第72話 重すぎる定時連絡

「は?会ったのか!?あいつに」

「え、あ、はい」


 毎日の定時連絡。

 ジュダはイヴェリオの執務室にいた。


 なるほど、、ね?


 イヴェリオは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 それにしても、前も思ったが国王様、意外と口が悪い。

 いや、たぶんいつもはこうではないのだろう。

 しかし前の姫様との会話よりも圧倒的に気が立っているというか。

 ――ポップのあの言い草から何となく予想はついていたが、おそらくこの二人、相当仲が悪い。


「あの、こんなこと聞いていい立場ではないのは重々承知なのですが」

「なんだ?言ってみろ」

「あの男がポップと名乗っていたのは――」

「あぁそうだな。あいつが自分で言ったというのなら、おそらく話してもいいということなのだろう」


 イヴェリオはふぅと息を吐いた。


「あいつがポップの精霊だというのは事実だ。まぁ正確に言えば、精霊ではなく、魂が抜け出した霊体なんだが」

「霊体――」


 なんだか聞いても実感が湧かない。

 いや、確かに姫様の体をすり抜けていた。


「禁断の森でポップと出会って、それからどうした?」

「はい。その後、剣術の練習のためにビスカーダの民?の集落跡に連れて行かれて――」

「ビスカーダの民!?」


 いきなりイヴェリオが声を張り上げた。

 ジュダの体がビクッと跳ねる。


「あ、あの――」

「どんな様子だった?」

「どんな――ただの広いだけの更地って感じでしたが」


 イヴェリオは何か考え込むように、口に手を当てた。


 森での姫様の反応といい、今の国王様の反応といい、ビスカーダの民、一体何なんだ?


「悪い。取り乱した」

「ビスカーダの民というのは?」


 イヴェリオはこちらに目を向けた。


 あ、しまった。

 許可もなく発言など。


「申し訳ございません。出過ぎた真似を」


 ジュダは急いで頭を下げた。


「ん?別に構わないが。――それにしてもポップの奴、初対面にしてはお前をずいぶん気に入っているのだな」


 ジュダは顔を上げた。

 イヴェリオの表情は怒りのひとかけらもなく、どうしてこちらが謝っているのか、という雰囲気さえ醸し出していた。


「ビスカーダの民はかつて禁断の森、もといビスカーダの森で暮らしていた先住民だ」

「“かつて”?」

「あぁ。今から10年ほど前に絶滅した。滅ぼした」

「え?」

「他に何か、気になることはあるか?」


 話を逸らされた。

 これ以上は聞くなということか。

 他に気になること――これを逃せばまた聞きづらくなるかもしれない。


「今日、姫様に剣術を教えてほしいと頼み込まれました」

「あぁ」

「それで――迷ってしまいました。そもそも王令にもかかわらず、どうしてそれに背く真似をしているのか、という話なのですが」

「ふっ、そうだな」


 笑った?

 国王様の笑う姿なんて、見たことがない。


「お前が、アンジェリーナへの剣術指導をためらうのには、何か理由があるのだろう?」

「――剣を持つ者には責任が付きまといます。それをまだ幼い少女に背負わせるのは――」

「そうだな」


 少しうつむき、イヴェリオは顔を上げた。

 その表情はとても穏やかなものだった。


「先に話しておくべきだったな。アンジェリーナがあれほど必死に剣を振るう理由を」




 それは、あまりにも、過酷な話。

 知り合って一週間のただの兵士が絶対に聞いてはならないような話。

 アンジェリーナの辿る運命を知って、ジュダは言葉を失った。


「急に悪いな。こんな話」


 ジュダはどうにか声を絞り出した。


「――逆にいいんでしょうか。私なんかが聞いても」

「なに、問題ない。お前は口が堅そうだからな」

「もちろんです。どんな話であれ、墓場まで持っていく所存です」


 そうか、と一言イヴェリオは発した。


「私はな、ジュダ。あの子に生きていてほしいんだ。だから、力になってほしい」


 真剣な眼差し。

 こういう顔は姫様とよく似ている。

 姫様が、なんで剣に執着するのか、その理由はわかった。

 だがまだ気になることがある。


「どうして私なんでしょうか。腕の立つ剣士なら、他にもいます。私なんかはまだ経歴も浅く、本来ならば姫様の近衛兵など務まるはずがありません」

「お前の腕を買っているの本当だぞ?私はお前が軍の中で一番の剣の使い手だと思っている」

「そんなこと――」

「シガリア紛争」


 ジュダは言葉を詰まらせた。


「調べてみてわかった。記録上はお前の上官が功績を収めたことになっているが、実際はお前の仕業だろ?それにそのときお前は――」


 ジュダは黙り込んでうつむいた。

 その様子に、イヴェリオは言葉を切った。


「あまり踏み込むことでもないな。とにかく、私はお前が剣術の達人だからこそ、安心してあいつの指導を任せられると考えている――それから、もう一つ」


 そこでジュダはぱっと顔を上げた。


「お前の剣術のスタイルがアンジェリーナに合っていると思ったからだ」

「スタイルが?」

「お前ならその意味、わかるだろ?」


 国王様、やはり底が知れない。

 こちらのことをよくわかっている。


「私も別に口が軽いわけではない。だからジュダ、頼むぞ。私はお前に、これからもずっとアンジェリーナのそばにいてほしいと思っているんだ」


 それは、一生懸けても背負いきれるかわからないほどの期待だった。

 それは同時に重圧となってのしかかる。

 ジュダは、決断を迫られていた。

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