第117話 本気の手合わせ
翌日、三人は再び禁断の森に会していた。
「それじゃあ改めて、今日からまた剣術指導を再開する。よろしく」
「「よろしくお願いします!」」
元気な返事が二つ重なった。
――ふ、二つ?
アンジェリーナは声のする方向にぱっと顔を向けた。
「え」
「え?」
すぐ真横。
そこにはいたのはギル。
そう。今、三人の構図は――
目の前にジュダが仁王立ち。
そして手前にアンジェリーナとギルが正座待機。
と、二対一。
二人は顔を見合わせた。
「ん?え、ギルも
「あ?当然だろ。俺は、ジュダ教官の師匠だぞ?」
「いやそんなに誇って言うことでも――」
自信満々なその様子に、アンジェリーナは思わず目を細めた。
「え、本当にそんな感じなの?」
たまらず助けを求め、アンジェリーナはジュダのばっと振り返った。
「あーまぁ、そのほうが効率的だからな。悪いな」
「別に、嫌じゃあないけど」
アンジェリーナは再度隣のギルをちらりと見た。
ギルってまだ未成年ではあるけど、パレス兵の通例で行くと、もう実戦には出ているはずだよね。
それなのに、ジュダからまだ指導を受ける立場なんだ。
「さぁ、時間が惜しい。とっとと始めよう」
「「はい!」」
まぁ、今気にしても仕方ないか。
アンジェリーナは木剣を拾い上げ、立ち上がった。
「はっ、ふっ、はぁっ」
「動き鈍らせるんじゃないぞ。一つ一つ力を込めて」
「っはい!」
ジュダとの手合わせはいつも過酷そのもの。
右に左に上から下から、変幻自在に繰り出される剣撃に、必死に食らいつく。
一度でも動きを止めればそれはつまり死。
負けじとアンジェリーナは剣を繰り出していった。
まったく余裕なんてないけど、うん。付いて行けている。
最近はようやく、ジュダの剣筋が見えるようになってきた。
このままどうにか頑張って――。
そのときだった。
「あっ」
アンジェリーナの体が大きく後ろに傾いた。
内から一刈り。
ジュダの左足が、アンジェリーナの右足を内から刈り取るように捉えて引っかけた。
きっと剣の動きにばかり集中しすぎて、視野が狭くなっていたのだろう。
いつの間にかジュダはアンジェリーナの足の間に踏み込んでいたのだ。
こうなってしまえば為す術もない。
アンジェリーナは完全にバランスを崩し、そのまま後ろに尻もちをついた。
「ったたぁ」
受け身取れなかった。
おしりがジンジンする。
「剣ばかりに気を取られるとそうなるんだ。気を付けろ」
「はいっ!」
くうぅ、やっぱりきつい。
剣に追いつくのがやっとで、どうしてもその他に目がいかなくなる。
アンジェリーナはよいしょと立ち上がり、パンパンとほこりを払った。
と、そのとき。
「――はぁ、はぁ、はぁ、よっしゃ、100周終わりっ!」
アンジェリーナが立ち上がるのとほぼ同時に、ギルが地面に倒れ込んできた。
「お疲れ」
「はぁ、はぁ、どうも」
ギルは息絶え絶えにアンジェリーナを見上げた。
アンジェリーナがジュダと剣術の手合わせをしている最中、ギルはずっと広間の中をぐるぐると走っていた。
すごいスタミナだよね。100周って。
小さいとはいえ、集落跡。
結構広さあるんだけど。
とここで、ごろんと寝転がるギルのもとにすっと影が近寄ってきた。
「おい、ギル。いつまでへばってる?さっさと手合わせ行くぞ」
「――はいっ!」
き、鬼畜だ。
アンジェリーナに、少し休憩だと言うと、ジュダは剣を片手に広間の中央へと足を進めた。
対するギルは、がばっと起き上がると、まだ息も整わぬまま、小走りに剣を取りに向かった。
すごいな、ギル。
いや、軍隊の中ではこれが普通なのか?
「お待たせしました」
「ん。じゃあ始めるぞ。アンジェリーナ、合図してくれ」
「あ、うん」
アンジェリーナは二人から少し離れたところに移動した。
その目は二人をまっすぐに捉えている。
うん。ここなら二人ともよく見える。
昨日、ギルと対峙してみて、その戦法の違いに驚いた。
ジュダと違って、ギルはかなりのパワープレイ。
そういう相手の対処法は色々と教えてもらっていたけど、ジュダが実際にどう対応するのか、とても気になる。
楽しみだ。
アンジェリーナはすっと手を上に伸ばし、そして振り下ろした。
「始め!」
――カァン!
途端、剣のかち合う音が響き渡る。
しかし――。
くそっ、
合図と同時に突進したギル。
だが相手のほうが
ジュダはくるりとその身をかわし、勢いは見事にいなされた。
しかし、ここで止まるギルではない。
すぐさま体を旋回させ、横のジュダに斬りかかる。
ブゥンと音が鳴る。
ギルが剣を振る度、剣が空を切っているのだ。
アンジェリーナは二人の攻防を固唾を飲んで見守っていた。
昨日は間近で相対していたからよくわからなかったけど、ギル、力任せなわけじゃない。
それ以上に剣を振るスピードがすごいんだ。
ジュダが言ってた。
『あくまで剣を振る力は最小限に、力み過ぎず抜きすぎず』
今のギルはまさにそれを体現している。
勢いを最大限に利用することで、パワーを引き出しているんだ。
アンジェリーナが戦況を分析する最中にも、次々と剣がぶつかり合う。
ギル、ジュダの剣にちゃんと付いて行けている。
それに防戦一方というわけでもなく、攻めも積極的にしているし。
でも――。
全っ然、当たらねぇ!
ギルは必死に剣を振るいつつ、心の中で叫んだ。
いや、当たってはいる。当たっているが、どれもこれも力を流されてまともに当たらねぇ。
それに、避けられたと思ったら、一瞬のうちに背後に回られて、鋭い一撃が容赦なく襲ってくる。
手合わせが始まってからのジュダの動きはまさに縦横無尽。
軽々と体を操り、的確に隙を狙ってきていた。
その様子を、外から見てアンジェリーナは思う。
確かに、ギルは対応できている。
昨日の私との手合わせと比べると、今の二人がいかにレベル違いなのかがよくわかる。
剣撃の速さ、重さ。
その何もかもが桁違いなのだ。
こんなもの、見たことがない。
でも、二人の違いもまた明白だ。
私はまだ、細かい動きとか、駆け引きだとかはよくわからない。
それでも今現在、ジュダが優勢だということはわかる。
だって、表情が違いすぎる。
アンジェリーナは二人の顔を注視した。
ギルは、昨日と違って“本気”なのだろう。
ぎらついた目でジュダをしっかりと睨み、歯を食いしばって決死の表情を浮かべている。
対してジュダはどうか?
いつもと変わらぬ淡々とした雰囲気で、焦っている様子も見られない。
俺がまだ、ジュダ教官に敵わないことはわかっている。
力の差が明白なのも。
だが――諦める、訳ねぇよな!?
ギルの攻撃。
避けようとジュダが跳び上がる。
いつものように、体をふっと持ち上げ、ギルの後ろに回り込もうとする。
そのとき、
「うまい!」
アンジェリーナは思わず声を上げた。
ジュダが跳び上がるを待っていたかのように、タイミングを合わせ、ギルは体を後ろに旋回させた。
これなら、ジュダの着地点、ピンポイント。
たとえジュダでも、着地してからすぐにあの速さの攻撃をかわすことは不可能なはず。
体を回しながらギルもまた考えていた。
もし剣が間に合ったとしても、絶対に当たる。
力勝負じゃ俺に分がある。
予定通りジュダが着地。
そしてこちらの剣はすぐそこ。
回転をそのまま力に変える。
これは、勝っ――。
カツン。
その刹那、木剣の当たる軽い音だけを残し、ギルの視界からジュダが消えた。
「――!!」
「はぁ!?」
思わず大声を上げるギル。
何が起こったのか、理解できなかったのだろう。
その光景を目撃したもう一人。
声にならない叫びを上げながら、しかしアンジェリーナは捉えていた。
着地したその一瞬で、ジュダが再び高く跳び上がるのを。
ジュダは、前方に宙返りし、上下逆さまの状態で腕を伸ばしていた。
そう。ギルの剣が捉えたのは、下に向けられたジュダの剣先。
それを少し掠っただけだったのだ。
嘘だろ!?
こんなの、曲芸――。
気づいたところでもうどうしようもない。
当たり所を失い、力のあり余ったギルの剣は、虚しくもそのまま振り抜かれ、勢いのまま体ごと前方に大きくよろける。
そのとき、ギルの体の上にジュダの影が覆いかぶさった。
次の瞬間、
「がはっ!」
空中で一回転したジュダの両足が、容赦なくギルの背中を踏みつけた。
そして全体重を乗せた背中への強烈な一打。
こうなってしまえばもはや体格差など関係ない。
崩れるギルの体。
しかしジュダは油断しない。
すかさず体をねじり、右腕で首を、左手でギルの左手首を押さえる。
空中で掴まれ拘束。
今のギルの体に自由なんてものはない。
受け身も取れぬまま、ギルは為す術もなく、ぐしゃりと前に倒れ込んだ。
見事に体を叩きつけられ、剣がカラリと落ちる。
この間、わずか数秒。
圧倒的な空中戦。
まさに、完全制圧。
「すごい――」
これが、ジュダの実力。
全部、読んでいたんだ。
光のごとく行われたジュダの剣技。
アンジェリーナは、その場に立ち尽くし、ただただその業に感嘆していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます