第113話 新しい風
「――というわけだ。軍上層部に直接聞いては見たが、なかなかいい奴がいなくてな。お前の方で誰かいないかと思って」
「そうですね」
国王執務室。
イヴェリオとジュダ、二人は机越しに向かい合っていた。
「一人、適任がいます。無名ですし、いろいろと問題はあるのですが――」
「だが腕は立つのだろう?」
「はい。それになにより――」
ジュダは自信に満ち溢れた表情で答えた。
「私の一番弟子ですから」
――――――――――
「――様、姫様!聞いていますか?」
「え、あぁ聞いてるよ」
「もう。またそんな生返事を」
そんなこと言っても――。
アンジェリーナはふぅとため息をついた。
「いいですか。他人事ではないのですよ?あなた様のための衣装選びなのですから――ほら、こんなのはどうですか?ふんわりと広がる裾がなんとかわいらしい」
「私、こういうタイプのドレス苦手なんだけど。動きづらいし」
「何をおっしゃっているのですか!?“誕生日パーティー”というものは、姫様の成長を、皆様にお披露目する場なのです。外見も仕草も、姫様らしく整えなければ話になりません」
使用人の声が部屋中に響き渡る。
いやさっき、“私のため”って言ったよね。
結局、誕生日会といっても、周りに気を遣うだけの面白くない場所なんじゃない。
「もう今月なんですよ?渋っていないで早く決めてしまわないと。まだまだ決めなければならないこと、練習しなければならない段取りが目白押しなのですから」
女王になる。
そう決意したあのときから、すでに2年弱。
アンジェリーナは12歳の誕生日を迎えようとしていた。
それに伴い行われる誕生日パーティー。
戦勝記念日のパーティーほどではないが、各界の権力者を招いての大掛かりなものとなっている。
それゆえ、アンジェリーナの気分は重いのなんの。
10歳の頃までは誕生日はただ楽しいものだったはずなのに、その年に社交界デビューなんてしたものだから、翌年からは成年王族と同じ扱いになってしまって。
はぁ。
「ほら、これなんて、淡いピンク色が春にぴったり」
こんな次々とドレスをあてがわれて、人形じゃないんだから。
「なるほど、誕生日パーティーの衣装ですか。確かにもう今月ですしね」
そのとき、後ろからトーンの低い声が聞こえてきた。
この声は――。
アンジェリーナが振り返るとそこには案の定、クリスが立っていた。
「え、どうしてここに?」
「せっかくだから、許婚様にもお立会いを、と。パーティーにも一緒に参加されるのですし、それに――姫様だけだどいつまでも決まらなそうなので」
そっちが本音か。
アンジェリーナはクリスのほうに向き直った。
約2年が経過して、クリスとの関係は良好。
といっても、まぁ、2年前と変わらず、勉強会で盛り上がる仲には変わらないのだけど。
はっきり言って、これでいいのかと思うほど、いわゆる許婚相手としての進展はなく、周りの使用人なんかはやきもきしているようだった。
そのため、最近はこういうふうに横から手を出されることが多く、参っている。
「クリス様は、どのようなドレスが良い思われますか?」
使用人は満面の笑みでクリスに尋ねた。
「そうですね――」
クリスは一つ一つドレスを物色するように、じっくりと見てまわった。
わくわくと期待の眼差しを見せる使用人たち。
一方のアンジェリーナは不安いっぱいでクリスを見つめていた。
ここでクリスが「これがいい」って言ったら、絶対にそのドレスで決まってしまう――!
そのときパチッとクリスと目が合った。
アンジェリーナは必死に助けを求める。
「アンジェリーナ様は、どれがいいのですか?」
その思いが届いたのかどうなのか、クリスはこちらに尋ねてきた。
「え、えーっと――これとか?」
アンジェリーナが選択したのは、用意されていたものの中でも、比較的膨らみの少ない、スリムなデザインの黄緑色のドレス。
これでもかなりふわっとしていて動きにくそうだけど、まだマシかな。
「じゃあ、それがいいです」
「え?」
「私は、アンジェリーナ様が望むもので構いません」
「じゃあ、それにしましょう!」
「え?」
クリスの言葉に、使用人はパンと手を叩いた。
なんてあっさり。
さっきまでアンジェリーナの意見を否定し続けてきたくせに、クリスが言えばそれでいいの?
もう、なんだかなぁ。
テキパキと広げたドレスを回収する使用人たちを見て、アンジェリーナはうんざりとため息をついた。
「じゃあ私はこれで」
「あ、クリス――様」
役目を終えて、帰ろうとしていたクリスを呼び止め、小声で伝える。
「ありがとう。助かった」
「いえ、どういたしまして」
本当、クリスがいなかったら今頃どうなっていたことか。
颯爽と、クリスはその場を後にした。
――――――――――
「うーん、疲れたぁ」
ようやく解放されたアンジェリーナは廊下で大きく伸びをした。
今日は結局、午前中いっぱい付き合わされた。
こんなことするくらいなら、剣術の練習とか本を読むとかしたほうが有意義だと思うんだけど。
「仕事は終わったのか?」
「あ、ジュダ」
見ると、こちらにジュダが向かってきていた。
「大変だったらしいな」
「本当に!もう疲れました」
アンジェリーナはぐるぐると腕を回した。
「ジュダは?用事は終わったの?」
「あぁ大丈夫だ」
今日は午前中任務から外れます、と言って、珍しくそばにいなかったんだよね。
「じゃあもう午後からは予定なし?」
「そのことなんだがな」
「ん?」
何か不穏な気配を感じる。
アンジェリーナの表情が思わず引きつった。
「昼食べたら一度談話室に来てくれ。会わせたいやつがいる」
「えぇー?」
予感的中。
アンジェリーナは不満を露わに声を上げた。
「なんかデジャヴなんだけど。嫌な予感しかしない」
「そんなに拒絶することでもないだろう。別に悪い話じゃないぞ」
「そうはいってもさぁ」
前例が前例なんだよな。
ジュダに会わされたときも、クリスに会わされたときも、いつも何の通告もないまま、半ば騙されたような感じだったし。
今でこそ二人ともうまくやれているけれど。
「うーんまぁ仕方ないか。それで?お父様もいるの?」
「いや、国王様はご多忙でいらっしゃらない」
「え?」
意外。
こういうときっていつも、お父様から紹介されるのに。
「じゃあジュダと、その人だけ?」
「あぁそうだ」
ん?
アンジェリーナは首を傾げた。
「え、ジュダの知り合いってことじゃないよね」
「そうだ」
「『そうだ』って、『そうだ』!?」
アンジェリーナは思わずジュダに聞き返した。
「ちょっと待って。ジュダの知り合いってことは軍関係?」
「それ以外ないだろ」
話が読めない。
というか、何だこのクイズみたいな展開は。
「ねぇ、あのさ。もうここまで話したら教えてくれても良いんじゃないの?相手のこと」
「あ?あー」
ジュダは考え込むように、顎に手を当てた。
その様子をじっと伺う。
少しして、ジュダは手を下ろし、ぱっとこちらを向いた。
「ま、たぶん教えてもいいと思うな」
「え?いいの?」
自分から聞いておいて、アンジェリーナは驚きを露わにした。
まさか、本当に承諾されるとは思わなかった。
「といっても、あと2時間も経たずに会うことにはなると思うが」
「いいからいいから!」
ここまで来て焦らされるほうが気にかかる。
これでは食事も喉を通らない。
「はっきり言って俺も心配なんだ。お前とあいつがうまくやれるのか」
「あいつ?」
「そりが合うかは五分五分だな」
「そりが合う?え、何言ってるの?」
ジュダの言っていることが何もわからない。
重ねられる前置きに、アンジェリーナは不安を募らせた。
「アンジェリーナ、よく聞け」
ビシッとした声に、アンジェリーナは体を正面に向け、ジュダを見上げた。
「これから会わせるのはお前の新たな専属近衛兵だ」
「え――えっ!!」
廊下中に声が響き渡る。
齢12歳、アンジェリーナの人生に新たな風が吹こうとしていた。
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