第78話 新たな関係
翌日、所作の授業。
「すばらしい!実におしとやか。これぞ姫という名にふさわしい」
ダンスの授業。
「なんと美しいステップ!これならばいつ舞踏会に出ても文句ありません」
ピアノの授業。
「エクセレント!どうしたのですか?いきなりこんな難曲を」
――――――――――
「イェイ!優秀評定3つ!」
「――――」
どうしてこうなった!
ジュダは地面に崩れ落ちた。
あぁもうわかってんだよ!自業自得だろ!?
だからといって知らねぇだろ、こいつがそんな優秀だなんて。
いやよくよく考えてみればその他の数学とか歴史の授業とかは、なんか、訳わかんないくらい難しい内容やっていたような気もするけど。
俺、学校行ったことないから基準を知らねぇし。
どうにかなんねぇか?
ダメもとで国王に頼んではみたが――。
『お前とアンジェリーナの取り決めだ。こちらからは何も言うまい。それに、お前のプライドと引き換えに、あの子が真剣に授業に取り組むというのならば、安い物だろう』
一蹴されて終わり。
そりゃそうだよな。
国王様にとっては、一兵士の犠牲で長年の悩みを解消できるとあれば、願ったり叶ったりだもんな。
ジュダはアンジェリーナを見上げた。
笑顔でピースサインなんてしやがって。
「騙したのですか?」
「はぁ?人聞きの悪い。嘘なんてついてないよ」
「付いたじゃないですか!所作なんかは苦手だって」
「苦手だよ」
意味がわからないとジュダは眉間にしわを寄せた。
「あれらは要は、姫様として、姫様らしい品格を身に付けるためのものでしょう?そんなの嫌いに決まってるじゃん。だから、やる気を出すのが苦手なの」
屁理屈だろうが!
ジュダは再びガックシとうなだれた。
一方のアンジェリーナは爽やかな笑顔を浮かべている。
あぁこいつの心情を考えると腹が立つ。
俺があの条件出したとき、こいつなんて思ったのだろうか。
内心絶対ニヤついていただろ。
――腹をくくるしかないか。
ジュダは覚悟を決めて、立ち上がった。
「わかりました、約束は約束です。あなたは条件を満たしましたし、不本意ですが――」
「はいストップ」
話の途中、アンジェリーナは手をこちらに伸ばしてジュダを制止した。
「何ですか?」
「ほらそれ、約束でしょ?」
それって――敬語。
「あー」
アンジェリーナがギロッとこちらを睨んでいる。
くそっもうどうにでもなれ!
「わかった。わかったから、敬語は外す。これで文句ないだろ!」
「うん!」
満面の笑みでアンジェリーナは元気よく返事をした。
どうして俺がこんな羽目に。(自業自得)
「よし、じゃあ今日の稽古も、よろしくお願いします」
「あぁちょっと待て」
ぺこりと礼をしたアンジェリーナを、今度はジュダが止めた。
怪訝そうにアンジェリーナが顔を上げる。
「お願いだ。この敬語無し縛りは二人きりのときだけにしてくれ」
「えぇなんで?いちいち変えるの面倒臭いじゃん」
「こっちの立場も考えてくれ。他の使用人や兵士に見つかったらどうなる?ただでさえ異例人事で白い目で見られているのに」
これ以上立場をなくしてなるものか。
アンジェリーナはしばらくうーんと悩んでいたが、渋々という様子で声を絞り出した。
「――わかったよ」
「それから――」
「まだあるの?」
アンジェリーナは不満そうに声を上げた。
ジュダは深々と頭を下げた。
「頼むから、そっちが敬語にするのはやめてくれ。本当に立場がない」
「えぇー、だって、師匠と弟子といったら――」
「頼むから、お願いだ、頼む」
必死の懇願である。
その情けない声にさすがに悪いと思ったのか、アンジェリーナはため息をついた。
「わかった。じゃあこっちは今まで通りでいくから。安心して」
この約束を飲んでしまった以上、別に安心はできないのだが。
ジュダは不満を露わに顔を上げた。
「よし、じゃあ稽古だ。もうすぐ日没になっちゃうから、早く早く!」
元気だなぁ。
アンジェリーナとは対照的にジュダは肩を落とした。
――――――――――
「ほら、手首を柔軟に使う。おい、それじゃあ手がつるだろうが。こうやってもっと――」
敬語を外しての初指導。
きつい鍛錬ながら、アンジェリーナは喜びに満ちていた。
無理なお願いとわかっていながら、どうにか頼み込んだけど、まさかこんなにうまくいくだなんて。
もう最高!
いや、所作とか嫌な授業を真面目に受けなくてはならなくなったのは本当に残念だけど。
でも、まぁいっか。
一つ気にかかるのは、この約束で一番得をしていると思われるのが、お父様だってことだけど。
「足!もっと大きく開く。踏み込むときは体重移動を意識する。剣に力が乗らないぞ」
「わかった!」
それにしてもジュダ、なんかそっちのほうが生き生きしていない?
やっぱり無理していたんじゃん。
でも、敬語外せって言われていきなりこんなに自然にできるもの?
いや、自分から提案しておいて何言っているんだって話だけど。
「ねぇジュダ」
「――何だ」
休憩時間。
前科があるからか、ジュダは今まで以上の警戒を露わに、こちらを見た。
「すごい対応力だよね」
「あぁ?」
「タメ口」
ジュダはこちらをじと目で見た。
「お前がやれって言ったんだろうが」
「そうだけどさ、それにしてもなんか自然っていうか。なんか慣れてる?」
するとジュダはうっと言葉を詰まらせ、そっぽを向いた。
あれ、図星?
なおも諦めずにじぃっと見つめ続けると、観念したのか、ジュダははぁとため息をついた。
「昔、同じように教えていたことがあったってだけだ」
「え、初耳」
「言ってねぇからな」
不機嫌そうに顔を歪めつつ、ジュダは話し始めた。
「軍では、というかお前の嫌いな少年兵の間では、“師弟制度”というのがあるんだ」
「師弟制度?」
「軍入隊は10歳のとき、それから約2年間は適正を見たりするために、共同で訓練にあたる。まぁその間に戦地に行くこともあるんだがな」
戦地――。
難しい顔をするアンジェリーナを無視して、ジュダは続けた。
「その後12のとき、振り分けが行われる。言っても実践を経験することなんてほぼ無いから訓練の結果を受けて、だな。要はいい成績をもらった奴ほど、より活躍が期待される部隊に配属になるわけだ。そのときに、師弟制度が起用される」
やっと出てきた、師弟制度。
「師弟制度では、配属されたばかりの新人12歳と同じ部隊の16歳が組まされる。そんで、16歳の兵士が教官となって、12歳の兵士を指導するんだ」
「へぇ、なるほど」
「期間は基本的に2年間。訓練以外でも、生活面等々、様々な場面で面倒を見る。ちなみに同室にもなる」
「わぁ」
本当にみっちりだ。
私だったら息が詰まりそう。
「じゃあジュダは16から18まで教官をやっていたってこと?だからこんなに慣れてるんだ。教えるのもうまいし」
「――まぁそういうことだ」
あれ、今ちょっと照れた?
顔を背けられてよくわからないけど。
というか軍の内情をちゃんと聞いたのって初めてかも。
アンジェリーナはもう少し、尋ねてみることにした。
「ジュダのさ、弟子ってどんな人だったの?」
「ん?あぁ――一言で言えば、生意気な奴だな」
「え?」
「剣の腕は立つんだが、態度はでかいし、なんだかんだで俺には懐いてくれたが、最初なんてひどかったぞ?尊敬のかけらもない」
そんな人が軍の中に。
「どうやって懐かれたの?」
「ん?」
そこでジュダはふふっと笑った。
「一回本気の手合わせをしてやったんだよ。ほら、一番初めにお前にやったように。そしたら翌日には教えてください、教えてくださいってうるさいくらいに言ってくるようになりやがった」
なるほど、実力行使。
でも確かに、あれ見せられたら誰でもそうなるよね。
私だって。
「あ、だがそうだな。わかったぞ。俺がお前に指導しやすい理由」
「え」
ジュダはにやりと悪い笑みを浮かべた。
「似てるんだよ、お前ら。生意気なところがそっくり」
「なっ――」
「さぁもうすぐ日が沈む。休憩は終わり。再開するぞ」
「ちょっと!」
文句を垂れるアンジェリーナを置いて、ジュダはすたすたと歩いて行ってしまった。
はぁ。
でもなんか楽しいな。
閉鎖された城の中、アンジェリーナのもとに新たに一人、気の置けない兵士が加わった。
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