第67話 追いかけっこ

 二人が改めて決意を新たにした、その翌日。


「あーもう、追いかけてこないでよ!」


 アンジェリーナはひたすらに走っていた。

 その背後にはジュダが。


 あ、の、姫様め!


 これまた全速力で追いかけていた。


 ――――――――――


 ことが起こったのは数分前。

 アンジェリーナはいつものように剣術の指導をお願いするのではなく、久しぶりに自由時間を城庭で過ごしていた。

 要は、アンジェリーナの作戦である。


 昨日あれから考えてみたけど、結局有効打は思い付かなかった。

 今日ここに来たのも、はっきり言って作戦を考える時間を稼ぐため。

 というか、普通に自室以外で一人になれる時間が全然なくて、もう限界っていうのもあるんだけど。


 アンジェリーナはちらっと後ろのジュダの様子を伺った。


 こんなところまでぴったりついて来なくていいのに。

 まぁ、仕事だから仕方がないんだろうけど。

 とにかく、この重苦しい束縛から逃れて、今後のことを考えないと。

 それには一人じゃ無理だ!




 姫様、今日は庭に行きたいだなんて一体どういうつもりだ?

 いつもならば自由時間が来るや否や『剣術教えて!』と、迫って来るのに。

 諦めたのか?いや、そんなわけがない。何か企んでいるのだろう。

 どう来る――。


 と、そのときだった。

 ふと目を離したすきに、アンジェリーナが猛ダッシュをかましていた。


「――は?」


 思わず意表を突かれ、固まるジュダをよそに、アンジェリーナはどんどんとその距離を離し、コーナーを回りかけた。


「あっおい、待て!」


 ここでようやく正気に戻ったジュダは急いでアンジェリーナを追いかけ始めた。


 ったく何なんだあの姫様は。急に走り出して。

 いやこれは日常茶飯事なのか?

 だが、この距離ならまだ余裕で追いつける。


 しかし、角を曲がった瞬間、突如として、ジュダの足が止まった。


「えっ」


 そこにはアンジェリーナの姿はなく、そればかりか高い塀に囲まれた行き止まりがあるのみだった。


 一体どこへ――。


 辺りを見回していたジュダはある一点に釘付けになった。

 ちょうど塀に、子ども一人が通れるかどうかというような、小さい穴が開いているではないか。


 あ、の、野郎!


 ジュダはぐっと拳を握りしめた。


 城の見取り図は頭に入っている。

 この先に行くには確か、一度庭を出て、そこから城の外縁を回っていくしかない。

 そんなことをしていたら、あいつに逃げられるに決まっている。


 ジュダは塀を見上げた。


「誰も見ていないでくれよ」


 家庭教師の目の前で窓から飛び降りたやつは一体誰なのか。

 そんなことを思い出す暇もなく、ジュダは数歩あとずさり、塀に向かって飛び込んだ。




「ふぅ、危ない危ない。この辺探検しておいて良かった」


 アンジェリーナは城の外縁の道をゆっくりと走っていた。


 あの抜け穴、私でも結構通るのきついんだよね。

 身長も年々大きくなっているし、もう来年は使えないかも。

 とにかく、絶対にあの近道は通れないはずだから、時間は稼げたはず――。


 と、ここで、アンジェリーナはふと耳に不穏な足音を聞いた。

 段々と近づいてくるような。


 ま、まさかね。


 アンジェリーナが恐る恐る振り返ると、そこにはものすごい形相で追ってくる、ジュダの姿があった。


「嘘でしょ!」


 アンジェリーナは前を向くと、必死に走り出した。


 なんでなんでなんで!もう来るの!?

 え、あの穴は通れないはず。

 いや待って、そういえばあの人、窓から飛び降りるような人だった。

 ということは、あの高い塀を飛び越えたの!?

 私の身長の2倍以上はあったでしょ!


「うわぁー最悪!」




 ジュダとアンジェリーナの追いかけっこは直線勝負になっていた。


 変な抜け穴がないこの道なら、こっちのほうが有利だ。


 ジュダの思う通り、アンジェリーナとの距離はぐんぐん縮まって行った。


 あともう少し!


 そのときだった。

 突然ぴょん、とアンジェリーナが左側の茂みに飛び込んだ。

 再びジュダの足が止まる。

 ジュダはアンジェリーナが消えたその先を見つめた。


「は?どうしてここに――」


 アンジェリーナが入ったその茂み。

 そう、それは禁断の森の入り口だった。


 一度入れば二度と出られない、禁断の森。

 正気か?あの姫様。

 いや待て、ここで考えている暇はない。

 追いかけなければ。


 ジュダは改めてアンジェリーナの行方を見つめた。

 暗く先の見えない森。

 どんな危険が待っているか。


 いや、危険だからこそ、なおさら早く行かなければ。

 俺は、あの方の近衛兵なのだから。


 ジュダは意を決して、森へ飛び込んだ。


 ――――――――――


「はぁーどうにか着いた」

「ははっ、ずいぶんお疲れのようだな」


 もう走る体力も気力も残っていない。

 アンジェリーナはぐったりとした表情で泉の前に座り込んだ。


「ポップ、もう助けてぇ」


 アンジェリーナは力なく、ポップを見上げた。


「ふっ、なるほど。お前にしちゃ手こずっているようだな。相当の手練れのようだ。兵隊さんは」

「へ?」


 ポップの目線の先、そこにはあろうことか、追手のジュダの姿があった。

 その手を、腰の剣にかけて。


「誰だ?お前」


 ジュダはひと際険しい表情で、ポップを睨みつけた。

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