第86話 会わせたい人

 姫としてのデビュー戦。

 踊ったり、いざこざを解決したり、作り笑顔で顔がつりそうになったり、おいしい料理を食べたり、怒涛の展開を経て、舞踏会は幕を閉じた。


 そして翌日――。


「ねぇジュダ、会わせたい人って誰だと思う?」


 アンジェリーナとジュダは揃って談話室へと向かっていた。

 話題は昨日のガブロとイヴェリオの発言について。


「あの感じ、ガブロも来るってことだよね?」

「そうだろうな」

「その他にもう一人ってことか」


 一体誰なんだろう?


「アンジェリーナ様」

「何?」


 その呼びかけに、アンジェリーナはジュダを見上げた。


「ありがとうございました。昨日の件」

「え?」


 昨日の件?――あ。


 アンジェリーナの脳裏に、昨日の舞踏会での一場面がよぎった。


 あの、いちゃもん付けてきた人を追い払ったときのことか。


「はっきり言って胸がすきました」


 ジュダはまっすぐ顔を向けたまま、こちらを見ずにそう言った。


「うん。よかった」


 素直に礼を言われるは嬉しいものだ。

 実はあの後、やっちゃったかなぁなんて思ったりしていたから――うん。

 役に立てて良かった。


 ――というかあれ?


「ジュダ、敬語になってる!」


 その指摘にジュダは一瞬で顔を曇らせた。

 そっぽを向いたままこちらを見ようとしない。


「や・く・そ・く!」

「――あぁわかった。次から気を付ける」

「本当だよ?――あ、そうだ。そういえばジュダって私の名前呼んだことなかったよね」

「は?」


 ジュダはピタッと立ち止まり、怪訝そうな顔でようやくこちらを見た。


「ほら、呼んで呼んで」

「呼んでって――今も呼んだだろう?」

「そうじゃなくて、“様”なしで」

「――は!?」


 ジュダの声が廊下に響き渡った。

 その顔が途端に赤く染まる。


「馬鹿じゃないのか?そんなことできるわけ――」

「約束でしょう?」

「だからといって様付けは――」

「いいじゃん、本人がそう言っているんだし、二人のとき限定でしょう?」


 うっ、とジュダは言葉に詰まると、うーんと唸った。

 そのまま固まることしばらくして、ジュダはぱっと顔を上げた。


「わかった――アンジェリーナ」


 ジュダは渋々、聞こえるか聞こえないかというような小声でそう言った。


 よし。


 ふんと鼻を鳴らすアンジェリーナをジュダが鋭い目つきで睨みつけた。


 ――――――――――


「よし、着いたよ談話室」


 二人は談話室の前で立ち止まった。


「何か緊張するね、ジュダ」

「ん?あぁ」


 実は昨日から嫌な予感がしているんだよなぁ。


 それは二人ともども思っていることだった。

 まぁ、お互い口に出していないため、そんなことは露知らず。

 二人は緊張した面持ちのまま、談話室に足を踏み入れた。


「お、来たか」


 奥のソファ、イヴェリオが立ち上がった。

 その向かいにはガブロが、そしてその隣に――?


「これが、アンジェリーナ。私の娘だ」

「なるほど」


 すっと見知らぬ人物が立ちあがった。


 くせっ毛気味の金髪。

 ブルーのきれいな瞳。

 すらっとした高身長。


 世間一般ではこういうひとを、最上級に格好いいと言うのだろう。


 男は静かにアンジェリーナを見下ろした。

 まっすぐにこちらを貫くその碧眼に、アンジェリーナは思わず身を強張らせた。


 この人は一体――。


 すると、イヴェリオが向かいの男を手で指した。


「紹介しよう、アンジェリーナ。こちらはクリス=ミンツァー」


 クリス――え、ミンツァー?


 その瞬間、アンジェリーナの頭が高速回転した。


 あれ、確か、ガブロの名字ってミンツァー――はっ!


 気づいたときにはもう遅い。

 イヴェリオはアンジェリーナに宣告した。


「お前の許婚だ」


 は、はめられたー!!


 完全にしてやられたアンジェリーナ。

 その後ろで静かに驚くジュダ。

 それを淡々と見つめるクリス。


 この3人による怒涛の新生活が始まることを、まだアンジェリーナは知らないのだった。

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