第80話 デビュタント・開幕

 突如決まった記念パーティーへの参加。

 アンジェリーナはダンスの練習に、衣装合わせにとてんやわんや。

 一方のジュダは会場警備のための打ち合わせに奔走。

 当然剣術の稽古をする暇などなく、二人が落ち着いて話すことすらできぬまま、慌ただしく毎日が過ぎていった。


 そうしていつの間にか当日――。


 すごい。

 各界の要人たちが一堂に。


 大広間、記念パーティーの会場にて、ジュダは警備にあたっていた。

 すでに大勢の人で溢れ、歓談が聞こえてくる。


 事前に誰が来るか当然把握してはいるが、実際に見ると圧巻だな。

 俺には到底関わりのない世界だ。

 つい1か月前はそう思っていたのだがな。


「皆さま、お待たせ致しました。国王様のご登場です」


 進行役の声が響き、今まで雑音に満ちていた会場が拍手に沸く。

 その音に包まれながら、一人の男が二階から下りる仰々しい階段に姿を現した。

 ポップ王国の国王、イヴェリオ=カヤナカである。


 ゆったりとした足取りで歩くその姿は貫録にあふれ、一国の主としての格がにじみ出ている。

 燕尾服を身にまとい、胸元には蝶ネクタイ。

 きらりと光って見えるのは、金の刺しゅうが入っているのか。

 黒の燕尾服がより豪華に引き立つ。

 そこにはいつもとは異なる王がいた。


 階段を下ると、イヴェリオは来賓に目を向けた。

 品のある微笑みを浮かべて。


「今夜は、戦勝記念日のこのパーティーに参加してくださり、誠にありがとうございます。最後まで今日という日を楽しみましょう――それでは、乾杯」

「乾杯!」


 来賓の声が一斉に響き、会場に再びざわめきが戻った。

 一方、ひとまずの役目を終えたイヴェリオは、ジュダの方へ向かってきた。

 そして、目の前の椅子に腰かける。


「はぁ。作り笑いは疲れる」


 あぁ、麗しい国王陛下と呼ばれるその裏で、本人はすでにお疲れモード。

 こういうことが聞こえてしまうのも護衛の運命さだめか。


 知る由もなかった世の現実に耽りつつ、ジュダは会場に目を向けた。


 客はそれぞれ談笑中。

 といっても、穏やかな話など存在せず、ほとんどが腹の探り合いなのだろうが。


 そんなことを考えていると、イヴェリオがこちらをちらりと振り返った。


「今日はよろしく頼むぞ。ジュダ」

「はい」


 そう。今日ジュダはアンジェリーナの護衛として、国王の隣に座る、姫の後ろに立つことになっていた。

 ゆえに、今日は人生で一番人の視線を浴びる日になる。

 まぁ、その視線は俺にではなく、国王様およびアンジェリーナに向けられるものなのだが。

 それにしても――。


 ジュダは改めて周りを見渡した。


 あいつ、こんなところで本当に踊れるのか?


 アンジェリーナは舞踏会が本格的に始まるときに合わせて、もう少し後に登場する予定となっていた。

 しかも登場は先程イヴェリオが使った、あの階段から。

 実にもったいぶった登場である。

 来賓にとって、姫のお披露目および社交界デビューは、今回のメインイベントとなっていた。


 ここにいる客の全員が知らないだろうが、姫だぞ。

 あんな破天荒なやんちゃ娘、本当にこんな舞台に堪えられるのか?


 しかし、そんなジュダの不安をよそに、その時間は着々と近づいていった。

 そしてついにそのときを迎える。


「会場の皆様、本当にお待たせ致しました。今日は何と言ってもこの国の王女様、アンジェリーナ姫のお披露目の場でございます。さぁ、正面をご覧ください。姫様のご登場です」


 進行役の大げさな煽りに合わせて、会場が再び拍手に包まれる。


 はぁ。ついに来てしまった。

 一体どうなるんだ?


「不安そうだな」


 はっとして横を見ると、立ち上がった国王がジュダを見つめていた。


「申し訳ございません。そのようなことは――」

「別に構わない。お前は普段のあいつをよく知っているからな」


 国王様に心の内を悟られるだなんて、護衛失格だ。


 ジュダは思わずうつむいた。


「だが心して見るといい」

「え?」


 その言葉にジュダはぱっと顔を上げ、イヴェリオを見た。

 すでにその視線は階段へと向けられている。


「仮にもあいつは姫だ――そして何よりソフィアの子だからな」

「――それは」


 ジュダがその真意を尋ねようとしたそのときだった。

 来賓からひと際大きい歓声が放たれた。

 急いでその視線を追う。


 その先にあったものを、俺は一生忘れない。


 純白のイブニングドレスに純白の手袋。

 短めの黒髪は巻かれ、銀の髪飾りが光っている。

 薄く化粧をしているのか、紅い唇がよく映えている。

 まさに姫様という出で立ち。


 だが、俺が目を惹かれたのはそこではなかった。


 透き通った琥珀色の瞳。


 まるで全てを見通してしまうような。


 息をすることさえ忘れてしまうような。


 そのときようやく俺は理解した。

 瞳の中に映る少女はこの国の姫なのだと。


 そして自分のそばで無邪気に笑うあの少女もまた、ポップ王国王女アンジェリーナ=カヤナカなのだと。


 ゆったりとした足取りで優雅に階段を下りるアンジェリーナの姿を、ジュダには時が止まっているかのように感じていた。

 まるでその時が永遠に続くかのように。




 このときジュダは気づかなかった。


 イヴェリオの、アンジェリーナに向けるその顔が、言葉では言い表せないほど、切ないものであったということに。


 そしてその表情が、自分にも等しく向けられているということに。

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