第120話 落ちこぼれの再起
「俺が行ってすぐだったんだってな?戦場デビュー」
「はい」
ジュダは寮舎の中庭にて、ギルの隣に座っていた。
暗い顔。本当にあのギルか?
ギルの顔を覗き込み、ジュダは優しく話しかけた。
「何があったか、話してくれるか?」
ジュダの声に、ギルはうんと頷くと、ぽつぽつと事の顛末を話し始めた。
――――――――――
ジュダ教官もご存じの通り、俺は、剣の腕には自信があって、実際同期の中では一番の成績だったし、上からの評価も良かったんです。
加えて、ジュダ教官の弟子っていうこともあって、より期待されていたというか。
だから俺は、出兵が決まって、やっと現場で活躍できるって、心底嬉しかったんです。
でも、現実はそんなに生易しくはなかった。
戦場で、敵と向き合い、剣を抜こうしたところまでは覚えているんです。
でも――。
『おい馬鹿、何やっている!』
同期の罵声にはっと気がついたときには、俺は腰に差した剣に手をかけたまま、固まっていました。
そして、目の前にはその同期のやつが倒してくれたとおぼしき敵の死体が転がっていて。
そのときわぁっと周りの声が入ってきたんです。
怒号と悲鳴の入り混じった、生々しい人間の声が。
そこで俺はようやく理解しました。
俺は、ここに、人を殺しに来ているのだと。
そう思ったら、もう、俺は剣が抜けなくなっていました。
それからは俺の生活は一変しました。
戦場でも活躍が期待されていた中でのこの有様。
上からの大きな期待は途端に落胆に変わりました。
『ったく、せっかく戦力になると思ったのに』
『ジュダの弟子と言うから前線に送り込んだのに、全く期待外れだ』
周りからの称賛、羨望の目はたちまち軽蔑の目に。
仲の良かったはずの同期の友人や仲間も次第に離れていき、仕舞いには戦力外通告――。
――――――――――
「その後は戦地へ行っても後方支援部隊に配属されたり、そもそも戦地へ行くことがほとんどなくなり、基地内で雑用をさせられることが多くなりました」
「なるほど。それで孤立していたわけか」
「はい」
すべての経緯を話し終わり、ギルは静かにうつむいた。
「俺、自惚れていたんです。訓練でどれだけいい成績を残せていたとしても、実際に何もできなければ意味がないのに。本当に、なにも、できなくて――」
とそのとき、ギルの目からぼろぼろと涙がこぼれてきた。
「すみません、グスッ、ほんとうに。どうしようもない弟子で。ジュダ教官の名誉を汚すような真似をして、グスッ」
自分が一番辛かったろうに、
まぁ、こういうやつだったな。
「あのなぁ、俺が周りの評価気にしたことがあったか?俺の名前を汚すだの、そんなくだらねぇことはいいんだよ」
しかしなおもギルはプルプルと肩を震わせている。
その様子に、ジュダはふぅと息をついた。
「ひとつ、面白い話をしてやろう」
「え?」
こういうとき、以前の俺ならどうしていただろうか。
自分が生きてきた道しか存在しないと信じ込んでいたから、たぶん、どうにかして人が殺せるようにとアドバイスしていたかもしれない。
そういうのは場数を積めばいいとか、もっと度胸をつけろとか、適当なこと言って。
でも、俺もきっと、少しは変わったのだろう。
「俺が今、アンジェリーナ姫の近衛兵をやっているのは知っているだろ?」
「え、あぁはい」
グスッと鼻を鳴らしながら、ギルは顔を上げた。
「それで俺、その姫様に剣を教えてるんだよ」
「――は?」
ギルは意味がわからないという顔で、ぽかんと口を開けた。
「その上、“自分は人を殺すために剣を振るうのではない”と言ってきた」
「はぁ!?」
ギルはさらに口を大きく開け、大声を上げた。
「今の軍じゃ、お前が話した通り、人を殺せないやつ=戦力外だ。現状、『国のために生き、国のために死ぬ』やつこそが“優秀”な人材だからな。だが、あの方が望む世界は違う」
ジュダはギルの目をまっすぐに見た。
「あの方は、『誰も血を流さない、誰の血も流させない、そんな国を創りたい』らしい」
「誰も、血を流さない、世界」
ギルがごくりと喉を鳴らした。
その目は先程の暗い目とは一変、キラキラと輝いているように見える。
「そんな世界がもし将来訪れたとして、そのときにはたぶん、お前みたいなやつが必要になると思うんだ」
「だからギル、お前はお前のままでいいんだよ」
「――は、はい」
再びぐすりと鼻を鳴らし、ギルは目をこすった。
こいつ、こんなに泣き虫だったっけ?
まぁ、元から感情が出やすいやつではあったが。
いろいろ溜め込んでいたのかな。
「ということで、俺、アンジェリーナ様に“人を殺さない”剣を教えなきゃいけねぇんだよ。でも、俺はずっと人を殺す剣しか握ってこなかったから、教え方も何もわからない。0からのスタートだ」
「はぁ」
突然の話題転換に、ギルは適当に頷いた。
「だからギル、俺の実験台になってくれないか?」
「え?」
ギルが固まる。
その様子に、ジュダは追撃を加えた。
「人を殺さずに無力化する方法、やり合える方法を模索するその手助けをしてほしい」
「えっ、え!?」
ギルはばっと立ち上がった。
その目は驚きとそして抑えきれない喜びに満ち溢れている。
「ということはつまり、また教えてもらえるってことですか!」
「まぁ、1か月に1度くらいしか見てやれないだろうが」
途端、ぱぁっとギルの顔が明るくなった。
本当、わかりやすいやつ。
ギルは勢いよく頭を下げた。
「よ、よ、よろしくお願いします!!」
数分前までの意気消沈ぶりはどこへ。
いつもの元気を取り戻したギルは、笑顔満開でジュダを見つめていた。
こうして俺とギルは再び師弟関係となり、月に一度の特訓をすることになったのであった。
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