第41話 王の友人

 一週間後、イヴェリオは暗い森の中、ではなく、シャンデリアまぶしい王宮の大広間に立っていた。


 父様も毎月毎月よくやるよ。


 舞踏会という名の婚約者探しは混迷を極めていた。

 そもそも王子に結婚の意がないのだ。当然だろう。

 だがオルビアはどうにかイヴェリオをその気にさせようと、相変わらず国中から、辺鄙な土地の領主令嬢までをも招いていた。

 その必死ぶりから家臣たちもいよいよ焦りを見せてきて、令嬢がたにどうにかしてイヴェリオの心に入り込ませようと、血眼になっていた。


 その一方で当の本人はというと――。


 はぁ、早く終わってくれないものだろうか。

 作り笑顔で顔がつりそうだ。


 周囲の声など露知らず、辟易した感情を隠して、表面だけ取り繕っていた。


 あれから一週間、ポップの嫌味ごとが気になっていろいろと調べてはみたが、全くそれらしいことは出てこなかった。

 あいつの言った通りで癪だが、調べることなど不可能なのだろうか。

 だが、だとしたらあいつは何のことを言っていたんだ?

 やはり大したことではないのだろうか。


「王子様」


 この場に無関係のことに考えを巡らしていると、ふと隣から細い声がした。

 今晩何度目かもわからない、ご令嬢のご挨拶だ。

 イヴェリオは一瞬で“王子”のスイッチを入れた。


「はい。何でしょう」

「あ、あの、私ラキニヨンから参りました、ヘレン=モルガンと申します」


 ラキニヨンと言えば、ポップ王国の最西端。辺境中の辺境だろ。

 父様、そんなところにまで手を伸ばして。


「私、王子とお会いするのをずっと夢にみていましたの。だから今日はお会いできて光栄です。今まで生きてきた中でこんなにも嬉しいことはありません。実際にお会いして、より一層素敵な方だと、ああ笑顔もなんて麗しく――」


 モルガン嬢は頬を赤らめ、上目遣いにこちらを見てきた。

 早口でイヴェリオを褒めまくっている。


 ふん。うわべだけを見て。

 あなたが素敵だと言った笑顔は安っぽい作り物ですよ。

 それにしても、どの令嬢も懲りないな。

 私に結婚の意など、全くないなど知っているのだろうか。


 イヴェリオは冷めた感情がばれないように、適当に相槌を打ち続けた。

 しばらくして、言いたいことを言い終わったのか、令嬢は満足して帰っていった。


 あの令嬢にしても、結局は自分が一番。

 私を立ててどうにかして妃の位を手に入れようとする。

 そんなに地位がほしいのか?いやほしいか。

 あの妾たちもそうだった。

 これだから女は――。


『イヴェリオ様――』


 そのとき穏やかな、透き通った声が脳内をよぎった。


 イヴェリオは首をふるふると振った。


 なんで今、あの女が出てくるんだ。

 まったく関係ないだろ。

 それに、あんな、はしたない女――。


『惚れたのか?』


 ――ポップめ、変なこと吹き込んで。


「イヴェリオ王子、どうか致しましたか?」


 はっとして声のほうを見てみると、一人の男がこちらに近づいてきていた。


「ミンツァー侯爵」

「お久しぶりです」


 ガブロ=ミンツァー。

 王都より南、小都バスタコ、その領主であり、王政に20年以上関わってきた要人である。

 見た目快活な初老の男だが、相当なやり手だと聞いている。


「いやぁ、今夜は豪華ですね。舞踏会に参加させていただくのは久しぶりですが、たまにはいいものですね」


 そう言ってはっはっはっとガブロは笑った。


 この方の笑い方はこちらまで気分が明るくなるな。


「ミンツァー伯爵は――」

「ガブロでいいですよ。法皇様もそうお呼びですし」

「――じゃあガブロ様、ガブロ様は父と古くからの友人と聞きましたが、一体どういう経緯で」


 ガブロは確かまだ40代半ば。

 今年80になろうというオルビアとは結構な歳の差がある。

 それにあの一筋縄にはいかない父に、一体どうやって取り入ったのか。


「あぁチェスですよ」

「え、チェス?」


 予想外の答えにイヴェリオは拍子抜けした。


「私がまだ政治に関わり始めてほどない頃、オルビア様主催でチェスの手合わせをする機会があって。そこにお呼びしてくださったんです。しかも若輩者の私なんかと対戦していただき――そこでまさかの勝ってしまったんですよね。忖度も何もなしに」


 はっはっは、と再びガブロは笑った。


 いや笑い事ではなくないか。

 そういう場は王を立てるのが通例。

 家臣たちは、王のご機嫌取りに奔走し、少しでも気に入られようとする。

 また、家臣同士も、それぞれの序列を明らかにするために参加している口がある。

 そんな場で堂々と王に勝ってしまうなんて。


「いやぁ今思うとなかなか青ざめるような状況ですよね。ですがオルビア様はそんな私を気に入ってくださったようで。『面白いやつだ』と。それ以来チェスの友人として、プライベートでも親しくさせていただいています」


 そんな経緯が。

 やはりこの男、ただものじゃない。

 度胸が据わっている。


「王子はチェスはお好みで?」

「――あぁいや、私は別に」


 するとガブロはじっとこちらを見つめてきた。


 何だ?


 イヴェリオは訝し気にガブロ見た。


「あ、あの――」

「ああ失礼しました、王子。――いや、イヴェリオ様とお呼びしたほうがよいでしょうか?」

「え?は、え!?」


 突然の発言にイヴェリオは戸惑いを露わにした。

 そのときの自分は傍から見て、とてもみっともなかったに違いない。


「え、え、なぜですか」

「いや何となくですよ何となく。先程から王子とお呼びするたびに、表情が少し曇られていたので。もしかしたら王子と呼ばれるのがお嫌いなのかな、と」


 ガブロの洞察に、イヴェリオは固まった。

 騒がしい饗宴の音が一気に消え去ったような気がした。

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