第54話 迷いなき選択

「隠し事?」

「はい」


 ソフィアは真剣な眼差しでイヴェリオの目を見つめた。


「あなたのを見たんです」

「――え?」


 静かな声でソフィアはそう言った。

 その言葉に、イヴェリオの脳内は一気にパニックに陥った。


「ちょ、ちょっと待て。いつだ?」

「あなたと二度目にお会いしたときに」

「は?」


 イヴェリオは唖然とした。


 そんな前から?


「泉の前、私がイヴェリオ様の頬に触れたことがあったでしょう?覚えていらっしゃらないかもしれませんが」


 泉の前、頬に触れられた――あ。


 そのとき、イヴェリオの頭の中に鮮明な映像が蘇ってきた。


 そうだ。確かにソフィアのもとを再び訪れたとき、顔に触れられたんだった。

 今思い出した。

 そういえば、あのとき、私の顔に触れた途端、ソフィアの顔が曇ったような気がしたんだ。

 あれってつまり、そういうことなのか?

 いやだとしたら――。


「ソフィア。それが本当のことならば、お前は半年前、私と出会って間もないころから、私の未来を知っていたということだな?」

「はい」

「それはつまり、なることもわかっていたということだな?」

「――はい」


 イヴェリオは息を飲んだ。


 なんということだ。


 イヴェリオの中で怒りとも悲しみとも言えない感情が湧き上がってきた。


「どういうつもりだ!お前は最初から知ってたんだな?故郷を追われることも、自分が死ぬことも。それをわかっていながら今まで黙って――」

「はい」


 ソフィアは穏やかな表情を浮かべていた。

 その目はすでに何かを悟っているような。

 その様子に、イヴェリオは言葉を失った。


「申し訳ございません、今まで隠していて。私も興味本位だったんです、あのとき未来を見たのは。ですが、まさか私と王子であるあなたが結婚する未来を見ようとは――私の力は、対象者に直接触れることで、その人の魂と接触し、未来を見れるというものです。つまり、あなたの言う通り、私はあなたの未来を通して自分の行く末を知った」


 なんて声をかければいいのかわからず、イヴェリオは口をパクパクさせた。

 そしてしばらく経って、ようやく言葉を絞り出した。


「知っていたのなら、どうして何もしなかった」


 イヴェリオは半ば睨みつけるようにソフィアを見た。


「自分の未来を予見していたのならば、どうして変えなかった!?こんな悲惨な運命――」

「イヴェリオ様」


 声を荒げる子どもを諭すかのように、ソフィアはあくまで静かだった。


「私に、未来を変えることはできません。私ができるのは“見る”ことだけです」


 見ることだけ?


「つまり、たとえお前が未来を予知できたとしても、その未来を変えることは一切できないということか?」

「はい。あくまで私、ですが」

「え?」


 ソフィアはふぅと息を吐いた。


「自分の未来は自分で変えるしかない。つまり、その未来を生きる張本人にしか、未来を変えることはできないということです」


 張本人にしか変えられない?


「え、ということは、お前が見た私の未来も、私であれば変えられるということか?」

「そういうことになりますね」

「な、――それならなおさら、どうして話してくれなかったんだ!?」

「未来を変えられるといっても、簡単な話ではありません」


 再び大声を上げるイヴェリオに対し、ソフィアはぴしゃりと言い放った。


「当人が、自分の未来を全く信じなければ、それが現実になることは永遠にない」

「え?」

「ですが、たとえほんの少しでも、起こるかもしれないと疑ってしまえばその未来は必ず訪れる。そういうものなのです」


 なんとも難しい話だ。

 全く信じないなんてこと、本当にできるのか?


「だがそれにしても話してくれたら――」

「もし、話してあなたがその未来を否定したら」


 ソフィアはそこで言葉を切り、イヴェリオの目をまっすぐに見つめた。


「私はあなたを通して自分の未来を見て思ったんです。あぁこの人と一緒に生きたいって。――ふふっ、言ったでしょう?これは私の選択なんだと。私はすべてを知ったうえで、故郷を滅ぼさせるという運命を知りながら、あえて何も言わなかったんです。ひどいでしょう?ぜーんぶ知っておきながら、百年以上続いた一族を根絶やしにして、身勝手に自分の幸せを取ったんですから」


 そう言うと、ソフィアはすっと真顔になった。


「私が選んだ未来なんです。だからあなたが責任に思うことは一つもない。私は今、幸せなのですから」


 言葉が見つからない。

 ソフィアの覚悟にイヴェリオは圧倒されていた。

 イヴェリオは口を開きかけては思案し、そしてどうにか声を出した。


「今になって話してくれたのはどうしてなんだ?」

「それは――」


 そこまで言いかけて、ソフィアはぐっと唇を結び、そしてその瞳をこちらに向けた。


「イヴェリオ様、もう取り繕うことは何もありません。私はこの子を産んで一週間のうちに命を落とすでしょう」

「おい――」


 反論しかけたイヴェリオを、ソフィアは手で制した。


「ですから、あなたに託しておかなければならないことがあるのです」

「託す?」

「はい」


 そう言うと、ソフィアは視線を落とした。


「この子のことです」

「この子って――」


 ソフィアの視線の先、そこには大きなお腹があった。


「私はあなたの未来を通して、自分の運命を知りました。それと同時にこの子の未来も」


 ソフィアは優しくお腹をさすった。


「イヴェリオ様」


 決意に満ちた声。

 イヴェリオはぱっと顔を上げ、ソフィアを見た。

 澄んだ瞳に自分が映った。


「この子はいずれ、王国存亡をかけた、巨大な戦争に立ち向かうことになります」

「――え」


 イヴェリオの口からぽとりと声が落ちた。

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