第43話 清純な交友

 半年が経っても未だイヴェリオの結婚相手は見つからず、半年前と同じように毎月舞踏会が開かれていた。

 一方で、イヴェリオはほぼ毎週のようにソフィアのもとへ通っていた。

 しかし女嫌いを通しているイヴェリオに恋愛経験があるはずもなく、気の利いた話などできるわけもなく。

 話すことといえば政治のこととか、家臣の愚痴だとか、全く面白くないことばかりだった。

 ただ、ソフィアはそんな話も嫌な顔一つせずに、穏やかな顔で聞いてくれていた。

 半年前はあいまいなまま思考をやめていたイヴェリオではあったが、時が経つほどに、自然と、ソフィアに対する気持ちが何なのか、わかってきていた。


「ビスカーダの森の民の暮らしぶり、ですか?」

「ああそうだ」


 今日もイヴェリオはいつものように禁断の森の泉に来ていた。


「知り合って半年ほどになるが、私はこの森で、お前以外の人を見たことがない。秘匿された民族とは聞いているが、実際どうやって生活しているのか今更気になった」

「そうですね――私はイヴェリオ様とこうしてお話しするのは楽しいですし、別に何の問題もないのですが、あまりずかずかと集落にまで入られると嫌がる人もいるかもしれないので」


 ソフィアは軽くうつむきながらそう答えた。


 やはり、よそ者を嫌う風潮はあるのだろうな。

 だから姿も見せずにいるのか。


「暮らしぶり、でしたね」

「ああ」


 重くなってしまった雰囲気を取り払うように、ソフィアはぱっと笑顔を見せた。


「ビスカーダの森は大きいですから、ある程度自給自足は可能ですよ。森の中でも日の当たる場所はありますし、野菜なんかを育てています。あとは――」


 ソフィアはおもむろに立ち上がり、茂みのほうへ近寄った。

 探し物をしているのか、きょろきょろしている。

 しばらくして、ソフィアは何か見つけたのか、イヴェリオを手で招いた。


「これ見てください」

「これって――」


 葉っぱの上にいたのは白い体をした芋虫だった。


「な、なんだこれは」

「アラビアルカイコです」

「アラビアル?アラビアルといえば、ポップ王国よりはるか西、ユーゴン大陸内陸の国だな」

「はい。私たちはこのカイコから生糸を紡いで生計を立てているんです」


 そうだ思い出した。

 アラビアルカイコの絹織物といえば、最高級品と言われている代物じゃないか。

 だがそれこそ西側の、一部の国にしか生息していなかったはず。


「確かにポップ王国にはほとんど生息していません。ですが、この森はかなり特殊な生態系を持つので、こうした本来なら生きられないはずの生き物が結構いたりするんです。私たちはそれを利用して、カイコの繁殖をしているんですよ」


 なるほど、そうだったのか。

 こうしてみると、いかに自分が世間知らずなのかを思い知る。

 いや、今まで知ろうともしていなかったのか。


「ありがとう――」


 そのときイヴェリオは気が付いた。

 ソフィアの顔との距離がとても近いことに。

 カイコをのぞき込むあまり、気づいていなかったのだ。


 ソフィアと目がばちっと合った。


 きれいな瞳が、まつ毛の一本一本がはっきり見て取れる。


 ソフィアは何も言わない。


 イヴェリオはゆっくりと顔を近づけた。


「む!?」


 そのとき、イヴェリオの口をソフィアの手が塞いだ。


「だめですよ」


 ソフィアはむっとした顔でこちらを見つめていた。

 まるで子どもを叱る母親のようだ。


「ビスカーダの森の民は婚前交渉は一切禁じられています。たとえキスだとしても、です」

「んんん――ぷはっ」


 イヴェリオはソフィアの手をどかした。

 新鮮な空気が入ってくる。


「心外だな。私は別に――」

「あ、そうだ。今度はイヴェリオ様のことを聞かせてください」


 見事に話を逸らされた。


 ソフィアは何事もなかったかのようにすたすたと泉の前の定位置に戻ってしまった。


 ――この女。


 イヴェリオは後を追ってソフィアの隣に座った。


「今更聞きたいことってなんだ?結構話しただろ」

「今のことはいろいろ聞いていますけど、ほら、例えば子ども時代の話とか。聞いたことなかったな、と」

「そんなに面白いものでもないぞ。言われるがまま、勉強しかしていなかったような子どもだったし――あ」


 ん?というように、ソフィアはイヴェリオの顔をのぞき込んできた。


「昔、勉強を抜け出して城内を冒険したことはあったな。それで書庫を見つけたんだ」

「書庫ですか?」

「ああ。普通に図書館のようなものはあるのだが、そうではなくて、もっと大量の書物が置いてあるんだ。中にはいわゆる禁書のようなものもあって、そういえばしばらく入り浸っていたな。思い出した」

「意外とやんちゃしていたんですね」

「やんちゃというほどのことじゃないだろう。城を抜け出すわけでもあるまいし」


 そのときだった。

 視界の端を何かが動いたような気がした。


 イヴェリオはばっと後ろを振り返った。


「どうしました?」

「今誰かいたような」

「え?誰もいないですよ。もしかしたらポップとか?」

「いや――」


 ポップではない。

 気のせいか?


「そろそろ帰るか」


 イヴェリオは立ち上がった。


「来週は来れそうですか?」

「たぶんな」

「ではまた」

「ああまた」


 ソフィアに見送られて、イヴェリオは泉を後にした。

 しかし少し歩いてイヴェリオは後ろを振り返った。


 さっき確かにいたはずなんだ。

 が。


 謎が解決しないまま、イヴェリオは再び前に向き直り、そのまま帰路についた。




 ――その夜。


「さぁ、半年の期限じゃ」


 イヴェリオはオルビアと対面していた。

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