第42話 デジャヴ

 な、なぜばれた!


 ガブロの推察に、イヴェリオは動揺を隠せずにいた。


 そんなに表情に出ていたか?

 いや、うまく隠せていたはずだ。

 少し表情が曇ったぐらいでそこまでわかるものか。

 この男、どれほどの切れ者なんだ?


「申し訳ございません。出過ぎた真似を」


 怒ったと思われたのだろうか。

 すっかり黙りこくってしまったイヴェリオに、ガブロは頭を下げた。


「いや、別にいいんです。いいんですが――」

「ではイヴェリオ様とお呼びしても?」

「ん?ああ、はい」


 良かったと、ガブロはにこやかな笑顔を浮かべた。

 しかしイヴェリオの心は晴れぬままだった。


「そうだ。ここまで野暮なことを聞いたついでに、もう一つお聞きしても?」

「なんでしょう?」


 ここまでくると何を聞かれてももう変わらない。


「どうして“王子”呼びがお嫌いなのですか?何か理由でも」

「え?あぁ」


 こうなったら全部話すか。


 イヴェリオは半ば自暴自棄になっていた。


「あのぉ、王子ってなんかその――」

「はい」

してるじゃないですか」

「――はい?」


 ガブロはきょとんとしてこちらを見た。


「だ、だって王子ってなんかその、キラキラ笑顔を振り撒いているイメージじゃないですか。国民に愛されもてはやされる存在っていうか」

「嫌なんですか?」

「嫌っていうか、自分にはどうも似合わないというか――国民に笑顔で手を振る自分の姿を新聞なんかで見ると、鳥肌が立つんです」


 イヴェリオはここまで言ってから気づいた。


 こんな大暴露、初対面の人に話す内容ではないな。

 軽率だった。

 あまりに戸惑って正常な判断ができなくなっていた。

 こんなこと、父様に知られたら――。


「わっはっはっは」


 隣から、今日一番の大きな笑い声が聞こえてきた。

 大広間自体騒がしいので、周りは気づいていないようだが。


「す、すみません。いやぁ参ったなぁ、はは」


 あっけにとられるイヴェリオを差し置いて、ガブロは未だ笑い続けている。


「こちらの勝手なイメージで恐縮ですが、イヴェリオ様はその、いわゆるキラキラしたところの王子のような人物だと思っていたので。そうですかそうですか。はは、面白い御方だ」

「あ、あの」

「いいじゃないですか。キラキラしていなくても」

「え?」


 ガブロは笑いを引っ込めて、イヴェリオを見つめた。


「王子、国王、ひとえにそう呼ばれますが、いろいろなタイプがいてもいいと私は思いますがね。イヴェリオ様ももっと自分を出してもよいのではないでしょうか。私は作り物の笑顔よりも、今の素のイヴェリオ様のほうが好きですがね」


 そのとき、遠くからガブロの名が呼ばれた。


「ああ何やら呼ばれているみたいですね。そろそろお暇しましょう。長い間こんな年配に付き合わせてしまって申し訳ありませんでした。ではまたの機会に」


 そう言ってガブロはすたすたと歩いていってしまった。

 イヴェリオはただ呆然とその背中を眺めていた。


 嵐のような男だった。

 さすが父様の友人といったところか。

 いや、あの性格、本当に父様に合っているのか?

 父様は前時代的。打って変わってガブロはとても先進的な考えを持っているような気がする。

 気を付けなければ足元をすくわれてしまいそうな雰囲気さえ覚える。

 ――使いようによっては毒にも薬にもなるといったところか。

 ガブロ=ミンツァー。面白い男だ。


 ――――――――――


「王子様」


 舞踏会が終わり、部屋に戻ろうとしていたイヴェリオは、使用人に引き留められた。


「なんだ」

「法皇様がお呼びです」


 またか。


 イヴェリオはため息をつくのをぐっと我慢して、談話室へと向かった。


「なんですか」

「そろそろ限界じゃないのか」


 オルビアはイヴェリオの目を鋭く見つめた。


「何がですか」

「婚約者探しじゃよ」


 イヴェリオはぐっと口を結んだ。


「もういい加減、周りがうるさい。これ以上は無理じゃ」


 それはあなたが焦りを露わにしているせいでしょう?


 イヴェリオはうんざりという目でオルビアを見つめた。


「あと半年、あと半年以内に婚約者が見つからなければ、無理やりにでもこちらが決めた相手と結婚させる」

「はい?」

「これは最終宣告じゃ。こちらは十分待った。勝手に相手を決められたくないというのなら、半年以内に誰かしら見繕え。いいな」


 一方的にそう言い放つと、オルビアは席を立って行ってしまった。


 あの人はほんとうに――。

 いや、予想はできていたことだ。

 それどころか、かなり遅いくらいにも思える。


「とうとう来たか。にしても、誰かしら見繕えといっても結婚したい相手なんか私には――」


『イヴェリオ様』


 イヴェリオはピタッと動きを止めた。


 今出てくるか、あの女が。

 いやありえない。あいつは貴族でもなんでもない。それも地位の低い原住民だ。

 あんなやつと結婚できるわけが――。


 自分の心を認めぬまま、私は考えることをやめた。

 そして、オルビアの最終宣告も真剣には考えず、問題を問題のまま蓋してしまった。


 そうして何も解決しないまま時は経ち、期限の半年が訪れようとしていた。

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