第55話 定められた未来

「な、何から聞けばいいのか」


 一瞬の沈黙の後、イヴェリオは苦い顔でつぶやいた。


 驚きを通り越してもはや呆れているような。

 こうなってくるとどこから突っ込めばいいのかわからない。


 何とも複雑な表情を浮かべるイヴェリオに、ソフィアはふっと笑いかけた。


「そうですね、すみません」


 あまりの情報量の多さに、一周回って冷静になってきた。

 それではもういっそのこと根本から――。


「見えたのか?その未来が、映像として」


 それはもとより気になっていたことだった。

 千里眼、予知といっても一体どういう仕組みなのか。


「映像、というわけではありません。あくまで断片的にぱっぱっぱっと見えるだけで」

「ぱっぱっぱっと、か――その中にあったのだな?この子が剣を取る未来も、国が戦禍に包まれる未来も」

「――はい」


 ソフィアはそう言って目を伏せた。


 再び沈黙が訪れる。


 次に何を聞こうか。


 考えあぐねるイヴェリオが、先程のソフィアの発言を更っていたそのときだった。

 ある大きな違和感に気づいたのは。


「ん?というか待て」

「はい?」


 イヴェリオは思わず立ち上がった。


「“剣を取る”ってなんだ!?そんなことありえないだろ!だってこの子は――」

「ふふっ、、ですものね」


 イヴェリオはばっとソフィアの大きなお腹に目をやった。


「どういうことだ?この子はポップ王国の第一王女、姫となるはずだ。それなのに剣など――最も遠い存在のはずだろう!?」

「まぁそうなんですがね」


 ソフィアは再びふふっと笑った。


「どういう子に育つか、見たのか?」

「はい、一応は――ですがどうやらこの子は相当なやんちゃ屋さんのようですよ」

「なっ」

「私も少しずつし見ていないものですから、この子の性格を完全に推し量るようなことはできませんが――」


 ソフィアは天井を見上げた。


「いわゆる王族教育は大嫌い、よく逃げ出しては城の中を探検して回っている」

「は?」

「一方で算数や歴史といった勉強は大好き。結構頭も良いようですよ」

「えー?」


 イヴェリオの口からはぁっと長く大きなため息が漏れ出した。


「そんなもの、あっても仕方がないだろう。結局妃となり、国王を支えるようになるのだ。勉学など必要ない――」

「それ」

「え?」


 発言を遮り、ソフィアはぴっとイヴェリオを指さした。


「この子はそういう決めつけが一番嫌い。“姫様”呼びさえも毛嫌いしているようですし」

「あ?なんだそれは――ったく、一体誰に似るんだか」


 イヴェリオはやれやれというように、椅子に座り直した。

 そのときイヴェリオは感じた。


 ん?何か視線が突き刺さるような。


 見ると、ソフィアがじぃっとこちらを見つめていた。


「なんだ?」

「いえ――この子はあなたによく似ているな、と思って」


 イヴェリオは目を見開いた。


「どこが!?」

「前、話してくれたじゃないですか?勉強の合間に抜け出して王城探検したって」

「あれは別に――」

「それにほら、あなたも嫌いだったでしょう?“王子様”呼び。これでもまだ似ていないとおっしゃいますか?」


 怒涛の言葉責め。

 イヴェリオはうっと言葉を詰まらせた。


「ほらね?やっぱりあなた似なんですよ。ア――」

「ア?」


 何かを言いかけて、ソフィアはばっと両手で口を覆った。


 一体どうしたんだ?

 いや待て、これはもしかして――。


「名前か?」


 ソフィアはふるふると首を振った。

 しかし、焦ったその目がすべてを物語っていた。


「なるほど、確かに当然の話だ。断片的でも未来を見たのであればこの子の名前も聞いているはず。へぇ、“ア”から始まるのか?」

「さ、さぁ?」


 ソフィアは強張った笑顔で首を傾げた。

 その様子をイヴェリオはじぃっと見つめた。

 すると、ソフィアはすねたようにぷくっと頬を膨らませた。


「もう、いいじゃないですか。どうせあと一週間もすればあなたが名づけるのですから」


 普通、子どもの命名は、生まれる前と後、どちらの場合もあるだろう。

 しかし、カヤナカ家は違う。

 いつの時代からなのかはわからないが、生まれた子どもの顔を見てから、その子に真に見合った名前を付けるというのが伝統となっていた。


 さすがにフライングは無しか。


 珍しくソフィアをからかえたような気がして、イヴェリオはほんの少しの優越感を覚えた。

 しかしすぐに気づいた。


 今はそれどころではない。


「ゴホン、話を戻そう――さっきのお前の発言、“剣”って一体何なんだ?どうして、どういう経緯でこの子は」


 するとソフィアはすっと笑顔を引っ込めて真剣な表情を浮かべた。


「城の地下に、小部屋がありますか?中央に剣の刺さった」


 イヴェリオははっとして、目を丸くした。


「どうしてそれを――まさか、この子が取る剣というのは」


 イヴェリオは一気に血の気が引いていくような気がした。


「“時の宝剣”――ということは、この子は“時の宝玉”の使者となるということか!?」


 しかし、熱を増すイヴェリオとは対照的に、ソフィアは静かに首を傾げた。


 ああそうか。このことは、普通の国民は当然知らない。

 危うくソフィアを置いていくところだった。


 一つ深呼吸をし、イヴェリオはゆっくりと話し始めた。


「時の宝玉というのは、かつて、大昔に神によってもたらされたとされる宝具のことだ。時の宝剣はその片割れ。今からおよそ200年前、このユーゴンの地で巨大な争いが起こったときに、我々のご先祖が用いたとされている。それ以降、時の宝剣はカヤナカ家が保有するものとなっている。だが、確か50年ほど前から使者は現れていなかったはず――まさか、次の使者がこの子だとは」


 イヴェリオは目を細めて、その大きなお腹を見た。


 そんなことがあっていいものなのだろうか。


「じゃあさっきお前が言っていた巨大な戦争に巻き込まれるというのも、このせいで?」

「いいえ。それはきっかけの一つに過ぎません」


 ソフィアは遠い目で天井を見つめた。


「この子が剣を取ろうが取るまいが、国を揺るがす戦争は必ず起きます。そして確実に、あなたと、この子を飲み込んでいくでしょう」


 その発言にイヴェリオはぎゅっと唇を結んだ。


 だなんて、そんなの――。


「もっと詳細はわからないのか?敵が誰だとか、いつ起こるとか」

「申し訳ありません、そこまでは。ですが、一つ分かっているのは――」

「なんだ?」


 ソフィアは躊躇うように、ゆっくりと口を開いた。


「この子がその戦争に巻き込まれ、剣を取るのは、私と同じかそれ以下の年齢ということです」

「――は?そんなのまだ子どもじゃないか」


 イヴェリオは頭を抱えた。


「私のせいだ。結局私のせいで、お前だけじゃなく生まれてくる子どもさえ、酷な運命を背負わせるだなんて。そんなの容認できない。許されるはずが――」

「許す、許されるの話ではありません」


 ソフィアはきっぱりとそう言った。


「周りがどう抗おうとも、見てしまった以上、その未来は必ず訪れます。ですから、あなたがこれからどうしたいのか、それはあなたが決めてください。前に言いましたよね?『あなたが思う未来を進んでください、決して迷わないように』と」


 ソフィアの静かな声が上から降ってくる。

 今のイヴェリオにその正論は突き刺さる。

 イヴェリオは顔を上げることができずに、ただ自分の膝に肘をつき、組んだ手を額に押し付けていた。


 今にして知る。その言葉の真意を。

 唐突に思えたあの発言も、未来を知ってしまったからこそだったのだ。

 果たして、一瞬にして未来を知ってしまった彼女が、当時どんな思いだったのか。

 想像もできない。


「イヴェリオ様」


 すっかり黙ってしまったイヴェリオに、ソフィアは優しく語り掛けた。


「今話したのが、私が最も伝えたかった未来の話です。ですがもう一つ――」

「まだあるのか!?」


 イヴェリオはぱっと顔を上げてソフィアを見つめた。


「はい」


 ソフィアは覚悟を決めるかのように、ふぅっと長く息を吐いた。


「この子は、私の力を引き継いで生まれてきます」


 力。


「お前の力ということは、千里眼?」

「いえ、ビスカーダの一族の力は、別に親から子へと受け継がれるわけではありません。加えて、その種類も様々。“何かを見通す力”という共通点を除いては完全に別物の力なのです」

「じゃあこの子が持って生まれてくる力というのは――」


 ソフィアの真剣な眼差しがイヴェリオを貫いた。


「この子の力は“魂に触れた者の記憶を辿ることができる”というものです」

「記憶?」

「はい。つまりこの子は、その人の記憶を通して、を見通す力を持つのです」


 そのとき、私はまだ知らなかった。

 二人だけのはずの部屋に、背後から、もう一つの影が迫っていることに。

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