第52話 最高の贈り物
「ソフィア!」
城中に足音を響き渡させ、イヴェリオはソフィアの居室へ飛び込んだ。
普段見せたことのない、イヴェリオの取り乱しように使用人が目を丸くしている。
その横で、ソフィアはベッドに横たわっていた。
「そんなに急いで、大丈夫ですか?」
「大丈夫ってお前――」
それはこちらのセリフだろう。
イヴェリオはソフィアの隣に歩み寄った。
いつもと変わらぬ調子の一方、いつもよりも顔色が悪いような気がする。
声もどことなくか細いような。
「少し、外してくれないか」
「あ、はい。申し訳ございません」
イヴェリオがそうぼそりとつぶやくと、使用人はパタパタと急いで部屋を後にした。
ガチャンとドアの閉まる音が響いた。
イヴェリオはソフィアの手を握り、そのまましゃがみ込んだ。
「イヴェリオ様?」
「すまない」
イヴェリオは震えた声でそう言った。
「誤って済む問題ではないのは分かっている。許してもらおうなど――だが、だが、私は!」
そのとき、上からはぁと大きなため息が聞こえた。
「ポップの仕業ですね?まったく、ペラペラとしゃべって」
ソフィアはやれやれという雰囲気で頬を膨らませた。
その様子があまりに普段通り過ぎて、イヴェリオは自分との差に混乱した。
「な、なんでそんなに冷静でいられるんだ?まるで他人事のように」
「え?」
イヴェリオの困惑は苛立ちとなって現れた。
「死ぬんだぞ!?このままだと!」
イヴェリオはばっと立ち上がり、大声を上げた。
「第一お前、ポップが告げ口したように言ったが実際、ポップが言ってこなかったら私は、お前が死ぬその時までずっと何も知らずにいたということだろ?そんなのおかしい。つまり私を騙していたということじゃないか!」
そこまで言って、イヴェリオははっとした。
何を言っているんだ私は。
「わ、悪い。取り乱した」
イヴェリオはソフィアから顔をそむけると、その状態のままするすると再びしゃがみこんだ。
こんな八つ当たり、ソフィアにしてもどうにもならないというのに。
結局私という人間は――。
「悪いのは全部私だ。ポップの言う通り、私が無知であったのがいけないんだ。知ろうともせずにうわべだけの、かりそめの現状に現を抜かして何にもせずに――。お前は何も悪くないのに。こうなったのも全部、全部、私が――」
「イヴェリオ様」
ぼそぼそとまくし立てるイヴェリオを遮り、芯のある声が通った。
「そんなにご自分を責めないでください。あなたのせいではありません」
「でも!」
「私が、あなたと一緒になりたかったんです。隠し事をしてでも、あなたを騙すような真似をしてでも。すべては私の意思なんです。だから後悔などしていません。イヴェリオ様は?私と結婚しなければよかったと思っておられるのですか?」
まっすぐな瞳に見つめられて、イヴェリオは何も言えなかった。
無言の肯定。
ソフィアはその返事に満足したように、いつも通り優しく微笑んだ。
その笑顔の眩しいこと。
その光に、イヴェリオは自身の心の影がどんどんと濃くなっていくのを感じた。
「――だがソフィア、私は」
罪悪感に耐え切れず、イヴェリオが思わずそうつぶやくと、ソフィアはふぅと一つ息をついた。
「私、赤ちゃんができたんです」
「――え?」
今、なんて?
「さっき倒れて、お医者様に診ていただいたときに分かったんです。今3か月だそうですよ」
イヴェリオはまじまじとソフィアの顔を見つめた。
ソフィアはどこかからかっているような素振りもなく、まっすぐにイヴェリオを見ていた。
その様子にようやく、イヴェリオはソフィアの発言が真実であると理解した。
「子ども?私とお前の?」
「はい。ってそれ以外何だというのですか?」
呆然とするイヴェリオを前に、ソフィアはふふっと笑った。
ソフィアにしては、イヴェリオのこの反応は最低極まりなかったに違いない。
何せ、“うれしい”、“ありがとう”の一言もなかったのだから。
だが、当時の私がこんな調子だったのも仕方がない。
素直に喜べるような状況ではなかったのだから。
“赤ちゃんを身に宿す”、その事実は混乱する私をますますかき回した。
「どうしてそんな顔なさるのですか?もっと喜んでくださいよ」
あまりに沈んだ顔をしていたのだろうか。
ソフィアは眉間にしわを寄せ、口を尖らせた。
「いや――だがお前、あの、その、子どもなんか産んだら――」
「お医者様いわく、もって一年だそうです。たとえ子どもを産まないとしても、です」
ソフィアはきっぱりそう言った。
イヴェリオは目を見開き、改めてソフィアを見つめた。
「急激に体内の魔力量が低下しているらしいんです。ですから、はっきり言われました。無事に子どもを産めるかどうかはわからないと――でもイヴェリオ様」
ソフィアは優しく微笑んだ。
「この子を産まないなんて選択肢、あなたにはないでしょう?」
答えなどわかりきっている。
イヴェリオは黙り込んだ。
「ほら、やっぱり。もちろん、私にもそんな考え毛頭ありません」
「でも子どもを産めばお前は――お前は、死んでしまうのだろう?」
イヴェリオはどうにか声を絞り出してそう言った。
情けなくも、上目遣いでソフィアを見る。
「どっちにしろあと一年の命です。ですが、そんな私に最高の贈り物が舞い降りてくれたんです。私はこの命をもって守り抜きます」
ソフィアの目はきらきらと輝いていた。
今更私が何を言っても遅いのだと、そう自覚した。
そもそもなにも言えないくせに。
すっかり口を閉ざしてしまったイヴェリオに、ソフィアはニコッと笑いかけた。
「ですからほら、笑ってください。待望のロイヤルベイビーですよ?私たちの子どもが生まれるんですよ?これは最高に幸せなことなんですから」
笑えなかった。
ただもう、どうしようもない自分のやるせなさに押しつぶされそうになりながら、でも目の前の彼女をこれ以上悲しませたくなくて――私はただただ堪えていた。
泣かないように、泣かないようにと。
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