第93話 はじめての思考実験
「では、考えてみましょう。ポップ王国が立憲君主制になったら、何が起こると思いますか?」
「えぇー」
急に言われても――。
アンジェリーナは眉間にぐっとしわを寄せた。
うーん、どうなるか、立憲君主制の定義を思い出して――ってん?
アンジェリーナはぱっと顔を上げた。
「あれ、そもそも何かおかしくない?」
「何か、とは?」
「ほら!前提が!」
立憲君主制では、法の制限下で、国王が直接統治しない。
その代わりに議会が実際の政治を行うことが主なんだから――。
「うちの国、そもそも議会ないじゃん!」
そう。ポップ王国は専制君主制の国。
政治運営は王宮に委ねられている。
現国王イヴェリオの時代から、閣僚制度が導入され、大臣が置かれるようになったものの、それ以上の改革は未だ行われていない。
つまり、根本的な、国王の意見=国の意見という体制は何ら変化していないのである。
「議会が無ければ話にならないんじゃないの?」
「はい。そうですね」
そうですねって。
それじゃあ話が終わっちゃうのでは?
「ですから、まず初めは議会の設置が必須ということでしょう」
「え?」
クリスはすんとした顔でこちらを見た。
「そういう根本的なことから変えていく必要がある、ということです。理解しましたか?」
アンジェリーナははっとした。
自国に置き換えて考えてみて、初めてわかった。
同じ君主制ではあるけれど、専制と立憲では、こんなに違いがあるのか。
それに、専制から立憲に変えるためにはそんな大掛かりな改革が必要になって来るんだ。
そこでアンジェリーナの頭に、新たな疑問が浮かんだ。
「あのぉ」
「はい」
「そもそも議会ってどういう所なんだっけ?」
本とかで読んだことはあるけれど、実際に見たことがないから。
アンジェリーナの疑問に、クリスはさっと先程閉じた本を開いた。
「これが、議会の様子です」
「どれどれ――ってうわっ。人がいっぱい」
「はい」
その写真には、大きな広間に、びっしりと人が座っていた。
真ん中では一人が壇上に上がり、これは、演説をしているのか?
他のみんながそこ一点に集中している。
なんか怒鳴っている風の人もいるけど。
「このように、議会では国民の中から選ばれた代表が一堂に会しています。そして、国のあれこれについて、ここで議論をするのです」
「国民から、選ばれるって、“選挙”のこと?」
「はい。よくご存じで」
これも本で見ただけの知識だけどね。
「実際は、議会にも種類があって、貴族だけで構成される貴族院なんてものも存在しますが」
「へぇ。でもそれじゃあ、今の体制とあんまり変わらなそう」
今も、貴族が権力を握っているもんね。
「まぁ、そうですね。ですから、たいていはそれに加えて、先程おっしゃられた通り、選挙によって国民、いわゆる庶民から議員を選ぶ、庶民院のようなものが存在するのです」
「なるほど」
アンジェリーナはふむふむと頷き、ぱっと顔を上げた。
「それなら、今よりももっと国民の意見が政治に反映されるようになるね。国がもっとより良くなりそう」
「えぇ、そうです。それこそが立憲君主制の利点と言えるでしょう」
おぉ、とアンジェリーナは思わず声を上げた。
いつの間にか思考実験とやらが進んでいたようだ。
言葉で聞いて少し身構えたけど、思ったより難しくないのかな。
それに、さっきまで複雑そうに聞こえた“立憲君主制”という言葉がすごく身近に感じられる。
本当に見たわけじゃないのにね。
「立憲君主制って良い制度だね」
「ですが利点があるように、欠点ももちろんあります」
「欠点?」
アンジェリーナは首を傾げた。
「例えば、専制君主制では、ある一族が代々統治するなど、統治者が固定されます。その一族だけに付いて行くと決まっているのであれば、国民の団結力も高まるでしょうし、ずっと変わらないという安心感もあるでしょう。ですが、立憲君主制では、国王が直接統治しない分、実際に政治を執行するリーダーが必要になります」
「リーダー?」
「はい。そのリーダーもまた、選挙でえらばれることが多いのです。選挙が国民の意見を事細かに反映するのであれば、リーダーに選ばれる人もまた、時代によって事細かに変化します。つまり、昨日支持されていたはずの人が、今日には非難を浴びるなんてことも当然起こり得るのです。そうなっていまうとどうなるのか?」
アンジェリーナはごくっと喉を鳴らした。
「政治方針がころころ変わるということなんですよ。リーダーの変更により、いきなり増税なんてことになれば、国民の生活に大きな影響が出ますよね?ころころと統治者が変われば、国民は誰に付いて行ったらいいのかわからなくなる、なんてこともあるかもしれません。今のリーダーはダメだと罷免されたとしても、次に代わる強いリーダーがおらず、国力そのものが低下してしまう恐れもある」
クリスはすっとこちらに視線を移した。
「専制君主制では、たとえ不満があろうとも、仕方がないかと多少は諦めもつくでしょう。国民の意見が反映されにくい体制ですから。ですが――」
「立憲君主制だと、反映されやすいから逆に、政治が安定しないことがあるんだ」
「はい。その通りです」
さっきまでは立憲君主制がとても魅力的に見えていたけれど、そう簡単なものではないんだな。
というか、この国で立憲君主制なんてものが導入されようなら、労力が半端じゃなさそう。
議会の設置ももちろんそうだけど、あのお父様が周りを説得できるとは思えないし。
アンジェリーナはうーんと唸った。
「何事も一長一短、ということですよ」
クリスはそう言うと、ふぅと息をついた。
さすがに一息で話したせいで疲れたみたい。
相変わらず無表情だけど。
もう、気にするのも無駄なような気がしてきた。
「アンジェリーナ様は、今の政治体制、ご不満ですか?」
「え?」
ぐてっと背もたれにもたれかかりながら、クリスが尋ねてきた。
「こういう話、自分からしておいて、どうかとは思うのですが。王族に政治改革の話など、非常識ですからね」
あぁ、自覚はあったんだ。
「ですが、アンジェリーナ様は、何の引っ掛かりもなく、すぅっと話に混ざって来られていたので、もともと何か、思うところがおありだったのかな、と」
その洞察に、アンジェリーナはうぐっとなった。
気を抜いていると思ったらこれだ。
やっぱり、この人、侮れない。
はぁとため息をつく。
その心中、アンジェリーナはぐるぐると悩んでいた。
どうしよう。いいのかな?
こんなこと、話しても。
アンジェリーナはちらっと目の前のクリスを見た。
じっとこちらを見つめている。
この人なら。
そう思える何かを、アンジェリーナはこの短時間で感じ取っていた。
自分を奮い立たせ、姿勢を正す。
「クリス」
「はい」
アンジェリーナは息を大きく吸った。
「統一民族政策について、どう思う?」
その瞳は、決意に満ちていた。
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