第106話 兵士の追憶

 ジュダは一人、自室でベッドに寝ころび、天井を見つめていた。


『あなたと、アンジェリーナ様は、違う』


 わかっている、そんなこと。

 わかっている――いや、ただわかっている、つもりだったのか。


 クリスに言われたその言葉、一つ一つが俺の心を丸裸にした。

 焦り動揺し、本心を露わにされたところをグサッと刺された。

 兵士たるもの不甲斐ない。


「兵士、か」


 そうだ。俺は兵士だ。一介のパレス兵だ。

 対してアンジェリーナは、この国の姫だ。この国の最も高いところにいる方だ。

 どうしてそんなやつと一緒にいられると思ったのだろう。

 どうして同じだと、思いあがってしまったのだろう。


 ジュダはそっと目を閉じた。


 ――――――――――


 いつ、どこで生まれたのか。

 いつ、どうして独りになったのか。

 俺は知らない。

 確かなのは、物心ついた頃には、もうすでに、パレスにいたということだ。


 パレス、正式名称“救済者の宮殿メシアズ・パレス”は、ポップ王国内にいくつか点在する、国営の孤児院である。

 見た目は普通の教会と何ら変わりない。

 だがその実は、少年兵を養成するための育成機関である。

 実際俺も、本来ならまだ初等学校にも通わないような歳の頃から、日々鍛錬に励んできた。


 とはいえ、パレスに引き取られた子ども全員が兵士としての適性があるとは限らない。

 ゆえに、随所随所で厳選が行われる。

 まぁ、落とされたからと言って人権が失われるというわけではなく、ただ別の普通の孤児院に移るだけなのだが。

 しかし、大体の子はパレスに残るために努力を欠かさない。

 なぜか?

 それは、パレス兵の待遇にある。


『パレス兵は平民以下』


 そんな言葉をよく聞く。

 それは事実だ。

 だが実は、そのパレス兵の存在というのもいる。

 それが身元を一切証明されない“孤児”である。


 そう。皮肉にも、底辺と呼ばれるパレス兵は、孤児として生まれた身にしてみれば最後の希望というわけだ。


 パレスにいられるのは10歳未満の子ども。

 それまでにパレスに残れていた子どもは、少年兵として正式に軍に引き取られる。

 俺の場合、幸いなことに、昔から運動は人よりもできたため、何の問題もなく、少年兵として入隊した。

 しかも、パレス設立以来の逸材だ、という看板まで付けられて。


 軍に入ってからはパレスにいた頃とは比べ物にならないくらい、厳しい生活が続いた。

 朝から晩まで訓練漬け。

 自由時間などありはしない。

 体中を酷使し、指導官からの叱責に耳が痛くなる日々。


 それでも俺は、やれていたほうだと思う。

 特に剣術の鍛錬が始まってからは、めきめきと頭角を現した。

 指導官からも『お前はこれまで見てきたパレス兵の中で一番だ』などと手放しに褒められる始末。

 そのとき、俺はまだ純粋だった。

 だから、単純にその評価が嬉しくてたまらなかった。


 人間関係に関しても、結構うまくやれていた。

 パレス兵は皆、境遇が同じ。

 だから、ある程度気の合うやつらが多い。

 俺もまぁ、性格的に引っ込み思案というわけでもなかったし、同期に友人もたくさんいたし、指導官も訓練以外では意外と気さくな人が多かったから、基地の雰囲気も明るかった。


 ただ一つ嫌だったのは、入隊してからしばらくの間、礼拝の時間があったということだ。

 実はこの時間は、パレスにいた頃にもあった。

 というのも、パレスというのは教会という外面を持っているわけだが、実際、その役目もあるのだ。

 何の教会かというと、その当時ポップ王国の国教として定められていた“マリナ教”である。


 マリナというのは、この世界を創ったとされる創造主マリナのことである。

 マリナ教というのは、字の通り、その神であるマリナを信仰する宗教のことだ。


 教会の孤児ではあったが、一応俺は教徒というわけではなかった。

 だが教会の習慣として、毎日毎日決まった時間に祈りを捧げる。

 その時間が嫌いだった。

 俺は子どもながらに、神など信じていなかったのだ。


 軍もまた国直営の機関。

 入隊してからもその習慣は続き、訓練で忙しいはずなのに、祈りの時間だけはきっちりと確保されていた。

 この時間を取るならば、もっと自由時間を増やしてほしいなどと、思ったものだ。


 ただ救いだったのは、その習慣も軍に入隊してから1年ほどで無くなったということだ。

 現法皇オルビア様からイヴェリオ様に国王が継承されて、イヴェリオ様が国教を廃止したのだ。


 そのため、軍でも礼拝の時間が強制されることはなくなり、もともと教徒でなかった俺は、その時間から解放された。

 だが実のところ、パレス兵の約3分の1はマリナ教徒であったため、友人の中にも毎日律義に礼拝をしているやつがいた。


 俺ははっきり言って、祈りを捧げるくらいなら、その分、自分を鍛えたほうが確実だと思っていた。


 そんなこんなで時は経ち、俺は12歳を迎えた。

 12歳になると16歳の先輩兵が個別に教官として付く。

 俺にも当然、教官は付いた。


 だが、その指導が始まるより前に、それは来た。


 あるとき、基地内のパレス兵は一同に集められ、こう告げられた。


「お前らに、出動の要請が来た」


 異例も異例。

 俺は、齢十二にして、戦地へ赴くこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る