第115話 しょうもない喧嘩

 禁断の森は人の立ち入らない静かな森。

 そのはずだった――。


「頼みますって教官!俺、こいつの護衛やりたくないんですけど」

「それはこっちのセリフ!どうしてこんなに生意気なのかなぁ」


 今は二人のいがみ合う声が響き渡るは響き渡る。

 静寂とはまるで逆の状況だ。


「「ジュダ(教官)!」」

「あーもううるさい!お前ら少し黙れ」


 ジュダの怒号に二人はきゅっと口を結んだ。


 危惧していた通りになった。

 やはりそりは合わなかったか。


 ジュダははぁと大きくため息をついた。


「原因を話せ原因を。何があったら短時間でこんな様になるんだ!?」

「「それは、こいつが――」」


 互いに指をさし合い、二人は睨み合いながらも話し始めた。


 ――――――――――


「ここが、禁断の森の広間。いつも剣術の鍛錬をしている場所」

「なるほど。禁断の森の存在自体は聞いていましたが、まさか実在するとは――それもこんなに簡単に入っていいものなのか」


 ギルは物珍しそうにあたりを見回した。


 ジュダのときもクリスのときもそうだったけど、初対面って何話していいかわからないんだよね。

 ここはひとつ、また年齢の話から――。


「近衛兵の任務には、最初から剣術指導は含まれていたのですか?」

「え?」


 意外。そっちから話しかけてくるんだ。


 アンジェリーナの予想に反し、ギルは唐突に切り出した。


「まぁそうだね。ジュダは最初から私の剣術指導込みで雇われたというか、たぶんそっちのほうがメインだったんじゃないかと」

「なるほど。そうなんですね」


 護衛が増えると聞いて、初めの頃のジュダみたいに、また空気が悪くなったらどうしようかと思っていたけど良かった。

 この人は雰囲気よさそう――。


「それにしても、ジュダさんも大変ですね。こんなに付き合わされて」

「は?」


 突然の爆弾投下。

 相手を評価した直後だったがゆえ、思考が追い付かない。

 アンジェリーナは口をあんぐりと開けたまま固まった。


「だってそうでしょう?事情は聞いていますけど、所詮あなたは姫様だ。どんなに覚悟があろうとも、実力が伴っていなければ意味がない」


 丁寧な口調に漏れ出す侮蔑の表情。


 カッチーン。


 そのとき、アンジェリーナのスイッチが入った。


「その言い草はないんじゃない?見てもいないのに決めつけるのはどうかと思うけど」

「見る必要もないでしょう?12歳の子どもができることなど大したことない決まっている。一体どんな技を使って、ジュダさんをそそのかしたのですか」

「はぁ!?」


 怒りを露わに、アンジェリーナは声を荒げた。

 対するギルはなおも煽り続ける。


「それにあの厳格なジュダさんがタメ口なのもおかしい。何か脅していることでもあるのでは?」

「言いがかりも甚だしい。ちゃんと、同意のもとです。私がジュダとの賭けに勝ったから、呼んでもらっているの!」

「はぁ!?」


 今度はギルのスイッチが入った。

 声を荒げ、アンジェリーナを睨みつける。


「そんなわけねぇだろうが!あのジュダがお前みたいなガキに負けるだなんて」

「ガキ!?いやそりゃあ私はまだ子どもだけど、ジュダに勝ったのは事実だし?」

「いいや嘘だね」

「嘘じゃないもん!」

「嘘だ!」

「嘘じゃない!!」


 こうして収拾のつかない、いがみ合いに発展し、現在に至る――。


 ――――――――――


「はぁー、何やってんだ二人とも!しょうもない言い合いしやがって」


 一連の話を聞き、ジュダは盛大にため息をついた。


「しょうもなくないですよ!嘘ついたんですよこいつ」

「だ、か、ら、嘘じゃないって」

「お前、この期に及んで――」

「いい加減にしろ。ギル」


 ジュダを前にしてなお収まらない喧嘩に、喝が轟いた。


「嘘がどうとかは一旦置いておいて、だ。お前、敬語はどうした敬語は!」

「――あ」


 完全に忘れていた、とでも言うように、ギルはぱっと己の口を塞いだ。


「絶対に粗相するなと言ったよな?『敬語できます』って言ったのはどの口だ?」

「あー?」


 あからさまに目をそらすギル。


「別に私は構わないけど――」

「ほら本人もこう言ってますし――というか、ジュダ教官こそ、タメ口じゃないですか!」

「それは――」


 口ごもるジュダにギルの視線が刺さる。


 そんなむくれてくれるなよ。


「だからさっきから言っているでしょう?賭けに勝ったから、タメ口にしてもらったって」

「しつこいな、お前は!」

「事実だ」

「え?」


 これ以上こじらせても先へ進まない。


 ジュダはこのくだらない論争に終止符を打つことにした。


「俺が、アンジェリーナとの賭けに負けた、事実だ」


 その言葉に、ほら言ったでしょう?というふうに、アンジェリーナはギルを見上げた。

 一方のギルは信じられないという面持ちでただ呆然とこちらを見つめていた。


 うーん、この反応は。


 純粋に自分を信じてくれていた後輩に、申し訳なく思いながらも、ジュダは説教を続けることにした。


「第一、お前今いくつだ?6歳も年下の子どもと普通に喧嘩して恥ずかしくないのか?」

「ぐぬぅ」


 図星を指されて、ギルはわざとらしく唸り黙り込んだ。

 その発言を聞き、その横でアンジェリーナは唇に指を当て、トントンと叩いて見せた。


「『6歳も年下』。つまり、私の6個上、ということはギルの年齢は――」

「じゅうな、十八だな」

「――え?」


 ぶつぶつとつぶやいた独り言に帰ってきた答え。


 ただの言い間違え?


 アンジェリーナはすかさず聞き返す。


「え、年齢――」

「18だ!」


 わかりやすすぎる態度。

 焦った様子で、ギルは口早にそう叫んだ。


 うーんと、どうしようか。


「えっと、じゃあ誕生日は?」

「12月24日」


 なるほど。クリスマスイブ。

 それじゃあ――。


「つまり、今年で18になると」

「そうそう、そういうことそういうこと――――あ」


 馬鹿だ。

 馬鹿野郎が。


 やってしまったぁ!と頭を抱えるギルを目の前に、アンジェリーナとジュダは心の中でそう吐き捨てた。


 この人、単純すぎる。

 でもそうか。17歳か。

 言われてみればそうだよね。

 パレス兵の師弟制度って、12歳と16歳がペアになるんだから。

 ジュダの4つ下ということで17歳か。


 え、17歳?


 そのときアンジェリーナはあることに気づいた。


「え、いいの?まだ成人してないのに護衛に就かせて」


 そう。ポップ王国の成人年齢は18歳。

 仮にも未成年者をこんな重要な役職に就けて大丈夫なのだろうか。


 アンジェリーナはくるっとジュダに向き直った。

 その目からは好奇というよりも心配が伝わってくる。

 それを読み取ってか、ジュダはバツが悪そうに顔をぽりぽりと掻いた。


「まぁ、大丈夫だろう。たぶんな」


 何とあいまいな回答。

 たぶんって、いいのかそれ。


 おそらく、あまり大丈夫ではなかったのだろう。

 流れを無理やり切り替えるように、ジュダはパンと手を叩いた。


「さぁ、予定が大分狂ったが、本来やるべきことに戻ろう――ギル」

「はい?」


 未だうんうんと頭を悩ませていたギルは、ジュダの呼びかけにぱっと顔を上げた。


「お前、アンジェリーナの腕を疑っているようだな」

「え?あぁはい。でもそうでしょう!?たとえジュダ教官の教えを受けていたとしても、こいつは姫様で、なおかつ子どもですよ?」

「なら試してみろ」

「え?」


 するとジュダは腰から何かを引き抜き、ギルに投げ渡した。


「これは、木剣?」

「そうだ。さっき取ってきた」


 なるほど。

 今さっき、ジュダが遅れてきたのは、これを取りに行っていたからだったんだ。

 ――ということは!?


 アンジェリーナはきらりと目を輝かせて、ジュダを見つめた。

 未だ事態が呑み込めないギルは剣を見て首を傾げている。


 そんなギルに対し、ジュダはにやりと笑って見せた。


「ギル、お前にはこれからアンジェリーナと手合わせしてもらう」

「よし!」

「――はぁ!?」


 最初のコミュニケーションは剣を合わせて。


 ジュダ以外の相手との初めての手合わせ。

 興奮を隠しきれないアンジェリーナに対し、ギルはただただ愕然と、怒涛の展開に置いてきぼりにされていたのだった。

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