第108話 兵士の性

 辺境シガリアを舞台とした王国軍と少数民族との激戦。

 ジュダたち少年兵が派遣されてから約二週間後、王国軍は見事勝利を収めた。

 これが後に言う“シガリア戦争”である。


 12歳の少年兵部隊は、あの奇襲の後、すぐに元居た基地へと撤収した。

 結果から言うと、あの事件によるこちら側の被害は一名のみ。

 当時ジュダの所属していた小隊を率いていた指導官が敵兵にやられて死亡。

 しかし、その他十数人の少年兵は大したけがもなく無事だった。

 一人の少年兵のおかげで。


 ――――――――――


「すっげぇじゃん!ジュダ」

「一人であの数の敵を倒すだなんて、近くで見てて震えたぞ!?」


 基地に到着したのは事件のあった翌日の夜遅く。

 帰路の途中、少年兵たちは何もしゃべらなかった。

 帰ってからも話す時間も余裕もなく、慌ただしく後片付けを終えた後、全員寝床に倒れ込んだ。

 戦場デビューにしてはあまりに壮絶な光景を目の当たりにしたせいで、皆、心身ともに疲弊していたのだろう。


 しかしその翌日には、ある程度の奴らはいつも通りに回復した様子だった。

 指導官とて鬼ではない。

 休養も立派な兵士としての務めだと、一日休息日が与えられた。


 そうして今、ここに至る。

 ジュダはすっかり注目の的となり、囲まれていた。


「ったく、上の対応には腹が立つよな。自分の手柄にしやがって。本当は全部ジュダがやったってのに」

「そうだよなぁ?」


 友人たちが話すのは、事件の功績についてのこと。


 突然の奇襲にもかかわらず、未熟な少年兵たちを守り切り、かつ敵をせん滅した。

 その功績は、軍全体に広まることとなった。

 だがこの際、ジュダの名は伏せられた。

 その代わりに、上官の一人が、立役者として祭り上げられたのだ。


 まぁ当然と言えば当然。

 おそらく死亡した指導官、および基地全体の面目を守ってのことだろう。

 熟練の兵士がいとも簡単にやられ、対して、たった一人の子どもが易々と敵を制圧したとあれば、どうしようもない。

 また、将来貴重な戦力になるであろう、少年兵、しかもまだ規定年齢にも達していない子どもを危険にさらしたと知られれば、上から管理体制を糾弾されるに決まっている。

 そんな不祥事は避けたいはずだ。


「別にいいよ。気にしてないし」

「んなこと言ってもよぉ」


 ジュダの反応に対して渋る友人。

 その会話に割って入るように新たな仲間がやってきた。


「なぁなぁ、どうやったらあんな風に剣が振れるんだ?」

「あ、それ、俺も知りたい!」

「どんな訓練をすればあんな綺麗にできるんだ?」

「別に、今まで習ったことをただ実践しただけだ」

「ははっ、そんな謙遜するんじゃねぇよ」


 仲間の一人が肘でぐいぐいと突いてきた。

 やめろよ、とジュダは彼らに笑いかけた。




 実を言えば、功績が認められなかった、というのは嘘になる。

 現に、あの場にいなかった仲間も周りに集まってきている。

 俺が敵をなぎ倒したという事実は、基地中に広まっていた。


 指導官も別に、俺のことを評価していないわけではない。

 手柄を横取りしたとはいえ、それはあくまで建前に過ぎない。

 実のところ、軍の中枢には、俺がやったということは伝わっているらしい。

 何でも、『これほどの逸材、これまでの人生で見たことがない。パレス兵に限らず、軍全体を見ても稀に見る、まさに“金の卵”だ』とのこと。


 指導官からも、よくやった、全員を救えたのはお前のおかげだ、お前はパレス兵の誇りだ、などと手放しに褒められる始末。

 友人も仲間も、本当にありがとう、と感謝ばかりされている。



 だがなぜだろう?

 あんなに褒められることが嬉しかったはずなのに、今は何にも思わない。


 仲間たちはこんなに嬉しそうに笑いかけてくれるのに、その笑顔に素直になれない。

 だって、つい一昨日、その目は怯えを露わにして、俺を見つめていたはずだ。

 本当に、俺を誇りに思ってくれているのか、それとも内にひた隠す恐怖があるのか。

 それを問うこともできない。

 興味がない。


 あいつらは功績が横取りされたことに対して、自分の事のように怒ってくれていたが、俺は本当に何とも思っていないのだ。

 功績も、評価も、俺には意味のないものだと知ったから。


 あいつらは謙遜するなと言ってくれたが、しているつもりは全くない。

 嫌味に聞こえるかもしれないが、本当だから。



 昨夜、部屋に戻って、俺はふと冷静に自分のしたことを思い出していた。


 見知った指導官の死に驚かなかったわけではない。

 自分でもかなり動揺していたと思う。

 それを見て一瞬、俺はその場に固まっていたから。


 だが新たに加わった十数人の敵を目にした途端、自分の中で何かが切り替わった。

 別に、初の敵に興奮したからという理由ではない。

 ただ、今優先すべきは、知人の死に思いを馳せるよりも、目の前の状況をどうにかすることだと気づいたからだ。


 剣を手にしたところは覚えている。

 その後、死体を踏み台にして敵の首を掻き切ったのも。

 だがその後の記憶はあいまいだ。

 ただ、我を忘れていたわけではない。

 たぶん、あのとき、俺は、無心に剣を振っていた。

 そのせいだろう。


 やけに頭の芯が冷えていて、何も考えずとも体が動いた。

 今まで積み重ねてきた訓練の動きが、体に染み込んでいたのだろう。

 また視界もよく開けていた。

 おかげで周りの様子が、怯えた仲間と敵の目がよく見えた。


 全てが終わり、剣に血を滴らせたとき、俺は自分という人間を知った。



 いっそ戦闘狂であればよかったと思う。

 戦いを好み、自ら戦地に身を投じるような、そんな性であればと。

 たぶんその方が自由に生きられる。


 だが、現実は酷だ。

 俺は、他のなにものでもなく、俺だった。

 俺に、本性などありはしなかったのだ。

 あんな、血に塗れた場面でさえ、冷えた頭を保ち、俺は、何らいつもの俺と変わりなかった。


 だからこそ、俺は悟った。

 俺は、戦場でしか生きられない、生来の兵士なのだと。

 評価も何もいらない。

 だって俺は、軍隊という狭い世界に閉じ込められた、ただの兵隊アリとして生き続けるしか能がないのだから。




 ――――――――――


 それから約二週間後、シガリア戦争終結に伴い、ジュダたち少年兵にそれぞれ特別給与が与えられた。

 初めての給料である。

 もちろん、普通のパレス兵などと比べれば雀の涙に違いない。

 だが、それでも、皆、嬉しそうにはしゃいでいた。


 その翌日、珍しく休日が与えられた。

 まぁ、給料がもらえたのに、使う場面が無いというのも問題だろう。


 周りからは少ない給金で何を買おうか、と話し合う声が聞こえてきた。

 そこでちらりと聞こえて知ったのだが、どうやら彼らの給料よりも、俺の給料は少し、いやかなり上乗せされているようだった。

 敵を倒した報酬と口止め料を兼ねているのだろう。

 今考えてみても、普通のパレス兵の給料くらいはあったように思う。


 仲間たちは笑顔を満開にして、基地近くの街へと繰り出していった。


 そして俺は一人、覚悟を決めて街に足を踏み入れたのだった。

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