第124話 露呈

「今日、あれから大丈夫だったか?」

「へっ?何がですか?」


 仕事終わり、定時連絡を終え、ジュダとギルは帰路についていた。


「勉強会。クリス様と初対面だったろ。問題なかったか?」

「い、いや、別になんとも。万事オーケーです」


 こいつ、嘘付くの下手だよな。


 目が泳ぎまくっている。

 こんなの、誰が見ても隠し事をしているのが丸わかりだ。


 ジュダはギルをじぃっと見つめ、しばらくしてふっと視線を外した。


「――まぁいい。この先誕生日パーティーまでは勉強会は入らない予定だから、お前は剣術の稽古に付き合ってくれればいい。俺もまだまだ忙しくなりそうだから、一人で頼むぞ」

「はい!任せてください」


 ギルがほっと胸をなでおろす。


 この感じ、どうせすぐにぼろが出る。

 今問い詰める必要はないだろう。


「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「クリス様って、アンジェリーナのことどう思ってるんですかね」


 唐突な質問。

 ジュダは思わず吹き出しそうになった。


「だって、今日のを見てると、全然許婚って感じしないんですもん」

「それは――俺たちが推し量っていいものじゃない。本人たちの問題だ」

「ですけど――」


 ギルはまだ食い下がってくる。


「第一、俺に聞いてどうする?確かにお前より付き合いは長いが、ただそれだけだ。踏み込んだことは聞いてない」


 ギルは不満そうに口を曲げていたが、これ以上は何もないとわかったのか、その後聞いてくることはなかった。


 とはいえ、だ。


 ギルと別れ、自室のベッドに腰かけたジュダはふぅと息をついた。


 実際、俺も気になっているところではある。

 2年前に初対面して、それからほぼ毎週会ってはいるものの、そのほとんどすべてが勉強会だ。

 目に見えて二人の仲が進展している様子もなく、ただ一方で先生と生徒、あるいは価値観を共有し、議論する仲間としての親睦はどんどん深まっているように思える。

 まぁ、傍から見ている限り、二人がとにかく楽しそうなので、良いのだが、問題は――。


 アンジェリーナはおそらく、クリスのことを恋愛的に好きとは一切思っていないだろうということ。

 何考えているのかいまいちわからない、クリスはともかく、アンジェリーナの、あの態度の変わらなさは完全に脈なしだ。


 あの大人びた性格だから忘れがちだがあいつはまだ12歳。

 色恋ごとにはまだまだ早すぎるのかもしれない。


 だが、

 あいつはただの子どもじゃない。

 これから先一国を背負っていく姫なんだ。

 成人を迎える約6年後には、否応にも結婚しなければならない。

 たとえあいつが女王になろうとなかろうと、だ。


 どうせ変えられない運命ならば、今のうちから仲を深めておいたほうがいいに決まっている。

 そのほうが、お互い望んだ形で夫婦になれるはずだ。

 愛のない結婚とはよく言うが、嫌々よりも、好き同士のほうが幸せになれることに違いない。


 そこまで考えて、ジュダはベッドに寝転がった。


「なんで俺がこんなことに神経すり減らさきゃならねぇんだよ」


 はぁと長いため息をつき、ジュダはゆっくりと目を閉じた。


 ――――――――――


 なんだかんだで数日後。

 禁断の森、広間――。


「はぁー」

「どうしたでけぇため息なんかついて」


 剣術の稽古終わり、アンジェリーナとギルは一緒に体をぐっぐっと伸ばしていた。


「だって、今日で最後なんだよ」

「あー、そういうこと」


 アンジェリーナの不満げな表情に合点がいった。


 ギルが近衛兵として配属されて約1週間。

 そうこうしているうちに、アンジェリーナの誕生日パーティーまで2週間を切ろうとしていた。

 ゆえに出された通告。


 剣術指導の一時休止。


 単純に諸々の準備など、スケジュールが立て込んでくるというのが一つ。

 もう一つは、こんな直前にケガでもされたら大変だというもの。

 まぁ、こっちが本音だろうが。


「仮にも姫様が傷だらけだったら見るに堪えないもんな」

「そうなんだけどさ」

「そもそも姫様が普通に剣を扱えていることがおかしいんだろうが」

「――そうなんだけどさぁ」


 段々とごにょごにょ小さくなる声。

 アンジェリーナは気まずそうにうつむいた。


 意図せずなんか、空気が悪くなっちまったな。

 どうしたもんか――って、あ。


 そのとき、どうしてかはわからない。

 だが唐突に、ギルは思い出した。


『クリス様って、アンジェリーナのことどう思ってるんですかね』

 ――『それは――俺たちが推し量っていいものじゃない。本人たちの問題だ』


 じゃあ、本人に聞くのは?


 ギルの好奇心に火が付いた。


「ところでさ、話は変わるようだがアンジェリーナ。誕生日パーティーにはクリスも来るんだよな」

「え?あぁうん。そのはずだけど」


 導入は良い。

 よし行くか。


「実際さ、どうなわけ?」

「え?」

「クリスとのことだよ」


 ギルはできるだけ真剣な顔をして、切り込みにかかった。


「許婚になって2年なんだろ?恋愛的にどうなんだよ」

「うっ、えー!?」


 突然の質問に、一瞬きょとんとしたのち、アンジェリーナは森中に響き渡るような大声を上げた。

 まさか、出会って1週間程度の兵士に、こんなことを突っ込まれるとは思ってもみなかったのだろう。

 ただ一点にこちらを見つめ、固まっている。


 しばらくして、どぎまぎと、目を泳がせながら、アンジェリーナはどうにか口を開いた。


「――まず一つ訂正すると、許婚になったのはもっと前、私が8歳のときだから約4年前。初めて会ったのは2年前だけど」


 はぁ、はぁ、と心なしか息を荒くさせながら、アンジェリーナは心を落ち着けるかのように、そう言った。

 そしてまた少し間を置き、今度は本題に足を踏み入れた。


「恋愛的に、か――ねぇ、いきなりどうして聞こうと思ったの?」

「え」


 その切り返しに、ギルは思わず言葉に詰まった。


 まずい。

 何となく知りたかったから、なんて好奇心丸出しのノリじゃあ、受け入れてもらえるはずがない。


 ギルは容量の少ない頭をどうにかこうにか動かした。


「だってさ、クリスとのやり取り見てたら全然許婚の関係って感じがしないんだもん。それより先生と生徒っていうか、学友仲間っていうか」

「うーん――」


 アンジェリーナが口に手を当て唸る。


 ほっ、どうにか誤魔化せたか?

 まぁ、嘘は言っていないけど。


「意外と鋭いんだね、ギル」


 アンジェリーナはぱっと顔を上げた。

 すぐさま反論する。


「“意外と”とはなんだ。というか、あんなの、誰が見てもわかるだろ」


 その答えにうんともすんとも言わず、アンジェリーナは静かにこちらを見つめた。


「まぁ、ギルの言う通り、ではあるかな。クリスがどう思っているかは全くわからないけど、少なくとも私は、はっきり言って、クリスのことをそういうふうに見たことはないというか、なんというか――」


 頑張って伝えようとしてくれてはいるが、内容が釈然としない。


「どうにも歯切れが悪いな」

「だって仕方ないでしょう?こんなこと、公に言えたものじゃないんだから」


 苛立ちを滲ませながら、アンジェリーナは吐き捨てた。

 なかなかにボルテージが上がってきた様子。


「私は、自分の人生を、自分で決めると決断した。でも、そのことと許婚のことはまた別問題で――」

「あー待て待て、決断って何のこと?」


 アンジェリーナの言葉を遮り、ギルは思わず割って入った。


 なんか今、聞き逃してはいけないことを言っていたような気が。


「私、将来女王になりたいの」

「え、はぁ!?」


 今度はギルの大声が森中に響き渡った。


 女王?女王ってあの女王!?


「そんなさらっといっていいものか!?」

「いいの!今それが本題じゃないし」


 えー?


 ギルは心の中で嘆いた。


 アンジェリーナは流しているが、たぶんこれ、相当重要なことだよな。

 絶対に他に漏らしてはならない情報というか。


 まぁでも、アンジェリーナの言葉も一理あるか。

 今、このことを掘り下げても仕方がない。

 知りたいのはその先だ。


「で、別問題っていうのは?」

「それは――」


 ギルはごくりと唾を飲んで、アンジェリーナの言葉を待った。


「国にとって重要なことは何か。国を存続させるためにはどうすればいいか。たとえ女王となったとしても、いやなったとしたら尚更、真剣に考える必要がある――要は、跡継ぎ問題を、ね」


 跡継ぎ――。


 妙に現実を帯びた単語に、ギルの心臓がドクンと鳴った。


「だからこそ、クリスとの結婚は私一人の意思でどうこうしていい問題じゃない」

「甘んじて受け入れるってか?」

「そうだね」


 アンジェリーナはあくまで冷静に、淡々とそう言い放った。

 その目は全く揺らぐことなく、こちらを見つめている。


 これが、12歳の子どもか?


 ギルは初めて、アンジェリーナの、姫としての片鱗に触れたような気がした。


「でも、別に好きじゃねぇんだろ?」

「いや、その、好きではあるよ。“ライク”の方面に」


 純粋な好奇心からなる疑問に、再びアンジェリーナが困惑する。


 こういうときは年相応の子どもなんだよな。

 変にちぐはぐしていて、ふっ、面白い。


「じゃあさぁ、“ラブ”の方面に好きなやつはいないわけ?」


 そう。だから、これは、ただの好奇心だったんだ。

 何の意味もない、ちょっとからかってやろうというくらいの。


「ってまぁ、いるわけねぇよな。未成年の姫なんて、人と関わる機会自体少ないだろうし――」


 だから、思い切り予想外だったんだ。


「え」


 アンジェリーナはぽろっとそうこぼした。

 その表情は先程の、落ち着いた顔とは大違い。

 表情を引きつらせて固まっている。


「え?」


 それを見て、思わずこちらも戸惑いを露わに固まる。

 二人の間に、静寂が流れた。


「あぁうん。いないよ。いるわけないじゃん」


 とここで、アンジェリーナが口火を切った。


「――あ、そうだよな。うんうんそうそう。変なこと聞いたな」

「本当だよ。時代によっては不敬罪で即刻処刑だよ?」

「あはは――それは今の時代もそうだろ」


 互いが互いに焦りを露わに気を遣う。

 変な空気が流れる中、二人はどうにか平静を装った。


 だが――。


 今のアンジェリーナの反応って。

 ん?


 何か良からぬことを知ってしまった気がする。

 その疑問が解消されることはなく、心に大きなモヤモヤを抱えながら、ギルはついに誕生日パーティーを迎えてしまうのだった。

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