第79話 突然の出席
「よしじゃあ今日も始めるぞ。まずはいつもの素振りから」
「うん!」
アンジェリーナとジュダはいつも通り、森の広場にいた。
最近は少しでも時間が空けばこの森へ向かうようにしている。
おかげで少しずつではあるが、剣の振り方もわかってきた。
ジュダのタメ口も安定し、稽古も順調。
今日も頑張るか。
アンジェリーナは気合を入れて剣を握った。
しかし、災難は唐突に訪れる。
アンジェリーナが足を踏み込んだそのときだった。
「痛っだ!」
右足に稲妻が走り、アンジェリーナはその場にうずくまった。
「おいどうした」
すかさずジュダが駆け寄る。
しかし足に触れようとしたすんでのところで手が止まった。
え、なに?
見るとジュダは困惑を露わに固まっている。
なになに?
え、まさか、触れるのためらってる?
「いや今それいいから!」
アンジェリーナは思わず叫んだ。
その声にやっと腹をくくったのか、ジュダはアンジェリーナの右足首に手を伸ばした。
「い、いだだだ」
「ったく、どこをやったんだ?捻挫か?」
そう言うと、ジュダは手早く自らの上着を丸め、右足の下に置いた。
「冷やすものはないか。とりあえず城に戻るぞ――ん?」
ジュダが唐突にふくらはぎに触れた。
ムニュムニュと感触を確かめるかのように。
「え、なに――」
「お前、オーバーワークしてるだろ」
その言葉にアンジェリーナは固まった。
「――い、いやぁ?」
「目そらすな」
アンジェリーナは明後日の方角を見つめていた。
や、やばい。
「ふくらはぎが硬い。筋肉が緊張している証拠だ。何をした?」
「えーっと――朝に居住棟の周りをランニング?」
「おい!」
ジュダの怒号が響く。
「あのなぁ、俺は、お前に合わせたトレーニングメニューをちゃんと組んでるんだよ。それをお前が崩しちゃ仕方ないだろ?ただでさえ、怪我させないようにって細心の注意を払っているのに。はぁ」
ジュダは深いため息をついた。
今回ばかりは申し訳なさすぎる。
「ごめん」
「いえ、気づけなかった俺の落ち度だ。何はともあれ早く戻ろう。たぶん大したことはないとは思うが」
するとジュダはアンジェリーナの目の前にしゃがみこんだ。
「はい、乗っかってください」
「え?え!?」
この体勢、もしかして――。
「おんぶ!?」
「そりゃそうだろうが。お前、歩けないだろ今」
「いやそうだけど」
「だけどじゃねぇ」
「は、恥ずかしいし」
「はぁ!?」
ジュダの鋭い視線が刺さる。
「恥ずかしいじゃねぇんだよ。それを言うなら今の俺の体勢のほうが恥ずかしいだろうが。こっちはな、我慢してお前に触れてるんだよ」
「それはそっちの都合でしょう?私、お父様にもおんぶされた記憶ないのに――」
「いいから!」
これではらちが明かない。
段々とジュダの顔が赤らんできたような気もする。
これ以上はかわいそうかも。
アンジェリーナは仕方なく、ジュダの背に体を移した。
「じ、じゃあ、お願い」
「はい」
アンジェリーナがしっかり掴まったのを確信し、ジュダはすっと立ち上がった。
こういうときにすっと立ち上がれるのって、さすが大人の男の人って感じがする。
なんだかんだ言って、ジュダって10も年上だしね。
――あれ?
待てど暮らせど、ジュダが歩き出す気配がない。
どうしたんだろう?
「ジュダ?」
「え、あぁ悪い。行くか」
「うん」
ん?何だったんだ今の。
まぁいいか。
ジュダの背に揺られ、アンジェリーナは城へ戻った。
――――――――――
その夜。
「お父様からの呼び出しって、絶対昼間の怪我のことだよね」
「それしかありえねぇだろ」
アンジェリーナとジュダはとぼとぼと、談話室へ向かっていた。
幸い、アンジェリーナの足は軽く捻った程度で大事には至らず、夜には普通に歩けるほどに回復していた。
そんな折での呼び出しである。
どうしよう怒られる。
アンジェリーナ、ジュダの両名はそう確信しながらイヴェリオのもとへ向かった。
談話室に到着すると、イヴェリオはすでにソファに腰かけていた。
こちらを一瞥すると、来いと声をかけた。
促されるまま、アンジェリーナがソファに座るや否や、ジュダが口を開いた。
「昼間は申し訳ありませんでした。姫様にお怪我を」
いきなりの謝罪に、アンジェリーナは面食らった。
しかしすぐにその不当性に気がついた。
「なんでジュダが謝るのよ。私がオーバーワークしたのが悪いんでしょ?それをジュダが謝るのはお門違い」
「そんなことはありません。私の監督責任です。姫様のせいでは――」
「アンジェリーナ!」
「アンジェリーナ様のせいではございません!」
誰が謝るか謝らないかの言論合戦。
二人は睨み合った。
「ふん、うまくやっているようでなにより」
はっとここで二人は我に返った。
あろうことか、すっかりイヴェリオの存在を忘れていたのだ。
「も、申し訳――」
「いい。昼間の件は本人の言う通り、こいつの自業自得だ。お前が気に病むことはない。アンジェリーナ、お前も自己管理しろ」
「ごめんなさい」
アンジェリーナはしゅんとうなだれた。
「さて、本題だが――」
「え?」
アンジェリーナはぱっと顔を上げた。
昼間の件で呼び出されたんじゃないの?
ちらりと見ると、ジュダも同じように驚いた表情を浮かべている。
イヴェリオは話を切り出した。
「来週、何があるかは知ってるな?」
「来週って――あぁ戦勝記念日?」
「そうだ」
6月1日は戦勝記念日。
かつてポップ王国が、大魔連邦に歴史的勝利を収めた日だと言われている。
実際は勝ってなどおらず、それどころかギリギリ追い出しただけなのだが。
国民はそれを知らない。
「毎年城の大広間で記念パーティーが開かれる。舞踏会の形式でな」
「うん。え、それがどうしたの?」
自分には関係がないはず――。
「今年から、お前にも出席してもらう」
「――――はぁ!?」
アンジェリーナは思わず叫んだ。
「ど、どういうこと?そういうのって、成人してからじゃないの?」
「残念ながら、な。正式な公務は確かに成人してからだが、ちゃんとした式典後の、こういう打上げのようなものは、出席が可能だ」
「嘘でしょ」
アンジェリーナは嫌悪を露わに顔を歪めた。
「まぁ、お前のダンスの先生からも許可が出たからな」
「え?」
ちょ、ちょっと待って、それって――。
「私も踊るの!?」
「当然だろ。舞踏会だぞ」
アンジェリーナは絶句した。
「社交界デビューだ。今回ばかりはしっかり正装してもらうからな」
「デビューって――」
こういうとき、何て反論するのがいいのだろうか。
なんかもう、決定事項みたいだけど。
「それで、相手だが――」
「あ、相手?」
「そりゃあそうだろう。一国の姫の社交界デビューとあれば、その相手役も重要だ」
「一体誰?」
「それなんだが――」
そこでイヴェリオは渋い顔をした。
「少々手違いがあってな、本来予定していた相手が来れなくなった」
「え?」
じゃあまさか、踊るのは無し――。
「だから、最初の相手は私だ」
「――へ?」
アンジェリーナの思考は一時停止した。
「は、はぁ!?え、だって親子でしょう?」
「あぁ異例中の異例だ。だが、他に適任がいない。私も不本意だが、仕方あるまい」
「そんなぁ」
はぁとため息をつき、アンジェリーナは肩を落とした。
何という急展開。
初めてのパーティー参加に社交界デビュー。
しかも相手はお父様って。
もう呆れるしかない。
うなだれるアンジェリーナを横目に見つつ、イヴェリオは、今度は後ろのジュダに視線を向けた。
「ということだ。ジュダ、お前もアンジェリーナの護衛として参加してもらうからな」
「――え!」
予期せぬ命令にジュダは声を上げた。
「しかし、私はそんな大事なものに出席できるような立場では――」
「当然のことだ。お前はアンジェリーナの専属近衛兵なのだからな」
そんな。
王の命令は絶対。
だがジュダはまだ納得できずにいた。
「ですが、恥ずかしながら、式典服を持ち合わせておらず」
「ん?持っていないのか?ここに着任するときに通常の制服と一緒に渡すように言ったはずだが」
「え?」
はぁと深くため息をついて、イヴェリオは頭を抱えた。
「ったく、そういうことは無意味だとわからないのか。恥をかかせようにも、実際恥をかくのはアンジェリーナおよび私だぞ」
イヴェリオのその呟きにジュダははっとした。
そうか。わかっていはいたことだが、ここにいる他の兵士連中は皆エリート。
パレス出身の若造など、気に食わないに決まっている。
だから、わざと式典服を渡さずにいたのか。
俺に恥をかかそうと。
くそっ、馬鹿だろ。
国王様の言う通り、そんなことをしても意味がないというのに。
「わかった。式典服は改めて用意させる。お前は予定通りパーティーに出席だ。いいな?」
「はい!」
ジュダは姿勢をピンと伸ばして返事をした。
それにしても、大変なことになった。
戦勝記念日まであと一週間。
アンジェリーナとジュダは心の中で頭を抱えた。
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