第119話 帰郷
時は遡り、1年と少し前。
アンジェリーナがジュダに対して、自身の決意を明らかにしたすぐ後のこと――。
「今回はずいぶん傷が少ないんだな」
カーン、カーン、と金属音が鳴り響く路地裏。
ジュダはあの鍛冶屋に訪れていた。
剣の修理・調整をしてもらいに来たのである。
「ったく、毎回言っていると思うが、いい加減他のを作ったらどうだ?もう10年近くになるだろう」
「いいんです。それが手に一番馴染むので」
鍛冶屋はふんと鼻を鳴らした。
「しばらく出番がないと思っていたのですが、また酷使することになりそうで」
「またどこかに駆り出されるのか?」
「いえ、そういうわけでは」
ジュダは剣を見て、静かに微笑んだ。
半日ほどかかる、と鍛冶屋に言われ、ジュダはその場を後にした。
「さて、時間もあるし、久しぶりに基地にでも顔を出すか」
ジュダの所属していた基地は、パレス出身の兵士で主に構成されている特殊な基地である。
その中には、少年兵のための訓練施設も併設されており、ゆえに、パレス兵の中にはこの基地で兵士としての一生を終えるものも少なくない。
徒歩15分ほどの道のりを経て、ジュダは森の中にある、基地へとたどり着いた。
「おっ、ジュダじゃねぇか!」
「あ、本当だ。ジュダだ」
「おう。久しぶり」
基地に入るや否や、目ざとくジュダを見つけた元同僚が駆け寄ってきた。
「いやぁ、3か月ぶりか?どうだよ、姫様の護衛は?」
「どうって、別に」
「戦場を駆け巡ってきたお前にしちゃあ、王宮での生活なんて、ぬるくて腕が鈍っちまうだろ」
「いや――」
何がぬるいものか。
毎日毎日アンジェリーナに振り回され、日々鍛錬に付き合わされている。
腕が鈍るどころじゃない。
「あれ、ジュダさん?」
「ジュダ先輩!」
入り口でとどまっていると、中からどんどんと人が湧いてきた。
これは、早く抜け出さないと大変だな。
後輩連中も出てきたし――って、あれ?
ここでジュダはある違和感に気づいた。
あいつが、いない?
「なぁ、ギルはどうした?いつもなら、俺が帰ってくるなりいの一番に飛んできていただろ」
「あぁ、ギルな。あいつは――」
ジュダはどうにか周りを振り切り、寮舎にやってきた。
どうやらあいつも今日、休日だったらしい。
と、中庭に一人、座り込んでいる背中が見えた。
「ギル」
ジュダが声をかけると、背中がぴくっと動き、ギルがこちらを振り返った。
途端、目が大きく開かれる。
「ジュ、ジュダ教官!?」
ギルは勢いよく立ち上がり、ぴっと背筋を伸ばした。
「お前なぁ。俺はもう、お前の教官じゃないだろ?師弟制度は終わったんだから」
「だとしても、俺にとってジュダ教官はいつまでも、俺の師匠です」
相変わらず小生意気な。
ギル。俺より4つ下で、俺の弟子だ。
本来16歳になるとパレス兵は教官としての役目を負い、弟子を持つようになる。
それが、師弟制度。
まだ子どもな少年兵を組ませることにより、教える側と教えられる側の心身を鍛えようという、効率のよい制度である。
当然、俺もまた、16になったときに教官となった。
だが、12歳のときの、シガリア戦争の隠された功績の影響が大きかった。
16歳になるや否や、俺は各地の紛争地帯に駆り出されることになったのだ。
わかるだろうか。つまり、弟子の面倒を見ている暇などないのだ。
しかし、パレス兵としてあまり例外を置きたくないのか、上はジュダに一人、手のかからない優秀な弟子をつけさせることにした。
それが、ギルだ。
ギルは、当時の12歳パレス兵の中では、段違いに腕の立つ男だった。
基地の中で見てもかなりの実力者と呼べる逸材で、手のかからない優秀なやつだから、ジュダがいろいろと教える手間が省けると思ったのだろう。
まぁ、ジュダに預けて戦力超強化してやろうという魂胆も見え透いていたのだが。
『あなたが、この基地の中で一番腕がいいんですよね?』
開口一番これだもんな。
今も生意気だが、初対面のときはそれ以上だった。
まぁ、俺も『何なら試してみるか』とふっかけて、実力勝負に持ち込んだんだがな。
その結果、『ジュダ教官!』などと慕ってくれるようになったわけで。
ここの基地にいられる時間は他の奴らに比べて限りなく少なかったから、俺としては申し訳なかったのだが、あいつは、それでも少ない時間で多くのことを吸収していったし、何より帰ってくるたび玄関まで飛んでくる。
優秀で可愛げのある弟子だった。
なのに、だ。
ジュダは改めて、こちらを見つめるギルをよくよく観察した。
まっすぐな目は3か月前と同じ。
だが、心なしか表情が暗い。
いつも生意気で強気だったやつとは思えないほどの覇気のなさだ。
それに、前のあいつは、こんなところに一人でいるようなやつじゃなかった。
コミュニケーション能力が高くて、明るくて、常に人に囲まれているようなやつだった。
やっぱりあのことか。
ジュダは先程、仲間の一人に言われたことを思い出していた。
『お前が行ってすぐ、だからつい3か月くらい前だな。北で少し大きな諍いがあってな、あいつも駆り出されたんだよ。ほら、同期で一番の剣の腕だったし。それに、お前の弟子っていう看板もあったからな。そりゃあ上も期待して前線に送り込んだよ。本人もやる気でさ。なのに――』
「固まったんだってな。戦場で」
単刀直入。
ジュダの言葉に、ギルはビクッと顔をひきつらせた。
「どうした?俺との鍛錬でも、軍の訓練でも剣が鈍ることなどなかっただろ。何があった?」
「えっと――」
口ごもりうつむくギル。
「まぁ、予想はできるが。大体戦場でそうなるやつっていうのは2パターンいるからな。1つは、実際の戦場のおぞましさに足が竦んでしまう場合。そういうやつはそもそも戦闘向きじゃない。実戦で判明する場合も多いが、ここの上官はまあまあ優秀だからな。厳しい訓練の中である程度、事前に判別がつくものだ。まぁ、俺のより激しい特訓に耐えてきたお前が、そういうタイプだとは、俺も思わない――だから、考えられるのは1つだけだ」
ギルはぴくっと肩を震わせた。
「お前、人が殺せなかったんだろ?」
ジュダの推察に、ギルは言葉一つ発することもできずに、ただただうつむくばかりなのだった。
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