第95話 遠慮なく
「ふふっ」
自室にて、机に肘をつき、アンジェリーナは顔を緩ませ、鼻歌を歌っていた。
「さっきから、何ニヤついてるんだ?」
「えー?」
上機嫌に後方からのジュダの野次を受け流す。
これも全て、ついさっき終わったクリスの講義のおかげである。
――――――――――
「でしたらまず必要なのは法律の整備でしょうか」
「法律?」
統一民族政策の廃止問題の続き。
アンジェリーナとクリスの話にも熱が入っていた。
「統一民族政策はそもそも、表向きは国民全員をまとめ上げ、団結力の向上と国力増強を目的としていますが、その裏は、王政に反発し、衝突を繰り返す少数民族を黙らせるために施行されました」
ずけずけとクリスが切り込む。
うん。まぁ、知ってはいたけど。
こんなに堂々と言っていいのか。
「では実際に政策を廃止したら何が起こるでしょうか」
「何が――」
アンジェリーナはうーんと口に手を当てた。
「少数民族の人たちが喜ぶ!」
「一見そうなると思いますよね」
「え?」
予想通りの反応と言わんばかりに、クリスは満足げにそう言った。(もちろん表情は変わらず)
「おそらく、その逆です」
「逆?」
「はい。少数民族の方たちは怒り狂うでしょう」
「え!!」
アンジェリーナは驚いて目を丸くした。
「どうして?」
「長年やってきた政策をそんなにころっと変えられたらどう思うでしょうか。たとえ『今まですみませんでした』と謝ったとしても、『今更ふざけるな!』と猛抗議を受けるのが目に見えます」
「あぁ確かに」
「それどころか、反乱が勃発するでしょうね。独立を目指した動きも出てくるでしょう。そうなれば治安の悪化および国力の低下は必然。最悪国が滅んでしまうかもしれませんね」
「そ、そんなぁ」
続けるのもダメ。やめるのもダメ。
それじゃあ八方塞がりじゃん。
アンジェリーナはぐたっとうつむいた。
「だからこそ、必要なのが法なのです」
「え?」
クリスの言葉にアンジェリーナはぱっと顔を上げた。
「法というのはそもそも、国民を守るものだということはお話しましたよね?」
「うん。聞いた」
「ですから、政策撤廃の前に、撤廃後の少数民族の保護を目的とした法律を制定する必要があります」
「保護?」
アンジェリーナの疑問に、クリスはすかさず答える。
「保護というのは文化の保護や人権の確保などですね。事前に法を定めておくことで、撤廃後、『きちんと文化を尊重し、ポップ国民として平等な権利を与えられますよ』と示すことができるのです」
なるほど。
アンジェリーナはごくっと喉を鳴らした。
クリスの話は的を射ている。
「まぁ、その前に話し合いはもちろん必要ですがね。こういう法律もまた、度重なる協議のもとで生まれるものです。勝手に決めてはいけません」
「本人たちの意思を尊重しなきゃいけないってこと?」
「はい。その通りです」
クリスはこちらをまっすぐに見て頷いた。
「具体的な法整備については――」
とここで、クリスがちらっと部屋の時計を確認した。
「また今度にしましょう。そろそろ時間ですね」
「えっ、あっ」
いつの間にか時を忘れて話し込んでいたようだ。
講義が始まって1時間が経とうとしていた。
いつもの授業だったら30分でもものすごく長く感じるのに。
あっという間だった。
荷物を片付け、クリスはすっと立ち上がった。
部屋の前まで見送りをする。
惜しいな。
ふとその背中にアンジェリーナは思った。
廊下を去ろうとしたそのとき、クリスがくるっとこちらを振り返った。
「それでは、アンジェリーナ様。また来週に」
「え」
あ、そうか。
また来週、こんな楽しい話ができるんだ。
一気にアンジェリーナは、心の中が晴れていくような気がした。
「うん、また来週ね、クリス」
その顔に、ぱぁっと笑顔が花開いた。
――――――――――
「面白いなぁ、クリス」
「面白いだなんだの話じゃねぇだろ。危険だ、あいつは」
棘のある発言に、アンジェリーナはくるっと振り返った。
「危険って、大げさな」
「大げさなことあるか。王政批判だぞ、あれは」
「まぁ、確かに、あれは、焦ったけど」
確かに、挨拶と同じような感じで、ポップ王国が王制じゃなくなったとしたら、なんて言ってたもんね。
そりゃあ驚くよ。
仮にも王族の前で。
だからジュダの気持ちもわからなくはないんだけど――。
「やっぱりあいつは危険すぎる。なんだってイヴェリオ様はあんなやつを許嫁に」
「そこまで言う?」
アンジェリーナはぐっと眉間にしわを寄せた。
対するジュダも負けじと険しい表情を浮かべる。
「お前なぁ、もう少し危機感を持てよ。お前も白熱していたようだが、万が一外に聞こえていたら、大惨事だ。普通なら不敬罪で即刻死罪だぞ?」
「それは――」
そうなんだけど。
的を射た発言に、アンジェリーナは感情を爆発させた。
「別にいいじゃん、私とクリス、そしてジュダの3人しかいなかったんだから!」
大声が部屋中に響く。
そのとき――。
あれ?
ふと、アンジェリーナの頭の中で何かがカチッとはまった音がした。
思い出すのは今朝の会話。
『今日の勉強会、どこでやるの?』
『ん?お前の部屋でやるぞ?』
『え、はぁ!?』
アンジェリーナははっとして固まった。
「もしかしてお父様が勉強部屋に、私の部屋を指定したのって――」
こういう話を遠慮なくできるように?
「ん?何か言ったか?」
「え、いや」
不審がるジュダを置いて、アンジェリーナは机に突っ伏した。
いやまさかね。
お父様がそんな気を遣えるわけないだろうし。
今大事なのは勉強会。
これからの展開に胸は高鳴るばかり。
まぁ、いいか。
心の中の疑念は消えなかったが、アンジェリーナはそれを頭の隅に追いやったのだった。
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