第89話 駆け引き

 クリスの暴露。


 国王に向いていない。

 本人がそれを言うか?


 唖然とするイヴェリオに対し、当人は何事もなかったかのように無表情を貫いている。


 何なんだこいつは?


 ここで、イヴェリオが言葉を発するより前に、ガブロの怒りが爆発した。


「なんてことを言うんだクリス!よりにもよってイヴェリオ様の前で!」

「こういうのは事前に言っておいた方が良いかと」


 少しも悪びれる様子もなく、クリスはガブロを見つめた。


「喧嘩を売るような真似をするんじゃない!」

「喧嘩?誰が誰に?」

「お前が、イヴェリオ様に、だよ」

「え?」


 クリスが首を傾げる。

 こんなに怒りに狂うガブロは見たことがない。


「それに前々から話してましたよね?」

「は?」

「国王になりたくない、と」

「それはそうだが――そういうのは心の内に留めておくもので」


 みるみるうちに、ガブロの勢いが弱まっていった。

 その様子をじっと見つめる。


 前々から、か。


「ガブロ」


 イヴェリオが呼び掛けると、ガブロはさっと立ち上がって、深々と礼をした。


「申し訳ございません。この愚息が」

「いや、まぁ、驚いたが。とにかく座れ。話が聞きたい」


 その言葉にガブロはおずおずと腰を下ろした。


「さて、さっき『前々から』と言ったな?それはいつからだ?」

「えーっと」


 ガブロは気まずそうにぽりぽりと頬を掻いた。


「2年前、オルビア様から許婚の打診を受け、イヴェリオ様の了承を経て正式決定し、それを本人に話したとき、ですかね?」

「つまり初めからか」

「はい」


 ガブロは一瞬目を逸らしたのち、再びイヴェリオの方を向いた。


「姫様の許婚に決まったと伝えるや否や――


『え、嫌です』


 ――と。」


 そんなあっさりと。


 イヴェリオは思わずため息をついた。

 そしてクリスに目を向けた。


「クリス、先程の発言、本当なんだな?」

「はい」


 淡々とクリスは答えた。


「アンジェリーナの婿となるのが嫌なのか?」

「いえ、そういうわけではありません。許婚の件も今は了承しています」

「それでは、改めて聞かせてくれ。どうしてお前は、自分が国王に向いていないと思うんだ?」


 クリスの表情は変わらない。

 ゆえにどんな話が飛んでくるのかもわからない。


 イヴェリオは身構えた。


「そうですね。まず第一に、私は国王になれるような器ではありません」

「というと?」

「父が申しました通り、私は感情を表に出すのが苦手です。ゆえに、国を統率するリーダーとしては不適正でしょう」


 両者の問答は続く。


「だが、お前が頭脳明晰なのは聞いている。まだ会って間もないが、それでも私にも全く臆さない豪胆さも持ち合わせているのもわかる。感情をあまり出さずとも、冷静さと頭脳で国を率いる王もいるだろう?私には、お前が王に向いていないとは思えないが――」

「確かに、国王といっても様々です。一見冷たいように見えて良き国王として名を残している偉人も大勢います。ですが――」


 クリスの視線が刺さる。


「国王というものは元来、国民に好かれてしかるべき存在です。たとえ、どんなに政策に力を入れ、国のために働いたとしても、何を考えているのかわからないような王では、国民の信用を真に勝ち取ることは不可能でしょう。信頼を得られない王は次第に支持されなくなり、最悪の場合は革命を引き起こす。私としても、人から好かれる努力をするつもりではありますが、まぁこればかりはどうしようもないと、22年生きてきて自他ともに理解してしまっていることではありますので」


 そう言うと、クリスはちらりと横を見た。

 その視線にガブロが苦い顔をする。


「お前は別に、友人が少ないわけではないだろう?――まぁ、不特定多数の人間に好かれるかといえば、別問題だろうが」

「なるほど」


 イヴェリオは口に手を当てた。


 親のガブロがこう言うんだ。

 おそらく本人の性格上、無表情を改善するのは難しいのだろう。

 何を考えているのか理解できない主導者に、ついて行きたくないというのもわかる。

 私だって、国民の前ではなるべく笑顔を見せるように努力している。


 それにしても、だ。


 イヴェリオはじぃっとクリスの顔を見つめた。


 この男、一見すると向こう見ずの失礼な奴だが、蓋を開けてみたらどうだ?

 世間一般が何を考え、どういう指導者を求めているのか、よく理解できている。

 自分の欠点をよく見抜けているのも良い。

 加えて、こちらの質問に対して、はっきりとした理由を説明できている。

 ちゃんと考えたうえで発言している証拠だ。


 色々と心配は募るが、やはりガブロの息子。

 ただ者じゃない。


 だが一連の流れを経て、イヴェリオには気になることがあった。


「ガブロ、一つ聞きたいのだが」

「何でしょう?」

「法皇はクリスが、こんな、やつなのは知っているのか?」


 そう。クリスの考えはとても客観的で良い。

 だが同時に危うい。

 たぶんこいつは平気で王宮を批判する。

 そんな気がするのだ。


 私でさえ、そんなことを思うのに、父がそれを許すか?


「あぁそのことですか――実はですね」


 ガブロが目をそらした。


「『いい年頃の息子が居たな?ちょうどいい。アンジェリーナの許婚にしよう。お前の息子ならば問題なかろう』と一方的に。ですので、オルビア様はクリスと会ったことはありませんし、こんな性格なのも知らないかと――」

「はぁ。やはりな」


 思えば、ガブロと私が許婚の話をしたときも、ガブロは言葉を濁していたような。

 この男、法皇にも私にもここまで何も話していなかったんだな。


「お前もかなり大胆だな」

「いやぁ、なんというか。今は申し訳なさで一杯です」


 それが申し訳なさそうに見えないんだ。

 何か思惑があるようにしか――。

 それとも、本当にただ振り回されているだけか?

 それはそれで今度はクリスが怖いのだが。


「ところでイヴェリオ様、アンジェリーナ様ですが――」


 話の区切りがついたと思ったのか、突然、クリスが切り込んできた。


 おいおい、今のでよく割って入って来れたな。


「一目会っただけですが、いいですね、あの方は」


 その言葉に眉をひそめる。


「『いい』というと?」

「噂はかねがね伺ってはいましたが、先程の対面でそれが本当だとわかりました。元気活発なじゃじゃ馬娘――ですが最近はお気に入りの近衛兵に剣術を習っているとか。おかげで脱走回数が激減し、非常に助かっていると」


 まったく、どこから仕入れたんだか。


「元気なところが気に入ったのか?」

「それもありますが、何よりあの方の輝きはすばらしい」

「輝き?」


 イヴェリオは怪訝そうな顔をクリスに向けた。

 なおもクリスは淡々と続ける。


「ああいうキラキラとしたものは、手に入れようと思って手に入れられるものではありませんから。えぇ。ですから、アンジェリーナ様は非常に良い」

「まるで物のように言うな?」

「まさか。お気に障りましたら申し訳ありません」


 イヴェリオの琴線にかすったことをものともせず、クリスは動じない。

 申し訳ないという言葉さえ、本当かどうか疑わしい。


「アンジェリーナ様ならきっと――」

「きっと?」

「いえ、何でも」


 その様子が気になった。

 無表情の奥に隠れた何かが。


 イヴェリオはふっと笑った。


 こんな序盤から腹の探り合いか。


「何を企んでいる?」

「いえ」

「何か望みがあるなら言ってみろ」


 こうはぐらかされたままでは気が晴れない。


 イヴェリオは注意深くクリスの挙動を見守った。


「望み、ですか。特にはありませんが――あ、夢ならあります」

「夢?なんだ?」


 イヴェリオの問いかけに、クリスは目をまっすぐに見て言った。


「私は、の右腕になりたいのです」


 その言葉はずっしりとイヴェリオの心の中に沈んだ。

 同時に頭の中が晴れていくような。


 ――あぁそういうことか。


 イヴェリオはぼすっとソファの背もたれにもたれかかった。

 そして、クリスに向かって挑戦的な笑みを浮かべた。


「アンジェリーナは、そう簡単にお前の思うようには動かないぞ?」

「それは、楽しみです」


 表情は変わらず。しかし心なしか、クリスが笑ったように見えた。


 イヴェリオはすっと立ち上がった。


「改めて、よく来てくれた、クリス。お前を歓迎する」


 その言葉にクリスも立ち上がる。


「はい。よろしくお願いします」


 長い駆け引きの末、両者は固い握手を交わした。

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