第68話 ヒートアップ

「何者だ」


 ジュダは剣のつかに手をかけ、アンジェリーナの横の、見知らぬ男を睨みつけた。

 しかし、この緊迫した状況にもかかわらず、その男はへらっと笑ってみせた。


「へぇ、こいつが例の近衛兵か。ははっ、ずいぶん男前じゃねぇか。ちょっとチビだけど」


 カチン。


 地雷を踏みぬかれ、ジュダは思わず手が動きそうになった。

 だがすぐに正気を取り戻す。


 いや違う。今はそうじゃない。


「答えろ。お前は――」

「ねぇポップ、なんで入れちゃってるの!?私が追われて逃げ込んできたってわかってたよね?」


 ジュダの話を遮って、アンジェリーナはポップに訴えた。


「あ?だって面白そうだったから」

「もう!」


 にやりと笑みを浮かべるポップに、アンジェリーナがふくれている。


 こいつら、完全に無視しやがって。


「質問しているのはこっち――」

「あぁ?ギャンギャンうるせぇな。お前は犬か?――いや、そういや王様の犬には違いなかったな」


 な、何なんだこいつは。

 さっきから俺を煽るようなことしか言わない。

 姫様も姫様だ。

 どうしてこんなやつと親し気に――。


 そのとき、ジュダはふと、先程のアンジェリーナの発言を思い出した。


「待て、ポップ?ポップって言ったか?」


 ジュダははっとして男を見た。

 そして気づいた。

 その奥に煌々と輝く緋の玉があることに。


 なぜ今の今まで気がつかなかった?

 ずっと目の前の二人にしか集中していなかったのか。

 ポップというのは確か、宝玉の形をしていると聞いたことがある。

 じゃあまさか、あれが――。


「えぇっと、何て説明すればいいのかよくわかんないんだけど――」


 アンジェリーナは隣のポップを指さした。


「この人は、ポップの精霊、らしい」

「――は?」


 何を言っているんだ?


「そうそう、俺はポップの魂が抜け出た、要は霊なの。証拠にほら」


 すると、ポップは腕を持ち上げ、アンジェリーナの肩を叩こうとした。

 ジュダの手に思わず力が入る。

 しかし、ポップの手が体に触れようとしたとき、手は肩をすぅっとすり抜け、アンジェリーナの胸から顔を出した。


「ひやぁっ!――ちょっと、やめてよポップ!それ嫌いだって言ってるでしょ」

「別にいいじゃねぇか。何も感触ねぇだろ?」

「そういう問題じゃなくて、すり抜けるっていう行為が嫌なの!」


 一体これは、目の前で何が行われているというのか。


 ジュダは混乱して固まった。


 確かに手がすり抜けた。

 ということは、こいつは本当に霊なのか?

 いや、ポップに魂が存在するなど聞いたこともない。

 でもそれじゃあ今のは?


「どういうことかまだ理解できてねぇって顔だな?ふっ、まぁ当然か。突然こんなこと聞いちゃあ頭の中パンクするに決まってる。それに警護対象に、妙に親しい男が現れたら、警戒するのは当たり前だもんな」


 その言葉にジュダははっと現実に戻された。


 そうだ。こいつが何者であれ、俺の仕事は姫を守ることだ。

 とにかく、一刻も早く連れて帰らねば。


「ま、いいよ。今は信じなくても。帰って国王さんに聞いてみな?」

「え?国王に?」


 なぜ今国王が出てくる?


 きょとんとするジュダを前に、ポップは続けた。


「そうだ。俺に会ったってな――はは、あのイヴェリオのことだ。きっとしてくれるに違いない」


 そう言って、ポップは悪い笑みを浮かべた。

 おもしろくて仕方がないというような。


 それにしても、国王を呼び捨てとは何たる無礼。

 だがこの感じ、さっきの発言を聞くに姫様だけでなく、国王様もこの自称ポップと知り合いなのか?

 いや、俺が詮索することでもない。

 今優先すべきは――。


「姫様、帰りますよ。何はともあれまずはここを出てから――」

「いやだ」


 即答。

 アンジェリーナはじとっとこちらを睨んでいる。


「せっかく一人でゆっくりできると思ったのに、台無し。作戦も立てようと思ったのに」

「作戦?」

「あ」


 ばっとアンジェリーナは口を塞いだ。

 目がきょろきょろと動いている。


 作戦?なんだそれ。

 いや待てよ、まさかこいつも何か企もうとしていたのか?


「そんなことどうでもいいですから、早く」

「どうでもよくない!私の一大事よ」

「知りませんよ」

「知っといて!」


 あぁ段々イラついてきた。


 二人の熱はどんどん高まっていった。


「そもそも、どうして真剣に剣術指導してくれないの?王の命令は絶対じゃないの?」

「命令には従っています。剣術の稽古には付き合っているじゃないですか」

「付き合ってない!ただ私を圧倒してるだけでしょ?あれは教えてるんじゃなくて、ただ見せつけてるだけ」

「そうですよ」

「はぁ!?」


 もはや制御不能。

 完全に能面の外れたジュダは、本音を漏らした。


「第一、姫が剣を使うなんてありえないんですよ。馬鹿げてる。そんなこと、できるわけないじゃありませんか!」


 しんと場が静まり返る。

 互いに睨み合い、二人は沈黙した。

 森の音だけが耳に伝わってくる。


「私だって――」


 アンジェリーナがぼそっと漏らした。

 そしてキッと眉間にしわを寄せ、こちらを見た。


「私だってわかってる!そのくらい。でもやらなきゃいけないの!私は、剣を使えるようにならなきゃいけないの!だから、あなたに、剣術を教えてほしいと乞うてるの!」


 それは果たして子どもの癇癪かんしゃくか。

 アンジェリーナの真剣な眼差しに、ジュダはそれ以上の何かを感じた。


 こいつは一体――。


「はい、そこまで」


 ぱん、と手が鳴り、二人の体が飛び跳ねた。


「二人ともヒートアップしすぎ。俺がいること忘れてない?」


 ポップの言葉にジュダはようやく我に返った。

 と同時に、サーっと血の気が引いていくのを感じた。


 俺は、姫様になんてことを。

 不敬にもほどがある。

 こんなの下手したら処刑もの――。


「つーかさ、お前ってこんな言うキャラだったんだな」

「え?」


 ポップはこちらを指さした。


「もっとこう、融通の利かない固いやつってイメージだったけど。ほら、城の兵隊ってつまんねぇやつが多いじゃん?お前は違うんだな。いや真面目くんなのは事実かもしれねぇけど。――なぁアンジェリーナ?」

「――うーん、大真面目ではあるけど確かに、たまに私が何か言うとイラっとしてるような感じはするよね。ほら、目とか眉とか口がぴくっと動いたりしてさ」

「――え?」


 その発言にジュダは思った。


 バレてた!?


 ジュダはしゃがみ込みたくなる自分を必死に抑えた。


 10歳の子どもに自分の内を見抜かれていただなんて、恥ずかしすぎる。

 どうしよう。


「はっはっはっ、やっぱお前面白いな。気に入った」


 ポップの大笑いが森中に響く。


 この野郎。


「良かったな、アンジェリーナ。こんないい奴に剣術教えてもらえることになって」

「――まぁうん」


 さっきの口論のせいで気まずいのか、アンジェリーナは微妙な顔をした。


「待て、私はまだ教えるなど一言も――」

「ジュダ」


 呼びかけられ、ジュダはアンジェリーナを見つめた。


「不敬罪」

「なっ」


 先に冷静になったのはアンジェリーナの方だった。

 アンジェリーナはしたたかな笑みを浮かべた。


「なにしてもらおっかな?」


 やられた。


 二人の論戦はアンジェリーナに軍配が上がった。

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