お前どうせボロが出るだろうから、この際何も言わず黙っとけ』って」

「あぁなるほど」


 だからあんな必死にジェスチャーで。

 いや、それにしてもあれは一体――?


 ――――――――――


 はぁ。困ったことになった。


 ギルのおかしな挙動を目撃した直後、ジュダは心の中で長いため息をついていた。


 事前にあいつに『しゃべるな』と言っていたのが功を奏した。

 いや、普通に、アンジェリーナとの会話において、無意識のうちに敬語が外れる恐れがあったから、というだけだったのだが。

 まさかこんな事態になるだなんて。

 まぁ、あいつは良くも悪くも嘘が付けないからな。


 さて、この後の予定は――。


 ジュダは気持ちをリセットし、頭を護衛モードに切り替えた。


 今はまだパーティーの序の口。

 アンジェリーナが登場し、最初の挨拶を終えたあたりだ。

 ここから一時、各テーブルごとに食事の時間が取られる。

 今回は戦勝記念日のパーティーとは異なり、ビュッフェではなく、コース料理が給仕される。

 舞踏会もなく、客人それぞれに指定の席が与えられ、基本そこに座りっぱなしだ。


 そこまではいい。そこまでは。

 比較的穏やかに事が進んでいくだろう。


 だが問題はその後だ。

 今回のパーティーの山場が来る。


 それは、来賓一人一人による、アンジェリーナへのプレゼント献上会だ。


 まぁ、言うまでもなく、この場はアンジェリーナのために催された誕生日会。

 ゆえに、ここに来ている客は全員、少なくとも表向きはアンジェリーナを祝いに来ているのである。

 そこで開催されるのがプレゼント献上会というわけだ。


 貴族たちが一人一人、わざわざアンジェリーナの座る前まで足を運び、直接プレゼントを渡すというものなのだが、それがまた大変なのであって――。


 今回のパーティー、国王が直接招待した、信頼のできる貴族たちが出席しているため、意外と舞踏会のときと比べると人数は少ない。

 だが少ないといっても100人はざらにいる。

 ゆえに、全員がプレゼントを渡すのにはとても時間がかかるのだ。

 そう、プレゼント献上こそ、今日のメインイベントと言っても過言ではないのである。


 しかもただ渡せばいいというわけでもなく、基本的に渡す順序は貴族階級の低い順となっている。

 つまり、下の者ほど、階級が上の者よりも価値の高いものを決して選ばないように細心の注意を払う必要があるのだ。


 そして言わずもがな、プレゼントの中身も重要だ。

 何を選んだかによって、自分、また家の評価が変わってくる。

 基準はアンジェリーナを喜ばせられるか、ということではなく、周囲を、そして国王を感心させられるか、に懸かっている。


 要はアンジェリーナを利用した、プライド争いなのである。


 去年はここから2時間くらいかかったからな。

 ったく、ただ渡して去ればいいものを。

 これを機とばかりに姫、何より国王に気に入られようと、地位が下の者ほど躍起になって話すものだから、一人一人に時間がかかるはかかる。


「――皆さま、お食事は楽しんでいただけておりますでしょうか。それでは、これよりアンジェリーナ姫への表敬挨拶を承ります」


 ついに来た!


 司会役の言葉に呼応して、大広間のはるか奥で、誰かが立ち上がった。


 さぁ、今年はどうなる。

 何も起こらず、問題なく、速やかに事が運んでくれるといいのだが。


 饗宴はまだまだ始まったばかり。

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