第111話 アンジェリーナの身の上話

 ぽっかりと空いた天から日差し射し込む広間。

 その中央に立ち、アンジェリーナはジュダを見つめていた。


「じゃあ、さっそく話すんだけど――」


 その言葉にジュダは早速身構えた。


 アンジェリーナのやりたいこと。

 一体何が飛び出してくるのか。


「と、その前に――私の身の上話でもしよっか?」

「は?」


 ジュダは思わずぽかんと口を開けて固まった。


「だって、なんだか結構デリケートな話聞いちゃったみたいだし。こっちも過去話とか秘密とか暴露しないとフェアじゃないじゃん」

「いや、今はそんなこと――」

「はいはい!それじゃあ行きます」


 こちらの話を全く聞く素振りもなく、アンジェリーナは元気に手を挙げた。


「アンジェリーナ=カヤナカ。4月25日生まれの10歳」


 なんか始まったよ。


 ジュダはため息をついた。

 対するアンジェリーナは意気揚々としている。


「父親はイヴェリオ=カヤナカ。6月25日生まれの37歳。ポップ王国の現国王。そして母親はソフィア=カヤナカ。私が生まれて間もなく亡くなってしまったから、実際に会ったことはない。貴族出身――というのは嘘で」

「――え?」


 そこでアンジェリーナは掲げていた手を降ろした。

 先程とは打って変わって静かな瞳をこちらに向ける。


「私のお母様はね、ビスカーダの民だったの」

「え」


 話の展開に付いて行けず、ジュダは固まった。


「お母様は、あるときひょんなことからお父様に出会った。次第に二人は互いを好きになって、それでなんだかんだで結婚。少数民族という立場上、王宮としてはその身分を隠さなければならなくて、お母様は身分を捨てた。でも、そのときお父様は、お母様はビスカーダの民の最後の生き残りであることを知らなかった」


 そこまで聞いてジュダははっとなった。

 それはいつかのイヴェリオの発言。


『今から10年ほど前に絶滅した。滅ぼした』


 最後の生き残りであった王妃様亡き今、ビスカーダの民はもはやこの世にはいない。

 あれは、そういう意味だったのか。


「私ね、人の記憶が覗けるの」

「え?――へ、へぁ!?」


 変な声を上げ、ジュダは咄嗟に自分の胸に手を当てた。

 その仕草に何を勘違いさせたのかに気づいた様子。

 アンジェリーナは慌てて手をふるふると振った。


「ち、違う違う違う!ジュダのは覗いてないよ。というか、2年前から一度もやってないし」

「2年前?」


 ジュダは首を傾げた。

 その反応にアンジェリーナは一瞬うっとなった。

 しかし、すぐにふるふると首を振った。


「実はね、私、お父様の記憶を見たことがあるの。それで、お母様のことも知ったというか」


 なるほど。そういうことか。


「まぁ、ここまでが、私の身の上話なんだけど――」


 アンジェリーナはここで一息、というふうに、手をパンと叩いた。


 あぁそうか。ここまではまだ序の口なんだった。

 本当の話はここから。


「本題、入るね」


 アンジェリーナのその言葉に、ジュダはごくりと喉を鳴らした。

 一方、アンジェリーナは静かに目を閉じ、今朝の一幕を思い返していた。


 ――――――――――


「お父様」

「なんだ?」


 いつもの朝食風景。

 お父様と対話するときはたいてい食卓だ。


「話していい?ジュダに。お母様のこととか、いろいろ」

「――いいぞ」


 これまたあっさりと。


 アンジェリーナはイヴェリオを見つめた。


「お前が、そう決めたのなら、な」


 その意味深な発言に、アンジェリーナは少しうつむいた。


 その言葉を、どう捉えるべきなのかはわからない。

 でも、今は――。


 朝食後、いつも通り警護に来たジュダを目の前に、アンジェリーナは告げた。


「話があるんだけど」


 昨日一日考えて、決めたんだ。

 もう、迷わない。


 ――――――――――


「私がやりたいことは――」


 確固たる決意を内に秘め、アンジェリーナは新たなる一歩を踏み出した。

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