第51話 住む世界
そのとき私はすでに気づいていた。
ポップから吐かれる暴言の数々が、自分やそこらの貴族の戯言なんかより、ずっと正しいということに。
だから、たとえどんなに受け入れがたい事実を突きつけられたとしても、心の底ではわかっていたのだ。
それが真実であると。
――――――――――
「殺すって誰が誰を――」
「てめぇがソフィアをだよ」
ポップは冷たい目でイヴェリオを見下ろしていた。
こいつは、何を言っているんだ。
イヴェリオはその意味を全く理解できなかった。
「ど、どうして私がソフィアを殺さなくてはならない?そんなことあるわけが――」
「あるんだよ、それが。お前がソフィアをこの森から追い出した時点でな」
「え?」
ポップはにやっと笑って指をくるくると回し始めた。
「お前、ビスカーダの民がこの森を追い出されていたってことも知らなかったんだったら、当然そいつらがその後どうなったかも知らねぇよな?」
「――どこか辺境にでも飛ばされたんじゃないのか。適当な仕事をあてがって」
「おう!よくわかってんじゃん」
そこでポップはピタッと指の動きを止めた。
「そいつらたぶんもういねぇぞ」
「え?」
ポップはこういうことをさらっと言う。
おかげでこちらは頭がついていかないのだ。
「いないって――」
「ふふっ、まーたそうやって呆けた顔をする。ほんと期待通りの反応で楽しいわ」
「いいから早く教えろ」
イヴェリオは声を荒げ、ポップを睨みつけた。
だが不思議なのは、イヴェリオが苛立てば苛立つほど、自身がどんどん追い込まれていくような気がするということ。
ポップがどんどん優位に立つような気がすること。
イヴェリオの癇癪に案の定、ポップは余裕綽々でにやっと笑った。
「禁断の森が特殊だってことは散々聞いたよな。
「あぁ」
「その逆だよ」
「逆?」
ポップは再び指をくるくると回し始めた。
「よくよく考えてみろよ。そんな特殊な森にもう何百年も暮らしてんだぞ?当然普通じゃないよな?そうだよ、普通じゃねぇんだよ。あいつらビスカーダの民はここで生活していけるように体質を変化させてるわけ。要は進化してるってこと――じゃあ、そんな特殊環境に適応した民が普通の外の世界に出たらどうなるのか」
そこでポップは目を細めてこちらを見た。
「答えは簡単だ。普通の奴らが禁断の森で生きられないように、ビスカーダの民もまた、外の、いわゆるお前らの普通の世界では生きられないんだよ。だってそうだろ?ビスカーダの民にとっては、この、禁断の森が普通の世界なんだからな。こんな特異な環境に馴染んじまったせいで、奴らはもう、この森でしか生きられなくなってたんだよ」
その事実に、イヴェリオはまたまた固まった。
「ふっ、信じられねぇか?それなら試しに調べてみればいいだろ。王族様なら戸籍の一つや二つ簡単に手に入るだろ?そうして自分の目で確かめればいい。2年前に出て行ったビスカーダの民が一人残らず死んでるってことをな」
何も言葉が浮かんでこない。
反論の余地がない。
いや、反論できるほどの要素を私が持ち合わせていないのだ。
私はあまりに知らなすぎる。
「っつーわけで、今現在、ビスカーダの民はソフィアただ一人。最後の生き残りってわけだ。でも?今回の結婚のおかげで?晴れてビスカーダの民は全滅する。いい気分だろ、邪魔者を排除できて、王族様は」
「――んなわけないだろ」
「あ?」
イヴェリオは頭の中がカーッと熱くなるのを感じた。
「そんなわけないだろ!どうして私がわざわざとどめを刺さなくてはならない?どうして妃を殺さなければならない?そんなのおかしいだろ」
「おかしくねぇよ、全然な」
ポップは笑顔をすっかり消して、冷たく言い放った。
「自分には関係ないって?そりゃねぇよな?だってお前、何も知ろうとはしなかったよな?俺結構ヒント与えたと思うんだけどな。ほら、“無知は罪”なんて気取った言葉なんか使って、はぁ今思い出しただけで恥ずかしいわ」
ポップはわざとらしく顔を手で覆った。
しかしすぐに顔を上げてこちらを見た。
「なぁイヴェリオ、そんなにイヤイヤ言うんだったらさ、てめぇがどうにかすればいいだろ。国王なんだろ?そもそも何が悪いのか、統一民族政策か?だとしたら政策転換すりゃいいだろ」
イヴェリオは押し黙ったままうつむいた。
「えー?なんでそこで黙るかな。あ、そうか。お父さんに頭が上がらないんだ。あーあ、あんなに結婚騒動で反発したくせに、結局逆らえずに
ふん、と鼻を鳴らしてポップはイヴェリオを見下ろした。
蔑んだ視線が息苦しい。
イヴェリオはゆっくりと顔を上げ、ポップに向き直った。
「ソフィア、ソフィアは本当に死ぬのか。何か対処法は――」
「ねぇよ。あいつがそのままお前のそばにいる限りな」
そばにいる限り?
ということは――。
「まだ間に合うということか!?今、ソフィアをこの森に戻せばそうしたら――」
「おいおい馬鹿言ってんじゃねぇよ王族様よ。今更妃を手放すなんて真似、できると思うのか?お前は国民を裏切るつもりか?一体何年待たせたと思ってる。それに、それこそオルビアの野郎が許す訳ねぇだろ」
イヴェリオは口をつぐんだ。
その通りだ。今更何を言っているんだ。
強行的に結婚したのは自分のくせに、それを自分勝手に解消するなどできるはずがない。
「まぁ、俺は?てめぇがどうなろうと、この国がどうなろうと知ったこっちゃないけどな。――ていうかそもそもデッドラインはもう来ちまってるんじゃねぇのか?」
「え?」
「ソフィアがここを出て四か月、もう何らかの症状が現れていてもおかしくねぇって話だよ」
「おい、ちょっと待っ――」
ピリリリ、ピリリリ。
そのとき突然、イヴェリオのポケットから電子音が響いた。
何か胸騒ぎがする。
イヴェリオは手を震わせながら通信機を手に取った。
「私だ」
「国王様、大変です!妃様が――!」
ドクンと一つ、大きな鼓動が体中に響いた。
イヴェリオはなりふり構わず、城へと走った。
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