第83話 デビュタント・迷惑男

 帰ってきたと思ったら――。


 ジュダは目の前をちらりと見た。

 そこにはパクパクと料理を食べ進めるアンジェリーナの姿があった。


 おいしそうに頬張りやがって。

 今日一、幸せそうな顔してるだろ、これ。


 ジュダは本格的に舞踏会の始まったホールに目を向けた。


 色とりどりのドレスが揺れ、華やかな音楽が響く、きらびやかな饗宴。

 しかしその裏には様々な思惑がうごめいている。

 ここであいつは踊ったのか。

 改めて考えるとすごいな。


 ジュダはさっきのアンジェリーナの姿を思い起こしていた。


 初めてとは思えないほどの堂々たる姿だった。

 なんだかんだ言ってもあいつも王族ということか。

 当たり前なのだが。

 国王様がパートナーであっても、全く見劣りしていなかった。

 もちろん、俺には上手い下手もよくわからないが、なんというか存在感が――。


「ご機嫌麗しゅう、姫様」


 突然の訪問人に、ジュダは注意を向けた。

 そこにはアンジェリーナの前に立つ、男が一人。

 ピシッとした燕尾服を着込み、見るからに金持ちの風貌だ。

 まぁ、ここにいる者の中で金持ちでないものなど、ほぼいないのだが。


「お初にお目にかかります。私、ティム=モーリーと申します。お会いできるのを楽しみにしておりました」

「こちらこそ、お会いできて嬉しいです。モーリー様」


 アンジェリーナはそう言って、即座に穏やかな笑顔を見せた。


 見事な作り笑い。

 国王様もそうだが、ほんとこの人たちうまくやるよな。


 一方その頃、作り笑いを浮かべる当人はというと、数日前のことを思い出していた。


 ――――――――――


 ばん、と机に紙の束が叩きつけられた。


「これは?」

「次の舞踏会の参加者リスト、その抜粋だ」


 アンジェリーナの自室。

 イヴェリオが机の前に座るアンジェリーナを見下ろしている。


「王族にとって、こういう場での要人との交流は至極重要。挨拶回りに次々と人がやって来る。我々はその一人一人に対処しなければならない」


 アンジェリーナはぺらぺらと紙をめくった。

 人の名前が列挙してあり、その横に一人一人の役職が書かれている。


「え、これ全部覚えるの?」

「全部じゃない、それでも抜粋だ。重要人物のみをピックアップしてある」

「これで?」


 何十人分もあるじゃない!?


 アンジェリーナは呆然と口を開けた。


「驚いている場合ではないぞ。姫として当然のことだ。これから先、何十人、何百人もの要人とお前は出会うことになるのだからな」

「それは、わかるけど」


 でももう舞踏会まで一週間切っているんだけど!?


「本番はこれよりもっと多くの人物がお前を訪ねてくるはずだ」

「え、もっと!?」


 アンジェリーナは目を丸くしてイヴェリオを見た。


「いいか?くれぐれも失礼のないようにな?名前と役職を叩き込めば、ある程度の会話にはついていける。まぁ、お前が、ただのお飾り姫でいいというのならば、紺なのを覚える必要はないのだがな」

「なっ」


 煽ってきてる。

 確信犯だ。

 そうわかっていながらも、やる気を引き出されてしまっているのがどうにもやるせない。

 完全にどうすれば私が乗って来るのか理解している。

 親だから当然だけど。


 アンジェリーナはため息まじりにリストをぱらぱらと眺めた。


「あれ?」

「どうした?」


 アンジェリーナはふと、先程のイヴェリオの発言を思い出した。


「来場者はもっといるんだよね?当然挨拶に来る人も。その人たちはどうやって対応すればいいの?」

「ん?そうだな――」


 イヴェリオは目線を遠くにやり、間をおいてパッとこちらを見て言った。


「笑って誤魔化せ」


 ――――――――――


 笑ってごまかせ、ね?

 本当にそんなのでうまくいくのかと思ったけど、意外といけるのかな?


 アンジェリーナは目の前で意気揚々と話す男を見て思った。


 へぇ、とか、そうですか、ぐらいにしか相槌していないのに、誤魔化せている。

 いや、単にこの人がおしゃべりなだけかもしれないけど。


 アンジェリーナは笑顔を崩すことなく、人間観察を始めた。


 モーリー様とか言ったっけ?この人。

 聞き覚えのない名前ってことはそんなに重要な人ではないってことだよね。

 年も若そうだし、まだ30行っていないぐらい?


「そういえば姫様は最近、専属の近衛兵をお付けになったとか」

「え?あぁそうですけど」


 いきなりの話題転換。

 どうしたんだ?

 今まで自分の自慢話ばかりしていたのに。


 その話に、後ろのジュダもまた内心訝しんでいた。


 どうしてわざわざ俺の話題を。

 嫌な予感がする。


「後ろのその若い兵がそうですかな?」

「はい。それが何か?」


 笑顔の裏に不信感を漂わせ、アンジェリーナは反応を伺った。


「いやぁ申し訳ございません。噂程度に聞いてはおりましたが、まさか思って。確かめずにはいられなかったのですよ――姫様とあろうものが、パレス兵を護衛に付けておられるなど」


 はっきりと、語尾を強調しながら、その男はそう言い放った。

 あろうことか、周りにも聞こえるような大きな声で。


 ――――は?


 そのとき、二人の心の声がシンクロした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る