第76話 親子の日常
「ジュダってパレスだったんだね」
「ん?あぁ」
夜、食堂。
アンジェリーナはいつものようにイヴェリオとともに夕食をとっていた。
「言う必要もないだろう?」
「でも私の専属近衛兵なんでしょう?それくらいのプロフィールは――」
「第一、20歳そこらでお前の護衛なんかになっている時点で気付け」
うっ。でも確かにそうだ。
ジュダの年齢を聞いた時点で気づくべきだった。
あまりにも鈍い。
「パレス、かぁ。うへぇ」
「なんだその顔は」
アンジェリーナは苦い物を口にしたときのように、顔を歪めた。
「お父様だって本当は嫌いなくせに」
「好き嫌いでどうこうできるほど、政治は生温くない。実際少年兵制度はこの国の兵力を支える、無くてはならない機構だ。それを感情論で否定するのはあまりにも――」
「はいはい――誰かさんが政策を鵜呑みになんてするから」
冷ややかな気配を察知し、アンジェリーナは目を背けた。
それをじっと睨んでいたイヴェリオだったが、しばらくして、相手にしても仕方がないというように、再び皿に視線を落とした。
アンジェリーナもその様子を盗み見ながら、料理を口に運んだ。
2年前と比べて、親子の関係上何か変わったことがあるかというと、食事中の会話が増えたことだろうか。
今みたいに相変わらず衝突し合いながらも、会話量は圧倒的に増えている、気がする。
ただ一つわかったことがあるとすれば、お父様が、私との接触を極端に避けているかどうかに関わらず、食事時以外は会話することも、姿を見ることすらできないほど、忙しいということ。
まぁ、国王である手前、当たり前ではあるのだが。
だが同時に不思議にも思うことがある。
こんなに忙しいのなら、こうして悠長に食事している暇すらなさそうなものだ。
そういえばどんなに忙しそうなときでも、どんなに喧嘩中であっても、出張中でない限り、お父様は朝晩の食事を必ず一緒にとる。
思い返してみると、物心ついたときから今日まで、私は一人で朝夕のごはんを食べた記憶がほとんどない。
――――国王失格だけどね。
「パレスってさ、おじい様の発案なんだっけ?」
「いや、正確には違う」
再び話題はパレスについて。
「構想自体は先々代国王、つまりお前のひいおじい様が考えられたものだ」
イヴェリオはこちらをちらりと見た。
「ポップ大戦、お前はもう知っているな」
「うん」
今から70年ほど前に起きた大魔連邦との戦争。
あまり一般的に知られていないその戦争の事実を、私は2年前のあの時に知った。
辛くもポップ王国が大魔連邦を追い出し、時の宝剣をもって、巨大な壁を作り上げたということを。
「その戦争で失った兵力はあまりに大きかった。だからこそ、そう急に兵力を増強する必要があった」
「――それが少年兵」
「ああそうだ」
イヴェリオは一口水を含んだ。
「先々代国王はその構想を発案、実行しようとしたが周囲の反対にあい、断念。ただでさえ、戦争の責任を突きつけられていたからな。これ以上反感を買う余裕がなかったのだろう」
「でも、おじい様がそれをやった」
「あぁ。先代国王、現法皇は見事にそれをやってのけた。結果的に国力増強は成功。今もなお、安定した兵力を得られている」
嫌な話。
確かに国を保つためにはたくさんの力が必要。
でも、そのために物心つく前の子どもを利用するだなんて、やっぱり許せない。
ジュダを見て思ったけど、洗脳まがいのことをしているじゃない。
「お前、間違ってもその“パレス反対派”、法皇の前では見せるなよ。あの人のことだ。どんな手を使ってお前を矯正しにかかるかわからない」
そう言うとイヴェリオは不機嫌そうに肉を口に放った。
「――お父様、おじい様嫌い隠さなくなったよね」
その一言に、イヴェリオはこちらを睨んだ。
「あのな、過去を勝手に覗き見られて、いろいろ知られて、今更隠しておく必要もないだろう。下手にしらばくれるほうが逆に恥ずかしくなる」
おっと、カウンターが帰ってきた。
「あれは、不可抗力というかなんというか――」
「まぁいい。とにかく他言はするな。ジュダともうまくやるように」
そう言うと、ごちそうさまでしたと手を合わせ、イヴェリオはそそくさと立ち去っていった。
これから仕事か、大変だな。
お父様はああ言ってたけど、私、おじい様から矯正みたいなことされた覚えないんだけどな。
「ん、私もごちそうさまでした」
アンジェリーナは席から立ち上がった。
明日も剣の訓練だ。
早く時の宝剣に触れるように頑張らないとな。
よしと気合を入れて、アンジェリーナは自室へと戻った。
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