第99話 解禁

「じゃあ、今日も始めるぞ。手合わせ」

「うん。よろしく」


 それは何の変わりもない、いつもの鍛錬の始まりだった。


「よし、始め」


 ジュダの合図を皮切りに、二人は抜いた。

 カン、カン、と剣が合わさる。


 私は力が強くない。

 だから普通にやれば力負けするのは明白。

 剣は必ず両手持ち。

 下手に力を入れるのではなく、振り下ろす勢いを最大限利用する。


 後、体の使い方。

 まだジュダほどは動かせないけど、できるだけしなやかに動く。

 こういう戦い方は男よりも女のほうがうまくいくらしい。

 体が柔らかく使えるそう。


 それから視野を広くするのも大事。

 剣だけを見るのではなく、体全体を見る。

 そして相手の次の動きを予測する。

 その上で自分の体の動かし方も想像して。


 まだ剣術を学び始めて二か月も経っていない。

 けどその短い間に学んだことは莫大だ。

 今意識していることですら、ほんの一部に過ぎない。


 ジュダいわく、


『お前は想像力に長けている。言われたことをすぐに実行できるだけの力があるということだ。俺の言ったことを自分の体に変換して、自分なりに再現することができている。普通、ああしろこうしろと言ったところで、すぐにはできない』


 とのこと。


 正直ここまではっきりと褒められると恥ずかしいことこの上なかったのだが、ジュダはさらにこう付け加えていた。


『だが、頭で考えるよりも早く体を動かせるようになれよ。実践では一瞬の間も命とりだからな』


 一瞬の間も命とり。

 とすると、手合わせ中にこうやってうだうだ考えてしまっている私はまだまだ未熟者、か。


「はっ!」

「ぎゃっ!」


 目にも留まらぬ素早い剣さばき。

 アンジェリーナは後ろにすっ飛ばされた。


「勝負あり、だな」


 ジュダは鋭い目つきでこちらを見下ろした。


 はぁ。

 やっぱり全然敵わないな。


 アンジェリーナはよいしょと体を起こした。


「やはり、まだまだスピードが足りないな。もっと速く剣を操り、体を動かせるようにならなければ、すぐにやられるぞ」

「うーん」

「ま、こればかりは慣れだな」


 慣れ、かぁ。


 アンジェリーナは顔をしかめた。


 自分でも、最初の頃と比べたら格段に、剣の腕がうまくなっているのはわかる。

 でもジュダと比べてしまうと、一人前まで達するのは遠い道のりなんだと自覚させられる。


「――まぁいいかもな」

「え?」


 そのとき、ジュダがぼそっと呟いた。


「アンジェリーナ」

「え、はい」


 妙に改まった様子のジュダに、思わず立ち上がり姿勢を伸ばす。


「そろそろ真剣を解禁しようと思う」

「え?」


 ジュダの言葉にアンジェリーナはぽかんとした。

 しかしすぐに事の重大さに気づく。


「え、えぇー!!」


 真剣の解禁。

 つまり鍛錬において、真剣の使用が許可されるということ。


 アンジェリーナは口を半開きにしたままジュダを見つめた。


 今まではまだ早い、まだ早い、と真剣を持つことは禁じられていた。

 実際、木の剣も扱えないようなやつに真剣を扱えるわけがない。

 それが解禁されたということは?


 アンジェリーナは今度は期待の目でジュダを見つめた。

 その反応に、ジュダは頭をぽりぽりと掻いた。


「はっきり言って、まだ、木の剣もうまく扱えるようになったとは言えない。まだ2か月も経っていないんだぞ?――だがまぁ、ある程度使えるようになってきたのも確かだ。初めの頃はただただ重そうにしていたが、今では俺と数分やり合えるほどには成長している。ここらで一旦、真剣の感触も覚えておくべきだと思ったんだ」

「なるほど」


 アンジェリーナはうんうんと頷いた。


「お前、そのぉ、時の宝剣、だったか?それに触れたことはあるんだったか?」

「まぁ一応は?でも2年前のあの時以来、一度も触ったことないよ」


 お父様に禁じられていたから。


「剣自体はどこにあるんだ?」

「え?あぁ公務棟の地下だけど。あ、そっか。あそこまで取りに行かなきゃいけないんだ。面倒臭いな。遠いし暗いしじめじめするし。いっそ剣のほうからここまで来てくれたらいいのに」


 そのとき、アンジェリーナは視界の端に違和感を覚えた。


 ん?


 何とはなしに横を見ると、そこには、大剣が突き刺さっていた。


「「!!!!」」


 声にならない叫び。

 アンジェリーナとジュダは思わず後ろに飛び跳ねた。

 そして改めてその大剣を見つめる。


 銀のフォルムにきらめく装飾。

 なにより身長と同じくらいの大きさ。

 間違いない、あのときの時の宝剣だ。


 アンジェリーナは恐る恐る大剣に近づいた。


「お、おい、気を付けろよ」

「う、うん」


 内心思い切り怖気づきながら、アンジェリーナはそっと柄に手をかけた。

 そしてふっと剣を引き抜く。


「お、おぉ」


 2年前と同じ。

 剣は何の抵抗もなくするっと抜けた。

 それどころかそのまま持ち上がった。

 剣先が空を鋭く指している。


「重くないのか、それ」


 心配そうにジュダが駆け寄ってきた。


「うん。不思議と全然――というか」


 アンジェリーナは剣を一回ぶんと振った。


「あ、あぶねぇな。長いんだから気を付けろ」

「あ、ごめん」


 でも――。


 アンジェリーナは大剣をまじまじと見た。


「全然重くない。木の剣よりも軽いくらいかも」

「は?本当か?」


 思わずジュダがこちらに手を伸ばしてくる。

 その仕草に即、アンジェリーナは剣を背後に隠した。


「ダ、ダメ!この剣私以外が触るとたぶん、体が爆散するから」

「はぁ!?そういうことは早く言えよ」


 アンジェリーナはほっと胸をなでおろした。


 良かった。いつかの本で見ておいて。


「それよりも、だ。木の剣よりも軽いって本当なのか?」

「え、あぁうん。ほら」


 アンジェリーナは再度剣をぶんぶんと振った。

 今度は人のいない方向に。


「やっぱり軽い、軽い?――あれ」

「どうした?」


 アンジェリーナはそろっとジュダを振り返った。


「剣自体は軽いんだけど、空気抵抗が半端じゃないかも」

「――はぁ、やっぱりな」


 ジュダはやれやれとため息をついた。


「本当は真剣なんて重いから、まずは重さに慣れされるところから始めようと思っていたんだがな。大剣ならなおさら重いだろうから。だが今回のそれは想定外だ。一体どういう理屈だ?そもそもなんで突然ここに現れた?」


 矢継ぎ早の質問。

 それもそうだ。

 私自身も混乱しているのだから。


 アンジェリーナはうーんと唸った。


「たぶん、剣が軽いのは“使者特権”?そういうのがあるって前に聞いたような気がする。だから剣がここに現れたのもそういうことなんだと思う。ほら、さっき、『剣のほうからここまで来てくれたらいいのに』なんて言ったから」

「なるほど?」


 ジュダが腑に落ちない顔をしている。

 うん、わかる。

 私も言っててよくわからないもの。


 アンジェリーナは改めて剣を見つめた。


 つまり、この剣は私の呼びかけに応じて手元召喚できるってこと?

 それはものすごく便利だけど。

 ――まぁ、理屈については後でお父様にも相談してみるかな?

 わかるかは知らないけど。


「ごほん」


 ジュダが大きく咳ばらいをした。


「すっかり話が逸れてしまったが、真剣解禁の件だ」


 あっそうか。そういえば大事な話の途中だった。


 アンジェリーナは大剣を右手に携えたまま、ジュダに向き直った。


「予想外の事態が起こり過ぎてまだ頭が混乱してはいるが、とりあえず剣がすぐ手持ちに入れられることはわかった。だから、実際に鍛錬においてその剣を使うことも可能だということだ」

「そ、それじゃあ」


 アンジェリーナは期待を込めてジュダの言葉を待った。

 ジュダはふぅと息をつくと、こちらの目をまっすぐに見て言った。


「時の宝剣を用いた真剣の指導を解禁しよう」


 や、やったぁ。


 アンジェリーナはその場でガッツポーズをした。


 ようやくこの剣を振れるんだ。

 2年ぶりの悲願!


「その前に一つ、お前に聞きたいことがある」

「ん?」


 そのとき、私はすっかり浮かれていた。

 だから、失念していたのだ。

 私は、剣を振るうことの本当の意味に気づいていなかった。




「お前、人を殺せるか?」

「――え」


 淡々と、静かに、ジュダはそう告げた。

 風が通り抜け、木の葉の揺れる音がした。

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