第81話 デビュタント・つかみ
階段を下りるときは焦らずゆっくり。
その代わり視線は落とさず、常に前へ向ける。
口元の笑みを絶やさず、ただし過度な作り笑いは厳禁。
あくまでも自然に見える範ちゅうで。
そして一番下まで降りたら、手を前で重ねて、一礼。
段取り通りにできたはず。
どうだ?
アンジェリーナは恐る恐る顔を上げた。
その直後、耳を
「なんて麗しい!」
「これぞまさにポップ王国の姫にふさわしい!」
「10歳にしてあの品格、信じられない!」
感嘆の声が会場中に響き渡るなか、アンジェリーナはその場に固まってしまった。
こ、これは一体――。
そのときピリッとした視線を感じ、アンジェリーナは体をびくつかせた。
この馴染みのある視線は――。
横をちらりと見ると、そこには国王席にて仁王立ちで佇むイヴェリオの姿があった。
早くこっちに来いとばかりに睨みつけている。
そうだった。
登場し終わったらいろいろと絡まれる前に席に着くんだった。
アンジェリーナは賓客にバレないようにそそくさと自分の席へと向かった。
「ふぅ、危なかった」
「お前、段取り忘れていただろ」
「うっ」
頭の痛い指摘を受けながら、アンジェリーナはイヴェリオと共に席に座った。
「ねぇお父様」
視線を前に向けたまま、アンジェリーナは隣のイヴェリオに尋ねた。
「なんだ?」
「あんな体裁だけ取り繕った、見かけだけの立ち居振る舞いで、こんなに感激されるものなの?」
予想外の反響に、アンジェリーナはすっかり度肝を抜かれていた。
「あぁ。王族の存在なんてそんなものだ」
「そんなものなの!?」
これは、果たして聞いてよかったものなのか。
絶対に他にばらしてはいけないような内容であることは間違いない。
こんな現実、国民が知ろうものなら――。
そんなことを考えつつ、アンジェリーナは周りをちらちらと伺った。
こんな付け焼刃で、本当に良かったのだろうか。
みんな騙されてるんじゃないの?
いや、自分でいうのもなんだけど。
まさかこれがプリンセス効果ってやつ?
――まぁ、普段の私を知らない人はそう見えるのかな。
そうこうしているうちに、アンジェリーナはようやく落ち着きを取り戻してきた。
そして、気づいた。
自分の後ろに佇む存在に。
「あっジュダ」
あれ?もしかしてさっきから居た?
いやそうだよね。
今日はずっと私の護衛のはずだし。
何で今まで気づかなかった――あぁそうか。
意識してなかったけど、やっぱりすごく緊張していたみたい。
アンジェリーナは顔を正面に向けたまま、視線だけを後ろにそらし、ジュダを見た。
あっ。
「ジュダ、その式典用の服、似合ってるね」
ジュダが来ていたのは式典用の軍服。
準備段階でごたごたがあったようだが、ジュダは無事、式典服を手に入れられたようだ。
いつもの地味な制服とは異なり、紺ベースに赤のラインがよく映える、豪華な仕様になっている。
「なんというか、こうやってお互い着飾ってみると、一人前の姫様と護衛兵って感じがするよね。いやジュダはもとから立派な近衛兵だけど」
――――あれ、返事がない。
何か変なこと言ったかな?
アンジェリーナは不安になって、ジュダのほうに顔を向けた。
対するジュダは周りに目を向けたまま、こちらのことは完全に無視している。
警備に集中している?
私と話す暇はない?
いやというよりもこれは――ぼーっとしているような。
「ねぇジュダ」
「――え、あ、申し訳ございません。何でしょうか」
「えっいやあの――」
ここでやっとアンジェリーナに話しかけられていることに気づいたのか、ジュダははっとしたようにこちらを向いた。
「制服、いい感じだねって」
「え、あぁ、ありがとうございます。アンジェリーナ様もよろしいんじゃないでしょうか」
「え?」
これって、褒められた?
『よろしい』ってなに?
このドレスのこと?立ち居振る舞いのこと?
わ、わからないけど――。
アンジェリーナは改めてジュダに注意を向けた。
別にからかって言ったって雰囲気じゃないし。
もしかしてジュダ、今自分が言ったことに気づいてない?
ぽろっと出ちゃった、みたいな?
さっきも今も散々お褒めの言葉が聞こえてくるけど、これはなんか違うっていうか。
なんか、普段を知られている人に言われると、調子狂う。
ジュダも本気っぽいし、その様子を見ているとよりなんていうか。
――はっきり言って、照れる。
意図せぬまま気まずい雰囲気になってしまったところ、イヴェリオが切り込んできた。
「アンジェリーナ、そろそろ出番だぞ」
「え?――あ!」
そうだ、そうだよ!
登場するのに緊張して頭から抜け落ちていたけど、これからが本番だった。
私、お父様と踊らなければならないのに!
アンジェリーナは会場を見渡した。
色とりどりのドレスを着た貴婦人たち、燕尾服を着こなす紳士たち。
その視線が指す先には私。
いつの間にか楽器演奏の準備も整っている。
こんな中で本当に踊れるの!?
顔には一切出さないアンジェリーナ。
しかしその心の中では、悲痛な叫びがこだましていた。
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