第50話 罪の真相
「存在しないってなんだよ」
ポップの言葉にイヴェリオは混乱していた。
「嘘つけ!じゃあソフィアはどうなるんだ。あいつが嘘ついているって言うのか!」
明らかに苛立つイヴェリオを見て、ポップは半笑いで答えた。
「あぁ悪い悪い。ちょっと語弊があったかもしんねぇな。“存在しない”んじゃなくて“存在してた”んだった」
「存在してた?」
「そ。つまり、ビスカーダの森の民はある時からいなくなっちまったってこと。いつだかわかるか?」
イヴェリオはこんがらがった頭をどうにか動かした。
そしてある一つの結論にたどり着いたとき、その目はみるみる間に大きくなっていった。
「まさか――」
「ふふっ、いい話をしてやるよ」
そう言ってポップは木にもたれかかってイヴェリオを見下ろした。
「統一民族政策」
「え?」
「知ってんだろ?」
突拍子もなく出てきた言葉に、イヴェリオは戸惑った。
統一民族政策は多民族国家であるポップ王国を変革する重要政策の一つだ。
これはオルビアが国王になって間もなく掲げたもので、もう何十年も続いている問題である。
いきなり民族を統一するというのだから、それ相応の反発はある。
実際それが原因でいくつもの諍いが起きている。
だがどうして今それを――。
「その王族様なら知っているであろう政策、それは当然ビスカーダの森の民も例外じゃなかった。実際、王宮は何度も何度もこっちに交渉を持ちかけた。“どうにか森を出て純正ポップ王国民になってくれませんか?”ってな」
おどけた口調がいちいち癇に障る。
ポップは続けた。
「だがこっちがそれを飲むわけがねぇだろ。ここの民はその提案を断った。それだけじゃなく、そもそも交渉の場に乗ることさえ拒んだんだ」
「え?」
イヴェリオは眉間にしわを寄せた。
「そんなことできるのか?王宮直々の勅命なら、断れば強制連行されてもおかしくはずだろ」
「そう!そこがここの民の特殊なところなんだよ」
ポップはわざとらしく指を一本立ててみせた。
「ここの森はなんだ?」
「なんだって禁断の――」
「そうそう禁断の森!ここには何人たりとも入ることができない不思議な森。じゃあ問題。その森で暮らす人をどうやって連行すればいいんでしょうか?」
「――!」
そうか。ビスカーダの森の民は特殊。
いわばこの森はそこで暮らす民にとっては最強の要塞というわけか。
「お願いを聞いてくれない。交渉もできない。会うことすらできない。王宮は困り果てた。どうしたらいいんだー!ってな」
いちいち気にしていたら仕方がない。
イヴェリオは沈黙を貫いた。
「そこで奴らは思った。“じゃあ出ていかせればいいんじゃね?”」
「え?」
ポップはそこでにやりと笑った。
「お前もソフィアに教えてもらってただろ。ビスカーダの森の民の一番の収入源」
「カイコ、つまり養蚕業だろ」
「そうそれ。王宮側もそのことは知っていた。だから奴らが取った行動っていうのが、その収入をきっぱり断つことだったんだよ」
イヴェリオは言葉が出なかった。
ポップはすらすらとしゃべり続ける。
「要は圧力ってこと。例えば買取の店に賄賂でも渡して、禁断の森の民の糸は買い取らないように言ってみたり。森籠りの民といっても自分たちで完全に自給自足できてるわけじゃねぇし、金がなきゃやってらんないのは一般庶民と同じ。その後はどうなるかわかるよな?森の民の生活はどんどん困窮していった。そしていよいよだめになって交渉のテーブルに着くことにしたんだ。これがつい2年前の出来事」
「2年前?」
割と最近の話だ。
ソフィアが今20だから、2年前は18歳のときか。
「交渉はたった一回だったらしぜ。王宮側はもう準備万端って感じで。こっちが口を出す間もなくぽんぽんとありとあらゆる契約をさせられたらしい。結果、ビスカーダの森の民は森を出ていくことになった。もちろん王宮側が手厚いサポートを申し出たさ。住む場所とか仕事とか。だがそんなこと微々たる手間だろ?こうして奴らは悲願達成めでたしめでたし!――のはずだった」
ポップはそこで声のトーンを少し落とした。
「でも奴らにとって予想外のことが起きた。すべての契約が終わり、お開きになろうとしていたそのとき、森の民はこう言った。『要求の通り、我々は出て行こう。もはや文句は言うまい。だが残念ながら森の所有権は長にある。我々が勝手に森を明け渡すことはできない』」
「え?」
「どうだ?話がつながってきたんじゃねぇか?」
ポップの言う通り、イヴェリオは頭の中の点と点がようやくつながっていくのを感じた。
森の所有権は長が持つ。
ということは、長が出て行かない限り、禁断の森はビスカーダの森の民のもの。
さっきのポップの話が本当なら、その長っていうのは――。
「ソフィア」
言ってからイヴェリオは思わず口を覆った。
声にして分かる。
その事実がどんなに重いものなのか。
その様子にポップはにやっと笑った。
「その当時、ソフィアの前の族長は、自分たちの生活苦を顧みて、もはやここにはいられないと悟った。だが同時に自分たちがここを離れてはいけないということも理解していた。ビスカーダの森の民はここに残ってある秘密を守るっていう使命を持っていたからな。だから苦渋の決断をしたんだ」
秘密?
今、ポップの口から何か重要な言葉が出たような。
しかしポップは気づいていないのか、そのままスルーして話を続けた。
「元族長が下した判断っていうのが、“力を持ったソフィアを長とし、ソフィアを残して、それ以外の全員が森を出て行く”ということだった」
イヴェリオは再び言葉を失った。
「力っていうのは知ってるよな?ソフィアの場合は千里眼だが、ここの民はそういう力を持った奴が次の長となるのが習わしだったからな。当時18のソフィアはいきなり長になっただけじゃなく、ずっと一人で生活していかなくちゃならなくなったんだ」
イヴェリオはソフィアとの会話を思い出していた。
あいつは頑なに他の民に私を会わせようとはしなかった。
不思議には思っていた。だが私は――。
「普通気づくよな?」
ポップは煽り腰にイヴェリオを見下ろした。
「半年も通って、ソフィア以外の誰とも会わなかったら。普通、おかしいって思うだろ。ま、法皇のことだから情報統制してるんだろうけど、お前も王族なんだからさ、頑張って調べれば何かしら出たんじゃねぇのか?結局、お前は何も気づかずに罪を犯したんだよ」
すっかり黙り込んだイヴェリオを見て、ポップははぁと息をついた。
「そんで、それからどうなったかっていうと、まぁ、わかるだろうが?つい半年前やってきた王族様にほだされて、ソフィアはまんまと森を出ることになっちまったと。――つーか、俺、お前に言いたいんだけどさ、あの腹黒オルビアがどうしてあんなすんなりソフィアとの結婚を許した思ってんの?」
「それは――」
「周りのうるさい貴族を黙らせるため?――ふっ、そんなことでわざわざ最底辺の原住民を妃になんかするかよ。リスクがでかすぎる」
ポップはこちらをビシッと指さした。
「いいか、オルビアが欲しかったのはこの森。奴が何十年とかかって手に入れられなかった禁断の森なわけ。はっきり言ってお前なんかどうでもいいの」
ポップの放つ、一言一句がイヴェリオの心をぐさりと刺さる。
無知は罪。
かつて奴に言われた言葉が今になってようやくわかる。
だが一つ気になるのは――。
「そもそもの話、どうして王宮はここを手に入れなければならなかったんだ?そんなに血眼になって」
「それはまぁ、俺がいるからだよな」
「え?」
イヴェリオは改めてポップに視線を向けた。
「よーく考えてみろよ。国を動かす最強の石がどうして原住民の持ち物なんかでいられる?普通なら、国を統治する王家が直々に管理するのが道理だろ。だから王宮は何としてでも森を、いやポップを手中に入れなきゃならなかったんだ」
そうか。こんなに近くにあるのに森もポップもビスカーダの民のもの。
そんな状況王宮が容認できるはずがない。
少し考えればわかることだ。
「ま、お前も実際に経験して分かっただろうけど、たとえこの森の所有権を王家が持っていたとしても?俺がいる限り、奴らが
「じゃあ、その無駄な行為のためにソフィアは故郷を捨てなければならなかったというのか?」
「あ?」
イヴェリオの発言にポップは一気に表情を変えた。
しかしポップは一瞬にしてニヤついた顔に戻り、改めてイヴェリオを見つめた。
「俺さ、お前のこと別に嫌いじゃなかったんだぜ?いや信じてもらえないとは思うけどよ、一応ソフィアが惚れた男だし。でも――」
そのとき、イヴェリオの体がびくっとはねた。
ポップの冷たい視線がイヴェリオの目をまっすぐに貫いた。
「所詮お前も王族様だったってことだな。俺の大嫌いな。なぁ王子さん、いやイヴェリオ」
ポップは言い放った。
「どうだ?一人残らず全員殺す気持ちは?」
「――は?」
その発言は、イヴェリオの脳内に深く刻まれた。
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