第122話 カースト
「んんーあぁー、今日もぼちぼちやりますかぁ」
森の中を歩きながら、ギルはぐーっと伸びをした。
「護衛が主人の前を歩くな」
「えぇーいいじゃないですか?なぁアンジェリーナ」
「別に、気にしないよ」
ジュダの小言を気に留める様子もなく、二人はすたすたと前を行く。
「というかギル、今日は大剣の練習させてよ」
「おう!いいな」
その様子を一人、ジュダが後ろから眺める。
この二人、いつの間にこんなに仲良くなったんだよ。
初対面が一昨日だぞ?
昨日俺が抜けてから何があったんだ?
己の話で盛り上がったことなど露知らず、ジュダは怪訝そうに二人を見つめた。
そしていつも通り広間に到着。
「はぁ、じゃあ始めるか。いつも通りまずはストレッチから――」
「おっ、まじで一匹増えてんじゃん」
「「「――!!」」」
突然、後ろからの声。
アンジェリーナとジュダはばっと後ろを振り向き、そしてギルは――後ろにひっくり返った。
その反応に、けたけたと笑い声が響く。
「ははっ、転がってんじゃん。面白いなこいつ」
「――ポップ」
だ、誰だこいつ。
突然驚かせてきて。
ギルは転がったまま、上からこちらを見下ろす男をまじまじと見た。
すらっとスタイルのいい男。
歳はジュダ教官と同じくらいかそれ以上か?
こっちをバカにしたような態度。
俺が寝転がっているのを良いことに、なんて高圧的な――ていうか。
「えっ、身長たっか!?」
ギルはばっと起き上がり、ポップの全身を下から上までじぃっと見つめた。
「そんな舐めるように見つめなくてもいいだろ?ってか、初手聞くことが身長って、やっぱこいつ面白れぇな。面白いというかバカっぽい」
「あ!?」
ポップの煽りは案の定、ギルの導火線に火をつけた。
「さっきからてめぇ何様なんだよ――」
「そういえば、ギルって身長いくつなの?」
「へ?」
アンジェリーナの咄嗟の話題転換。
大分強引だけど。
しかし、効果はてき面だったようだ。
ギルは突然水をばしゃんと掛けられたようにぽかんと口を開けた。
どうにか火は鎮火できたようだ。
「身長?えぇっと確か、前の体力健診じゃあ、180センチだったかな?」
「へぇ大きい」
「そうだよ。同期の中でも俺、結構でかい方なんだよ。なのにこいつときたら――」
ギルは自分の頭上に手をやり、互いの身長を比べるようにぶんぶんと振った。
「ほら見ろこれ!この差!こいつ2メートルくらいあるんじゃねぇのか!?」
確かに、こう見てみると結構な差がある。
アンジェリーナは横に並んだ二人をよくよく見比べた。
こうして見ると、男の人の身長って違うものだな。
そのとき、視界の端で、ポップがにやりと笑った。
何が名案が浮かんだと言わんばかりに。
あ、嫌な予感が。
「なぁジュダ、お前は身長いくつなんだ?」
「あぁ?」
やっぱり――。
アンジェリーナは静かに頭を抱えた。
もうこれ以上拗らせないでくれ。
ところが、アンジェリーナの願いをよそに、全く状況を理解できない者が一人――。
「確か、160センチくらいでしたっけ?」
「ちげぇよ!163だ!!」
悪意はないのだろう。
だがそれゆえに、ギルの無自覚な煽りに当てられて、ジュダはスイッチが入ってしまったようだ。
この怒鳴り声に自分の過ちに気づいたのか、ギルは明らかに目をそらし、こちらに助けを求めてきた。
「ちなみに、アンジェリーナは今いくつなの?」
「ん?あー」
ギルはギルとて強引すぎる。
だがここは乗るが吉。
アンジェリーナは流れに乗ってしらっと答えた。
「いつも誕生日の日に測っているから。去年の時点では155センチだったかな?」
――あれ?ギルの返答がない。
アンジェリーナがギルに目をやると、ギルは難しい顔で頭を傾けていた。
「聞いといてなんだけど、俺、12歳女子の身長なんてよくわかんない。え、これ、でかいの?小さいの?それとも普通?」
「でかいだろ。だって2年前の時点で140は超えてただろ?剣術指導解禁の条件がそうだったはずだ」
「はぁ!?じゃあ2年で15センチも伸びたっていうことか?」
「ちげぇよ。話聞いてたのか?1年で15センチだ。だから今はそれ以上ってことになる」
アンジェリーナの代わりにジュダが答えてくれた。
「うわぁ成長期すごいな。そんなに伸びてたら成長痛やばいんじゃないの?」
「そうなんだよ。時々痛いのがどうにもならなくてさ。それが稽古の日に重なったときは――」
「あぁなるほど。せっかくの楽しみが無くなっちまうってことか」
ギルのおかげでだいぶ空気が軽くなった。
このままいけば――。
「ていうかさ、今、いや去年の時点でジュダ教官と8センチ差なんだろ?この感じで行ったらさ、最終的にはお前、ジュダ教官の身長超えるんじゃ――」
その瞬間、高速でジュダの手がギルの頭をはたいた。
「痛っ!ぶたないでくださいよ」
「うるさい!その話はもう終いだ。次にその話したら蹴り飛ばすからな!?」
「え!?身勝手過ぎない?ものすごく私情!」
なんでこうなるの。
アンジェリーナは深くため息をついた。
ごほんとジュダが咳払いをする。
「ったく、気を取り直して始めるぞ――」
ピリリリ、ピリリリ。
突然電子音が鳴り響く。
「って今度はなんだ?」
ジュダは内ポケットから通信機を取り出すと、三人から離れていった。
「なぁアンジェリーナ、結局あいつって何者なんだ?」
「え、ポップだよ」
「なるほど」
ギルは目をぱちくりさせ、そして数秒後、ばっと大きく見開いた。
「――はぁ!?」
「今更じゃん」
嘘偽りのない大げさな叫びに、アンジェリーナは再びため息をついた。
まったく、ギルときたら。普通最初はポップの正体について突っ込むんだけど――。
「悪いお前ら」
そのとき、ジュダの一声が割って入った。
「急用が入った。たぶん一日かかる。だから午後もいてやれないと思う」
「うん、わかった」
「午後?」
不思議そうにギルが首を傾げる。
「午後から何かあったっけ?今日は
「え?午後からクリスとの勉強会だよ?」
「クリ――あぁ許婚様か。え、でも今日日曜じゃないだろ?」
「聞いてないの?」
「ん?」
「あ」
困惑するギルを前に、ジュダがぽとりと漏らした。
「悪いギル。今朝伝達し忘れていた。今週は出張が入るからと、急遽勉強会が前倒しになったんだよ」
「あぁなるほど」
悪かった、と口早に言うと、ジュダはこちらに背を向け、走り去っていってしまった。
「ここ最近すごい忙しそう。ジュダがこんなミスするなんて見たことない」
「俺も。ジュダ教官はいっつも完璧なイメージだから。去年もこんなに忙しかったのか?」
「いや」
アンジェリーナはジュダが消えた先を見つめた。
「ジュダ、今年はパーティー会場全体の警備計画の立案も担ってるんだよ。他の王城警備兵と一緒に。初期の頃は色々と大変だったらしいけど、今ではずいぶん信頼されて、こういう仕事も任されるようになったらしいよ」
「へぇ。やっぱりジュダ教官はすごいな」
「ふーん、ジュダってそんなすげぇんだ」
またもやポップの横やり。
突如、後ろからの声にギルの体がビクッと跳ねた。
アンジェリーナは静かに振り返る。
「そういえばまだいたの?ポップ」
「はぁ?ひでぇなぁ。居ただろうが」
機嫌悪そうにむすっと顔をしかめるポップ。
いや、責められるいわれはないのだが。
「ていうか、ポップって何なんだよ。俺が聞いてきた話じゃあ、石ってなってたんだが」
また脈絡のない。
再び吹き返した話に、アンジェリーナはギルに向き直った。
「本体は石だよ。森の中の泉にある。帰りに見せてあげようか?」
「おう頼む――って、じゃあ結局目の前のこの男は何なんだよ」
「うーん、本人曰く、ポップの精霊?」
その答えにギルは眉間にしわを寄せた。
「あいまいだなぁ」
「まぁ、私もよくは知らないんだけど」
「初対面からこのやけに“
「え、面?」
突然の話について行けず、アンジェリーナは動きを止めた。
「だって見てみろよ!このスタイルにこの顔!!」
「えぇ?」
過去一番の熱量にアンジェリーナは戸惑いを露わにした。
「なんでそんなに突っかかるのよ」
「いいか?こんな顔のいい男の前じゃ、俺みたいなやつは太刀打ちできねぇんだよ。中の上だぞ?俺なんて」
「――なんで微妙に評価が高いのよ」
話が変な方向に進み始め、アンジェリーナは目を細めた。
「えーでも、ギルだって上の下くらいはあるでしょう?」
「お前のそれはフォローになっているのか?」
「ポップだって、言って上の中くらいだし」
「はぁ!?」
ギルの大声が耳に響く。
「上の上の間違いだろ。俺の周りでこんなに面のいい奴いなかったぞ?じゃあお前は、この目の前の男以上の、上の上を知っているとでも言うのか?」
「それは――」
――――――――――
「初めまして、ギルさん。クリスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「――上の上」
ギクッ。
ギルがぼそっと呟いた言葉に、アンジェリーナは思わず体をびくつかせた。
最初からなぜか一方が敵意丸出しの対面。
今後の展開に内心ぶるぶると震えながら、ギル初参加の勉強会が始めるのだった。
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