第74話 魔剣
ジュダによる、初指導。
初日から剣が使えないという予想外の展開はあれど、アンジェリーナは期待に胸を膨らませていた。
「まぁ、さっきも言いましたが、私には姫様の言う、“美しい”という意味はわかりません」
「ちょ――」
「ですが!」
黙らされた。
強い口調で、しかもちょっと睨まれたし。
「確かに、私の戦い方は他の兵士とはかなり異なるでしょう。実際、姫様にも合う戦術かもしれません」
「え、本当!?」
「まぁ、こればかりはやってみなかればわかりませんが」
アンジェリーナはぱぁっと笑顔を広げた。
本人からのお墨付き。
これは俄然やる気が出る。
「仕組み、でしたよね。まぁ、仕組みと呼べるようなものかはわかりませんが」
「でも、他の兵士はもっと力技って感じだったよ」
「確かに――って姫様?そんな兵士の戦術なんてどこでご覧になったのですか?」
「え」
ジュダがじとっとこちらを見ている。
これは、墓穴を掘ったかな。
「えーっと、探検中に城内の訓練場をちらりと」
「訓練場って、居住棟からかなり離れていますよ」
「いやぁ」
アンジェリーナは目をそらし、笑ってごまかした。
その様子にジュダがため息をつく。
「基本的に戦い方に決まりなどありません」
突然話を切り上げて、ジュダは本題に入った。
「そして戦術の良し悪しもありません。大切なのは、本人に会った戦い方かどうか。そして何より強いかどうか。当たり前ですが、最重要なことに変わりありません」
「強いかどうか――」
「私は、残念ながら他の兵士と比べると体格に恵まれていませんから、背も低いですし、筋肉も付きづらいですし」
強調して言ったなぁ。
本人気にしているんだ。
というか、筋肉付きづらいって言っても――。
アンジェリーナはジュダの体をまじまじと見た。
十分がっちりしているような気がするんだけどな。
あ、でも確かに線は細いかも。
「力技ではどうにも勝てません。ですから代わりに、柔軟に体を動かす戦い方をします。筋肉ガチガチの人は、逆に細かい動きが苦手ですから」
「なるほど」
「たとえ筋肉量が少なくても、使い方によっては十分戦えます。前に見せたように全身をしなやかに使えばいい」
ジュダは静かに剣を振ってみせた。
たった一振りでもそれがわかってしまう。
私の感じと全然違う。
動きが繊細。
どうしてか本人は否定するけど、やっぱりきれいだ。
「――聞いてますか?」
「あ、うんうん聞いてる。で、何だっけ?」
思わず見とれてしまった。
「姫様はポップ魔法に仕組みはご存じですか?」
「うん、それは知ってるよ」
「俺の力な?」
遠くで見ていたポップがすかさず口を出す。
それを即座にジュダが睨んだ。
この二人、案外相性良いのかな?
ジュダははぁと息を吐くと、説明を続けた。
「ポップ魔法は人の内なるポップ魔力を具現化させる方法です。戦闘においては武器の形で用いられます。そういうものは世間一般では、“魔剣”とか“魔弓”のように呼ばれます」
「魔剣や魔弓――」
なんだか響きがかっこいい!
「もしかしてそれも魔剣なの?」
キラキラした表情でアンジェリーナはジュダの剣を見つめた。
「ん?あぁこれも一応は魔剣です」
「“一応は”?」
ジュダは剣を掲げてみせた。
「魔剣にも無限に種類があります。今、軍で通常用いられている規格剣は身体強化と斬撃の機能を持ちます」
「ざ、斬撃!」
「ですが、この剣は安物なので、軽い身体強化しか機能がありません」
「ん?そうなの?」
アンジェリーナは剣をまじまじと見た。
「えぇ。先程姫様がおっしゃったように、ここの警備兵が持っていたこれより長い剣は、軍で統一規格化された剣です。通常兵士には一人一本無償で支給されます。ただ、私には体格的に合わないので。この剣は普通に街で買いました」
「――そ、そんな簡単に手に入る物が、歴戦をくぐり抜けてきたんだ」
やっぱり使い手次第ってことなのかな。
「はい、質問!」
アンジェリーナはぱっと手を挙げた。
ジュダはいきなりなんだという様子で、こちらに目を向けた。
「なんですか?」
「さっき、軽い身体強化って言ってたけど、それってどのくらいのものなの?」
「あぁそれですか。そうですね――例えば、前に姫様を捕まえたことありましたよね」
「え?あ、そうだね」
いつのことだろう。
何度も脱走・捕獲を繰り返しすぎて、どれを指しているのかわからない。
「あのとき城の3階から飛び降りましたが、あれくらいは造作もありません」
「え!?」
あ、そうだ思い出した。確か初日だ。
そういえば城から飛び降りて先回りされたんだった。
ん?待てよ。
「え、もしかしてだけど、昨日見せてくれたあの業って、あの、予備動作なしのジャンプって、身体強化のおかげ?」
「えぇそうですよ」
なんと!
「ず、ずるい」
「はい?別にいいでしょう?使うなとは言われてませんし」
「いやいや、そもそも木の剣同士の対戦だったでしょう?それを黙って魔法使ってただなんて――やっぱりずるい」
思い出してみればどの回の鍛錬でも、ジュダって腰の剣付けっぱなしだったような。
――ただ、それがありなのだとしても、敵わないことには変わりないのだろうけど。
「魔剣って私も使えるかな」
アンジェリーナはぼそっと呟いた。
「何言ってる?」
そのとき、ポップが口を挟んできた。
「え?なにって――」
「お前の扱おうとしている時の宝剣だって魔剣だろ?」
「――え」
そのときアンジェリーナの脳裏に2年前の記憶がフラッシュバックした。
『時空間を操ることができると云われている“時の宝玉”のうち一つ、“時の宝剣”です』
時空間を操る――あ!
「じゃあ時空間を操る魔法を持つ剣ってこと!?」
なるほど納得。
そのときはなんかピンと来なくて良く理解できていなかったし、さすがに2年前の出来事だからすぐに思い出せなかった。
「まぁ、ポップ魔法じゃねぇけどな」
「え?」
ポップがぼそっと呟いた。
いやいや今の相当重要でしょ。
「ポップ、今のなに?ポップ魔法じゃないって」
「あ?だってそうだろ。お前も色々聞いたんだ。わかると思うが、時の宝剣はポップ王国にあるといっても、今、ここにあるってだけだぞ?」
ん?どういうことだ?
アンジェリーナは首を傾げた。
「つまりは、だ。時の宝剣っていうのはたまたまポップ王国にあるってだけで、ポップの影響なんて受けてねぇの。だから、時の宝剣はポップ魔法じゃない――そもそも、時の宝剣のほうが俺より年上だろうが」
「あ」
そうだった。
時の宝剣って確か、魔界に魔法が生まれたのと同じくらいの時期に生まれてたんだった。
というか、ポップ魔法じゃないのか。
「ポップ魔法じゃないのに、うまく扱えるのかな」
「ま、そこは使者補正でどうにかなるんじゃねぇの?」
「そんな適当な――」
パンとここで突然音が鳴った。
ジュダが手を合わせている。
「はい。とにかく、魔剣どうこうの話は一旦置いておいてください。まずは何事も基本、木の剣をきちんと使えるようにならなければ何も使えません。ですから、明日からは徹底的に基礎練習を行います」
「えぇー、いや、はい」
アンジェリーナはぐっと気持ちをこらえ、うなだれた。
早くあの剣を持ちたい。
でも、ジュダの言っていることはもっとも。
ここは我慢してやるしかない。
だって、やっと剣術を習えるのだから。
期待に胸をときめかせ、ようやくアンジェリーナの剣術指導が幕を開けた。
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