第75話 パレス
「構えが甘いですよ」
「腕を上げてください」
「足はもっと開いてください」
「力入れすぎです」
「あぁーもう、ぼろっぼろ」
アンジェリーナは大の字になって地面に倒れ込んだ。
もう全身あせびっちょり。
毎日毎日基礎練習の繰り返し。
木の剣を振るのはもちろん、それ以外にも基礎体力の向上や最低限の筋肉増強なども行っていた。
今まで城を駆け巡ってきたアンジェリーナも、本格的な訓練は初めて。
付いていくのにやっとで、もうへとへとになっていた。
でも、これが普通と思ってはいけないんだよね。
だって、こんなのたぶん、訓練でも何でもないんだから。
その通り。アンジェリーナが今行っているメニューは本来訓練と呼べるようなものではなく、実際の軍の訓練はこの何10倍、何100倍のキツさであるはず。
この程度でばてているようではどうしようもない。
「この先やっていけるのかな?」
思わずアンジェリーナの口から弱音が漏れた。
「まだ始めて一週間でしょう?急がば回れですよ」
降ってきた声に目線を上げると、そこにはジュダの姿があった。
「ほら、とりあえず休憩しましょう」
すごいなこの人は。
改めて思う。
私の想像もつかないような鍛錬を毎日続けてきたんだろうな。
「ジュダってこっちに来てから訓練とかってどうしているの?」
「毎日欠かさず行っていますよ。姫様の警護に就く前の早朝と後の夜に」
「へぇ」
うん。やっぱりすごい。
アンジェリーナは感心の目でジュダを見つめた。
よし、私も気持ちを切り替えなければ。
何か気分転換できるようなこと、できるようなこと――。
「あ、そうだそうだ。はいはい、休憩がてら質問タイム!」
「――なんですか」
いかにも嫌そうな顔をして、ジュダはこちらを見た。
親睦を深めるなら質問。
なんか前も似たようなことやった気がするけど、まぁいいよね。
「ジュダの誕生日っていつですか?」
その質問にジュダは怪訝な顔をした。
「それ、前に言いませんでしたっけ?」
「言ってないよ!前聞いたのは年齢だけ。今年20歳って言うから誕生日4月か5月でしょう?って私が言っただけ」
「じゃあそれでいいです」
「よくない!」
一歩も引く様子のないアンジェリーナに、ジュダは観念したようにため息をついた。
「5月1日です」
「おーなるほど。結構私と近いんだね。あ、ちなみに私の誕生日は――」
「4月26日ですよね。常識です」
アンジェリーナはむぅっと頬を膨らませた。
こういうとき王族ってつまらないんだよな。
誕生日も何もかも、公表されちゃっているんだから。
「ジュダってさ、歴戦の兵士なんでしょう?」
「――なんか、誇張されているような気がするのですが」
「だって事実でしょう?軍の中でトップクラスの剣の腕なんだから」
「ま、そういうことにしておいてください」
ジュダは面倒くさそうに言った。
さっきから適当にあしらわれている。
「今20歳なわけじゃない。それだったら、軍所属2年でこんなに腕を磨くなんてすごいよね」
「いえ、私は職業軍人ではありませんから、今年で10年目です」
ん?どういうことだ?
成人は18歳だから今は2年目のはずだけど。
あれ、職業軍人じゃないってことは――。
「私は“パレス”出身なので」
その言葉に、アンジェリーナのテンションが一気に下がった。
「あぁあの、パレス、ね」
なるほど、そりゃあ長いに決まっている。
久しぶりに嫌な言葉を聞いた。
その心中が表に出ていたのだろうか、こちらを見たジュダが顔をしかめた。
「何ですか?その表情は」
「――別に」
アンジェリーナはしらばっくれてそっぽを向いた。
「その反応、公然ではやめてくださいね」
「なんで」
「なんでじゃないでしょう。そういう態度は私含め、他パレス出身兵に失礼です。あの枠組みがなければ今頃私は生きていない。私はパレスに救われたんです。ですからそれを否定なさるのは、無礼を承知で申し上げますと、実に不愉快です」
ジュダは目つきを鋭く、怒りに満ちた表情でアンジェリーナを見つめた。
そんな顔で睨まなくても。
はぁ。パレス出身兵に限って、肯定・擁護派が多いのは本当だったか。
これもまたパレスの弊害。
ジュダ含め、他の兵士も何の悪気もない。
ただ、パレスが絶対正義だと信じ込んでいるのだ。
パレス、正式名称“
10歳未満の孤児を預かる孤児院であり、その正体は才能ある子どもを軍に斡旋する、兵士養成機関。
そう。この国には少年兵制度がある。
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