第100話 “剣を持つ”
「急に、何?」
突然の問いかけ。
ジュダの発言を飲み込むことができず、アンジェリーナはその場に立ち尽くしていた。
「急じゃない。前々からお前が真剣を持つタイミングで言おうと思っていた」
対するジュダは淡々としている。
その態度が、先程の発言が冗談などではないことを物語っていた。
ジュダはゆっくりと口を開いた。
「お前、“救国の戦姫”になるんだろう?」
「え?」
「国を救うんだろう?将来訪れる巨大な戦争に立ち向かうんだろう?」
「だけど、それは――」
「じゃあどうやって国を救うつもりだ?」
アンジェリーナははっと息を飲んだ。
「いいか?アンジェリーナ」
ジュダは鋭い眼差しでこちらを見つめた。
そのとき私はもう、ジュダの次の発言を悟ってしまっていた。
だからこそ、どうか、言わないでくれ、と――。
「剣を持てば、その手は必ず血に塗れる」
全身に鳥肌が立った。
うまく息ができない。
ジュダの視線が突き刺さる。
今まで考えたことがなかったというわけではない。
お父様の記憶を思い出してきてから、“国を救う”、その意味を考え続けていた。
だがいつも、結論に辿り着くことはなかった。
たぶん、とっくに自分ではわかっていたのだ。
わかったうえでわざと考えないようにしていた。
その先を知るのが怖かったから。
「私、は――」
「人を殺すなど想像もできないか?」
図星。
アンジェリーナは再び口を閉ざした。
「人間、追い込まれれば誰も、ためらいなく人を殺すぞ」
容赦ない言葉が胸に次々と突き刺さる。
「自分から剣を手に持つというのならなおさらだ。戦場において、人を殺すことをためらった者、恐れを露わにした者は間違いなく殺される。そういうところなんだ、戦場は。殺らなきゃ殺られる」
黙り込むアンジェリーナにジュダは静かに問うた。
「国を救う、戦争に勝つというのはそういうことだ。お前にはその覚悟があるのか?」
アンジェリーナは一切声を出すことができなかった。
それにもかかわらず、ジュダは続けた。
「ないというのなら俺がこれ以上剣術を教えるわけにはいかない。お前が何を背負っていようと関係ない。数々の戦場に赴いてきたからこそ言える。そもそも俺の仕事はお前を守ることだ。だから――」
ジュダは冷酷に告げた。
「人を殺す覚悟もないようなやつに、戦場に死にに行くようなやつに、剣を持たせるわけにはいかない」
その言葉は、鉛のようにずしんと心の中に沈み込んだ。
思わず泣きそうになるのをぐっと抑え、アンジェリーナは唇を噛んだ。
何もジュダが悪いわけじゃない。
これを言わせてしまった私が悪いんだ。
現実を見てこなかったつけが回ってきた。
今まで何も考えてこなかった罰だ、これは。
アンジェリーナはぎゅっと右手の剣を握りしめた。
さっきまで軽く持ち上げていたはずその剣が、今はとても重く感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます