第84話 デビュタント・姫たるもの
何言ってるんだこいつ。
心の中がシンクロしていることなど露知らず、二人は目の前の男にただただ呆れて果てていた。
「王族ともあろう御方が平民にも満たない一介の兵士を護衛に付けるなど」
だから声がでかいんだよ。
ジュダは心の中でその男を睨みつけた。
こいつ、馬鹿じゃないのか?
ここにはアンジェリーナだけじゃなく、王様もいるんだぞ?
俺を批判するということは何を意味するのか、少し考えればわかるだろ?
そのときジュダは気づいた。
遠巻きから聞こえてくるひそひそ声に。
「パレス?」
「あの男か?」
「確かに護衛のわりには若すぎる」
「改めて見ると低俗な顔つき」
聞こえてるぞそこの連中。
離れてこそこそ話やがって。
まぁ、こう言われるのは日常茶飯事。
俺自身はどうとでもなるが、だが――。
ジュダはアンジェリーナの背をちらりと見た。
頼むから問題を起こしてくれるなよ。
「姫様、もしかしてご存じでなかったのでしょうか?後ろにいるのはあの、パレス兵ですよ。今すぐ辞めさせた方がよろしいかと」
どうしてこいつはこんなに煽ってくるんだ?
まるでわざとアンジェリーナを怒らせたいかのように――。
「存じておりますよ」
そう言ってアンジェリーナは静かに立ち上がった。
おいまさか反論するつもりじゃ――。
そのとき、心配を含んでアンジェリーナを見つめていた、ジュダの目が留まった。
アンジェリーナは怒りの表情などとは正反対の、穏やかな笑顔を浮かべていた。
その表情に思わず体が強張る。
「モーリー様のおっしゃる通り、この者は確かにパレス出身の兵士です」
「やはり――」
「ですがそのことに何か問題でも?」
「え?」
突然の転換に、男は固まった。
「モーリー様の方こそ、何か勘違いなさっているのではないでしょうか?」
「なに?」
怪訝そうな表情を浮かべる男。
しかしそんなことを臆する様子もなく、アンジェリーナは続ける。
「先程モーリー様はこの者のことを『平民にも満たない』とおっしゃいましたよね」
「当然でしょう。パレス兵など、本来この場に存在することすらあり得ない。身分違いにもほどがある」
自慢げな顔。
はっきり言って腹が立つ。
だがそこでも、アンジェリーナは平然としていた。
「それはどうでしょうか?」
その言葉は相手を煽るわけでもなく、静かに投げかけられた。
「ご存じでしょうがパレスこと“
「当然だろう?さっきから何を――」
その答えを待っていたかのように、アンジェリーナは今日一番の優しい笑顔を男に向けた。
たっぷりと間を置き、満を持してアンジェリーナは言い放った。
「そしてそこで育ち、入隊した兵士には平民としての身分が与えられている」
「――はい?」
意味がわからないという顔。
すっかり呆けている男に対し、アンジェリーナは静かに言葉を続けた。
「だってそうでしょう?パレス出身兵が平民以下などということを定めた法律など存在しないのですから」
平民と同じ身分だという法律もないがな。
物は言いよう。
もうすっかりアンジェリーナのペースだ。
「それをご存じの上で、パレス兵を見下されているということはつまり、モーリー様はパレスを設立した法皇を批判なさると?」
「そ、そんなことは――」
明らかに狼狽える男。
機を逃さずアンジェリーナがとどめを刺す。
「それとも、あぁ、このパレス兵を私の近衛兵に任命した国王を批判なさると」
「決してそんなつもりでは――」
「よろしいですよ?発言の自由は法律で認められておりますから。どうぞ本人に直接おっしゃってください。ほら」
そう言って、アンジェリーナは視線を横に逸らした。
そこには優雅に一口ワインをすする国王の姿があった。
アンジェリーナの発言に、イヴェリオが男に目を向ける。
その瞬間、男は一気に恐怖にひきつった。
「し、失礼しました」
そう小さい声で口走ると、男は逃げるようにその場を後にした。
その様子を遠巻きに見ていた陰口連中も、自分は何も言っていないと言わんばかりに目を伏せている。
「ふぅ」
仕事を終えたアンジェリーナは一息つくと、静かに着席した。
そして何事もなかったように、再び料理をおいしそうに頬張り始めた。
のんきなもんだな、こいつは。
その背中を見ながら、ジュダは軽くため息をついた。
自分がどう言われようがはっきり言ってどうでもいい。
自分たちの身分が低いというのも事実。
だが――。
今のはすごいスカッとした。
思わずにやけそうになる顔を必死に抑え、ジュダは再び周囲の警戒に戻った。
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