第114話 生意気な弟子

「あ、新しい近衛兵ってまさか――ジュダやめるの!?」

「やめねぇよ!新しく加わるってことだ」

「なんだ」


 アンジェリーナはほっと胸をなでおろした。


「え?ということは」

「これからは二人体制で警護にあたることになるな」


 うーん、それはいいことなのか?

 下手したら自由が制限される可能性もあるのでは?


「というわけだ。とにかく、昼になったら会わせるからな。ちゃんと来いよ」

「はーい」


 本当に大丈夫かな?


 そんな一抹の不安を抱えながら、昼食後――。




「えー、まぁさっきも話したが、こいつが、これからお前の新しい近衛兵に就くことになる、ギルだ」

「よろしくお願いします。姫様」

「よろしく」


 そう最初の挨拶を交わし、アンジェリーナはじっと目の前の男を観察した。


 すらっとしていて背が高い。

 体つきもジュダと比べると明らかに良いし。

 いわゆる兵士っていう感じ。


「ギルは俺の後輩にあたる。昔お前にも話したことがあった気がするが」

「ん?あーそういえば」


『一言で言えば、生意気な奴だな』


 え、つまり。


 アンジェリーナは改めてギルと呼ばれた男をじっと見つめた。


 この人が、生意気なジュダの弟子!


「まぁ、色々と聞きたいことはあるだろうが、時間は有限。今日の剣術指導を始めないとな。俺は後から行くからお前ら、先に行ってろ。アンジェリーナ、支度できたらギルを森まで案内してやってくれ」

「うん。わかった」


 部屋に残された二人は互いに顔を見合わせた。


 ギル。

 ジュダ譲りの無表情。

 だけど、なんかこれは真顔っていうよりは――ムスッとしてる?


「じゃあ行こうか」

「はい」


 ――――――――――


 はぁー、不安だ。


 二人を先に行かせた少し後、ジュダは一人禁断の森へと向かっていた。


 あいつらうまくやれているかな。

 嫌な予感しかない。


 かくいうジュダが思い出すは今朝の出来事――。




「お前、わかっているだろうな」

「何がですか?」


 ジュダはギルとともにイヴェリオのもとへ向かっていた。


「絶対に粗相するんじゃねぇぞ」

「大丈夫ですよ!俺、敬語もちゃんとできますし」


 ギルはニコッと笑い、腕をパーンと叩いた。


「本当、頼むぞ」


 そう重く呟きながら、ジュダは執務室の扉の前で立ち止まった。


「失礼いたしします」

「入れ」


 ノックをして、いつものように部屋に入る。

 だが、今日は緊張が桁違いだ。


「こちら、今日から配属になりますギルです」

「ギルです。よろしくお願いします」


 はきはきとして声でそう言い、ビシッと礼をした。


「あぁ聞いてる。こちらからもよろしく頼む」


 イヴェリオは低い声でそう言うと、机から何枚か紙を取り出した。


「早速で悪いが、近衛兵として認知してもらいたい諸事だ。確認してもらいたい」

「はい!拝見します」


 あぁこれな。俺も最初のとき見せられた。


 ジュダは横目でギルの持つ紙を盗み見た。


 城内見取り図に規則のあれこれ。

 そのほかにもアンジェリーナのスケジュール等々。

 事前にもらっている資料もあるのだが、新規情報も多く、俺もなかなか大変だった記憶がある。


「聞いているとは思うが、アンジェリーナはかなり厄介なやつだ。始めのうちは相当手こずると思うが――」

「問題ありません。専属近衛兵という大役をいただいた以上、きっちりとその役目を果たす所存です」


 ギルは元気溌剌にそう答えた。

 腹の底から出る声は聴いていて清々しい。

 外面こういう感じだから、初対面はまぁまぁ好印象に捉えられるらしいが。


 ジュダはちらりとギルを見た。


「ジュダ、お前から何かあるか?」


 その言葉に、ジュダはイヴェリオのほうに向き直った。


 何かあるか、なんだ?

 俺のほうから何か言っておくべきこと――。


「ギル」


 ジュダは隣で文字とにらめっこしているギルに呼びかけた。


「公務棟3階、中央階段目の前にある部屋は?」

「第3会議室」


 ギルはぱっと顔を上げて答えた。


「居住棟の調理室の場所は?」

「1階の北口のすぐ隣」

「裏庭に行く手段は?」

「居住棟の1階、東口より少し西に行ったあたりにある扉を開けて外へ。それから少し行ったところにあるツタのトンネルをくぐった先が裏庭です」


 ジュダの質問に対し、つらつらと出てくる文字列。

 そのやり取りに、イヴェリオは目を丸くして唖然としている様子だった。


「城の大まかな案内図は事前に渡してあったが、部屋の名称が書かれたものではなかったはずだ。まさか今覚えたのか?」

「人より少し記憶力が良いみたいんなんです――この者は、少々問題があるかもしれません。ですが、必ず国王様、そして姫様のお役に立てるはずです」


 ジュダはイヴェリオの目を見て、そう断言した。


 これが今の俺にできる最大限の賛辞だ。


 まぁ、当人のギルはこちらの話など聞いている素振りもなく、また規則の書かれた細かい文字列と格闘していたのだが。




 いい奴ではあるんだ。いい奴では。

 あいつが12の頃から見てきた俺が言うんだ間違いない。

 ただ、だからこそ、わかることもある。

 あいつが、ものすごく生意気で面倒臭いやつだということを。


 そして、もう一人俺は生意気なやつを知っている。


「――だから、本当なんだってば!」

「いいや嘘だね。そんなことあるはずがない!」


 森の中を進んでしばらく、ジュダは足を止めた。


 気のせいか?

 なんだか嫌なやり取りが聞こえてくるような。


 ジュダは意を決して、再び歩き出した。


「てめぇみたいなやつが、ジュダ教官を出し抜けるはずがねぇ!」

「事実なんだもん!じ・じ・つ!」


 あぁやっぱり。


 広間に足を踏み入れたジュダはその光景に思わず目を覆った。

 そこには、互いにいがみ合い、睨み合う、アンジェリーナとギルの姿があった。


 幻覚、じゃないな。


「「あ!ジュダ(教官)!」」


 それを証明するかのごとく、ジュダを見つけるなり、二人はこちらに駆け寄ってきた。

 そして互いに指さして訴えた。


「「もうこいつ、どうにかして(ください)!!」」


 何がどうしてこうなった!


 五分五分の賭けに負けたジュダ。

 三人のやかましくもにぎやかな生活が幕を開けたのだった。

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