第121話 噂話
「変な話、聞かせて悪かったな」
「ううん」
禁断の森に二人、アンジェリーナとギルは隣同士、芝生に座っていた。
ジュダはというと、誕生日パーティーの打ち合わせで忙しいからと一足早く出て行った。
一方アンジェリーナはギルの口から、過去のあれこれを聞いていたのだった。
「まぁ、意外ではあったよね。出会って間もないけど、ほら、ギルってなんというか、いけいけおらおら!っていう感じがするというか」
「あ!?誰が“いけいけおらおら”だ。ていうかお前、姫なのにどこでそんな言葉覚えてきてんだよ」
「え?本」
「――本」
アンジェリーナのきょとんとした返しに、ギルの表情が固まる。
が、ギアを切り替えるように、ふるふると首を振ると、すぐにこちらに尋ねてきた。
「お前、俺の事どう思った?」
「え?」
今度はアンジェリーナが固まる。
その様子に、慌てたようにギルが手を振った。
「別に変な意味じゃねぇよ?ほら、第一印象というかさ」
第一印象――。
うーんと頭を傾ける。
「――生意気な、やつ?」
「おい!」
そっちから聞いておいて。
ギルはばっと立ち上がった。
「あ、でも、別に嫌いじゃないよ。さっき、ジュダとの手合わせも見させてもらって、純粋にすごいなぁって思ったし」
すかさずアンジェリーナがフォローする。
その言葉に気が収まったのか、ギルはそろそろと再び腰を下ろした。
「俺は、はっきり言って、お前の事、生意気だと思ったよ」
「ねぇ?」
「お互い様だからいいだろ?それから――」
そう言葉を切ると、ギルはちらっとこちらを見た。
「実を言うと、今もお前のことは気に食わねぇ」
「え」
唐突な告白にアンジェリーナは再び固まった。
もしかして私、ギルに嫌われて――。
「だってお前――ずるいんだもん!」
ずるい?
「えぇ?何が?」
「お前がジュダ教官を独占するからだよ!」
「――はぁ!?」
理不尽な答えにアンジェリーナは思わず声を上げた。
堰を切ったようにギルが早口に言葉を繰り出していく。
「俺はなぁ、この約2年間、1か月に1度の鍛錬だけを楽しみにやってきたんだ。それをなんだ?お前は。毎日毎日丁寧な指導をしてもらって。うらやましいにもほどがあるだろ」
ひとしきり聞き終わった後、アンジェリーナは頭を整理した。
え、つまり嫉妬?
ギルはぷんすかと口を曲げている。
それって、ものすごく一方的な私怨じゃない?
「それにお前のスタイルはジュダ教官のとよく似ているからな」
「――え?」
ギルは未だ不服そうに語り出した。
「昨日やり合ってみてわかった。まだまだジュダ教官には到底及ばないが、お前の剣筋、とりわけその繊細さはジュダ教官の動きとよく似ていた。それが悔しいんだよ」
「だからなんで?」
なだめるようにアンジェリーナが声をかけると、ギルはばっとこちらを向いた。
「だって!――俺はジュダ教官のスタイル、合わなかったし」
「――あぁ」
そういうことか。
急にトーンを落とし、うつむいたギルを見て、アンジェリーナはようやくギルの意図を理解した。
確かに、ギルってジュダより大柄だし、繊細で柔軟な動きはあんまり合わないのかも。
詳しい戦い方はよくわからないけど、どちらかというとパワー系だもんね。
まぁ、本人の性格的にも合ってないのかもしれないけど。
「でもジュダのスタイルにこだわらなくてもいいんじゃない?別に今の、ギルの体格と力を生かしたスタイルのほうが合ってるし。十分強いよ」
「そりゃあわかってるけどさぁ。これは気持ちの問題なんだよ。どうにもならないって自分でわかっているからこそ、うぅ、くやしいー!」
ギルは悶え、体をくねらせた。
「俺は、初対面のとき、ジュダ教官にわからされたんだよ」
「わからされた?」
「そう。ジュダ教官と手合わせして」
その言葉にアンジェリーナはピンときた。
あー、そういえば。
前にジュダが『実力行使で懐かせた』って言っていたかも。
「あれを見て、俺はジュダ教官の剣技に憧れたんだよ。俺もいつか、ああいうふうに戦ってみたいなって」
「確かに、ジュダの剣技ってきれいだもんね」
「そう!そうなんだよ!」
何やらギルの心にクリティカルヒットした様子。
ギルはぱっと顔を輝かせた。
「体の隅々まで繊細にコントロールされた動き。初めて見たときは驚いて声も出なかった。ほんと、空中を――」
「「舞っているよう!」」
そのとき、アンジェリーナとギルの声がハモった。
どうやらギルの熱に当てられて、アンジェリーナもまたヒートアップしてしまったようだ。
「でも本人は、こっちが『美しい』とか言ったらすぐに否定するんだよね」
「そうそう。俺の剣はもっと血生臭いんだ、とか言って」
さっきまでの暗いムードはどこへやら。
二人の波長はぴったりと重なっているようだった。
ギルって、おもしろいな。
なんだかこういうふうに気を遣わずに、同じレベルで話せる人って今までいなかったんだよね。
この人なら、信頼できるかも。
アンジェリーナは一度すぅっと息を吸うと、話を切り出した。
「ねぇ、聞いていい?」
「なんだ?」
「軍の中でさ、ジュダってどんな感じだったの?」
「どんな感じ?」
質問の意図がわからないというように、ギルは眉間のしわを寄せた。
「ほら、私はここに来てからのジュダしか知らないし、護衛モードしか見ていないから。実際に基地の中とか、戦場では、どんな風に振る舞っていたのかなって」
その質問にギルは顎に手を当て首を捻った。
「うーん、俺は弟子になるまでジュダ教官とは関わりなかったからな。弟子になってからもジュダ教官、ほとんど基地にいなかったし。16歳になって戦場に行くようになってからは、ほら、お前の護衛になっちゃったから。直接戦場での活躍とか見れたことねぇんだよな」
「なるほど――」
「でも、基地内での評判はえらいことになっていたぞ?噂では、基地だけじゃなく、軍の中でも一番の剣の腕の持ち主だ、とか言われていたし」
お父様から剣の名手だとは、聞いていたけど、軍の中でもとても評価されているんだな。
「あ。あと、戦場での活躍も、ジュダ教官の同期の先輩から、相当すごいとは聞いていたけどな。どんな状況下でも決して惑わず、ただ無心に剣を振り続けるって」
「――そっかぁ」
アンジェリーナは静かにうつむいた。
その様子を怪訝そうにギルが見つめる。
「なぁ、俺に聞くんじゃなくて、本人に聞いた方がいいんじゃねぇの?さっきも言ったけど、俺、ほとんど知らねぇし」
「それができたらそうしてるって――ただ」
「ただ?」
ギルがこちらの顔を覗き込んでくる。
仕方ない。
アンジェリーナは渋々と口を開いた。
「前にちらっと聞かせてもらった話だと、ジュダ、自分の手が血濡れているって。自分は兵士としてしか生きられないって。それがずっと気になっていて。同じ基地の兵士なら何かわかるかなって思ったんだけど――」
「あー」
何か心当たりがある様子。
ギルはそう声を漏らした。
「確かに、ジュダ教官ってそういうところあるよな。俺、あの人の信条知ってるもん」
「え、何?」
そんなの、聞いたことない。
アンジェリーナは注意深く耳を傾けた。
「『我が国のため、命を捧ぐ』」
その言葉を聞いた瞬間、アンジェリーナはあぁやっぱり、とそう思った。
良いも悪いもジュダらしい。
でもそれってなんか――。
「軍の戒律なんだよ、それ。よくあるだろ?国のために命を捧げろって。まったく、立派な兵士だよな」
本当にそうだろうか。
何も根拠はない。
ただ漠然とアンジェリーナは疑問に思った。
出会ってまだ2年だけど、ジュダはなんていうか、そんな模範的な兵士という感じではないというか。
もっと、なんていうんだろう?
その信条が意味するものとは。
アンジェリーナは思いに耽りながら、答えを探していた。
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