第73話 指導開始

「昨日一晩考えました」


 イヴェリオの話から一夜明け、ジュダは職務開始早々、アンジェリーナに向き合っていた。

 おっと声を出し、アンジェリーナが心配そうにこちらの様子を伺う。


「剣術の指導、正式にお引き受けいたします」


 それが一晩考えたジュダの結論だった。

 当然、イヴェリオから釘を刺されたから、ということもある。

 だがそれ以上に、未来の話を知って、何より姫様本人の、強い意思の宿った目を見て、すっかり決意を折られてしまった。


「今までのご無礼申し訳ありませんでした」


 ジュダは深々と礼をした。

 しかし対するアンジェリーナは何も言わない。


 あれ、反応が無い。

 もっと盛大に喜ぶものだと思っていたが。


 ジュダは顔を上げてアンジェリーナの顔を見た。


「――何ですかその表情は」


 アンジェリーナは困ったように小首を傾げていた。

 まるで喜んでいるようには見えない。


「うれしくないんですか?」

「え、いや、うれしいよ、もちろん。でも、こんなあっさり認めてくれるなんて思ってなかったから――あ、もしかしてお父様に怒られたりした?」

「あぁいや、そういうことは――ですが」

「ん?」


 これは、今のうちに話しておくべきか。


 ジュダは昨日の顛末を包み隠さずアンジェリーナに打ち明けた。


「な、るほど?あー話したんだ、お父様」


 アンジェリーナは気まずそうに目を逸らした。


「すみません。本人の許可もなく、勝手に」

「いやいやジュダのせいじゃないでしょう。私もこれから剣を教わるんだから、ちゃんと話しておくべきだったと思うし。それにしてもお父様がこんな簡単に――よっぽど信頼しているんだな」


 なおも恥ずかしそうにアンジェリーナは目を合わせない。

 そりゃあそうだ。

 俺だって、自分の秘密を勝手に暴露されたら居心地が悪い。


 アンジェリーナはうんうんと、自分を納得させるかのように頷いた。


「うん、わかった。だからこの話は一旦おしまい。もう謝らなくていいからね」


 アンジェリーナは爽やかな笑顔でそう言った。


 これ以上触れるのは野暮だな。


 ジュダは話を切り上げることにした。


「それでは、今日は一日予定ありませんよね。でしたら早速鍛錬を――」

「あ、ちょっと待って」


 いつも通り稽古場に向かおうとするその足が止められた。


「実は昨日、ポップから提案があって――」


 ――――――――――


「せっかく何にも使ってないんだし、お前らのやり取り面白れぇから自由に使っていいぞ」

「ありがとう!ポップ」


 まさか、連日来る羽目になろうとは。


 ジュダは周りを見渡した。


 そう、ここは昨日訪れた禁断の森の中にある、ビスカーダの民の集落跡。

 ポップの提案とは、ここを剣術の訓練場として使ってよいというものだった。

 確かにここなら十分すぎるほどのスペースがある。

 稽古場よりももっとアクティブに練習ができるだろう。

 しかし――。


「大丈夫なんですか?雨の日以外は毎日ここでやるってことでしょう?そんな頻繁に外に抜け出して、国王様になんて言われるか」

「あぁ?イヴェリオなんかどうだっていいだろ?」

「どうだってって、お前なぁ」

「いいじゃん別にお父様なんて。気にすることないよ」


 姫様まで――。


 ジュダは言葉を詰まらせた。


「はいはい、じゃあ始めよう!ご指導お願いします」


 アンジェリーナはきれいに礼をした。


 えらい仕事を引き受けてしまった。


 ジュダははぁとため息をついた。


 ――――――――――


「それで?何をやるの?」


 アンジェリーナは興味津々という目でこちらを見てきた。


「そうですね。では、とりあえず剣を素振りしてくださいますか?」

「よしわかった」


 アンジェリーナは言われた通り、木の剣を一回振った。


「はいダメ」

「え!?」


 即中止にアンジェリーナは驚いた様子でこちらを見た。


「剣の握り方からなっていません。握り方はこう」


 ジュダは実際に剣を握って見せた。


「それから、力の入れ方も違います。確かに、すっぽ抜けてはいけませんが、力の入れすぎも厳禁です」

「入れすぎず抜きすぎず――難しい」


 アンジェリーナは眉間にしわを寄せた。


「あと――」


 ジュダはアンジェリーナの剣を取り上げた。


「これ、倉庫で拾ったんでしたっけ?」

「うんそうだよ」

「なるほど」


 ジュダは剣とアンジェリーナを見比べた。


「やっぱり体に合っていませんね」

「え?」


 アンジェリーナはきょとんとした。


「剣に合う合わないってあるの?」

「ありますよ。実際重たいでしょう?これ」

「うん、かなり」


 この姫様、今まで独学でやってきたんだもんな。

 そりゃあわからないに決まってる。

 それにしては意外と振り方も様にはなっていたが、あれか?本で見た感じか?

 それともセンスがいいのか。


「今日か明日に街で良いのがないか見てきます。ですから、今日はここまでです」

「えぇー!」


 アンジェリーナは不満を露わに声を張り上げた。


「仕方がないでしょう?合わない武器を無理に使えば体を壊しかねません」


 むぅっとアンジェリーナは口を尖らせた。

 なんと憎たらしい。


「ジュダの剣も、ジュダ仕様ってこと?」


 何だ突然?持ってる剣のことか?


「それそれ!」


 アンジェリーナが指さした先には、腰に携えられたジュダの真剣があった。


 あぁこれか。


「そうですよ。ほら」


 ジュダは木の剣を置き、代わりに真剣を取り出して見せた。

 おぉっとアンジェリーナが声を上げる。


「私、真剣って今までこんなに間近にみたことなかったんだよね――あれ、ここ」

「触らないでください」


 思わずジュダは後ずさった。


「ご、ごめん」

「あぁいえ、こちらこそ」


 しまった。強く言いすぎたか。

 ジュダはアンジェリーナの様子を伺った。

 幸い、気にしている素振りはない。


「それ、名前が掘ってあるんだよね?“ジュダ”って。大切なものなの?」


 刃の根元、そこには確かにジュダの名があった。


「えぇ、とても」


 ジュダはそっとその名をなぞった。


 大切なもの、ね?


「これは覚悟の現れですから」


 ん?と不思議そうにアンジェリーナは首を傾げた。

 しかしその心はすぐに次の興味へと移されたようだった。


「それってなんかちょっと短いよね。他の剣に比べると」


 アンジェリーナは再びこちらの剣を指さした。


「他の剣って、見たことないんじゃなかったんですか?」

「いや近くではってこと。普通に城の警備兵が持ってるやつとかは見たことあるし。それと比べるとなんかちっちゃい」


 ジュダはもう一度剣を掲げてみせた。


「確かに、そうですね。私は体つきが小さいですから」

「チビだもんな?」

「あぁ!?」


 突然の乱入者にジュダは声を荒げた。

 ポップがニヤニヤと笑っている。


「え、そうなの?確かにお父様よりは小さいけど、大人の男の人なんて全員大きいし」

「そりゃそうだろ。でも今にアンジェリーナの方が大きくなったりして」

「あ?」


 再びジュダはポップを睨んだ。


 だめだ、完全に遊ばれている。


「剣だけじゃなくてさ、ジュダってなんか、戦い方も違うよね。ほら、昨日のきれいな感じとか」


 話が移り変わったことにより、ジュダの苛立ちは収まった。


「昨日もそれ言ってましたよね。美しいって。自分ではわからないのですが」

「え!?あんなにすごかったのに?」


 アンジェリーナは信じられないという顔でこちらを見てきた。


 そんな顔で見られても。

 それに、はっきり言って“美しい”など、戦場で剣を振るう俺にとっては侮辱でしかない。

 剣とはもっと恐ろしくあるべきものだ。

 さすがに本人には言わないが。


「あれってさ、剣みたいにジュダに合ってるってこと?」

「ええまぁ」

「教えてよ!」

「はい?」


 アンジェリーナはきらきらに目を輝かせて言った。


「あれの仕組み!」

「いや、ですから何度も言っているようにあれは――」

「いいからいいから」


 こいつ、全く話を聞く気がない。


 ジュダは思わず顔をしかめた。


「私もできるようになりたいの、あれ!」


『お前の剣術のスタイルがアンジェリーナに合っていると思ったからだ』


 そのとき、ジュダの脳裏に昨日のイヴェリオの言葉がよぎった。

 目の前には期待に満ちたアンジェリーナ。


 国王様、こうなることがわかってたな?


 諦めも肝心だ。

 ジュダははぁと深くため息をついた。

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