第40話 無知の罪
「ではまたいらしてくださいね」
「ああ」
ソフィアの微笑みに見送られて、イヴェリオは泉を後にした。
最初のときは帰り道も分からなかったが、今となってはもう慣れてしまったな。
イヴェリオは暗い森を出口に向けてすたすたと歩いていった。
しかしその途中、イヴェリオはふと足を止めた。
視線の先、木にもたれかかっている男の姿。
ポップだ。
イヴェリオは再び歩き出すと、ポップを横目にそのまま前を素通りしようとした。
「おいおいおい、無視はよくねぇだろ」
後ろからポップがついてくる。
イヴェリオはそれに目をやることもなく、歩き続けた。
「ていうか、殊勝なことだな。毎週毎週わざわざこんなところまで足を運んで――惚れた?」
「はぁ!?」
イヴェリオは思わずポップを振り返った。
あ、しまった。反応したら負けなのに。
「どうした?急に。お口が悪いぞ?あ、もしかして図星か?」
「はっ」
ポップの発言をイヴェリオは鼻で笑った。
「誰があんなはしたない女を。事あるごとにべたべたと触ってこようとして、身分うんぬん関係なく失礼極まりないだろ」
「ははっ、だよな。ほんと、やめてもらいたいよな」
珍しくポップはイヴェリオの意見をそのまま肯定した。
なんだ?急に物分かりが良くなって。
すると、ポップはぐっとイヴェリオに顔を近づけた。
「こんな汚れたもんに触れるだなんて、ソフィアにとって毒にしかならねぇだろうからな」
「は?」
ポップは聞いたこともないような低い声でそう呟いた。
間近に見える奴の目は冷たい。
本当に汚物を見るような、軽蔑の込めた表情。
数秒のにらみ合いの後、ポップはぱっと元のニヤついた顔を戻した。
「あぁでも良かった。お前がソフィアのこと何とも思ってないっていうんだったら問題ない。ほら、さっさと帰れ」
ポップはしっしっというふうにイヴェリオを手で追い払う動作をした。
その様子に、今まで溜まっていた苛立ちが溢れ出した。
「ポップ、お前、なんでそんなにも私に突っかかる」
「あ?」
「そうだろ。最初に会ったときから、私のことを疎ましく思っていたのは見え見えだ。だが私はお前に何かした記憶はない。だからどうして――」
「どうして、ね?」
ポップは再び笑顔を引っ込めて、冷たい眼差しでこちらを見つめた。
「お前、それ本気で言ってる?」
「は?」
「『は?』って。お前やっぱり口悪いよな。王族がそんなんでいいのか?」
「大丈夫だ。お前にしかこんな口きかない」
「それはお互い様だ」
またしてもにらみ合い。
どう頑張ってもこの男とは一生分かり合える気がしない。
私はそのときそう確信していた。
「あぁもういいや。面倒臭い」
先に目線を外したのはポップのほうだった。
「お前に心当たりがないのも無理はないだろうな。お前がただの一般庶民なんだとしたら、な」
「だから理由を――」
「教えてやんない」
ポップはイヴェリオを見下ろした。
「どうして俺がわざわざてめぇに教えなきゃなんねぇんだ。気になるなら自分で調べてみろよ。――まぁ、調べられるかは知らねぇが」
なんだその挑戦的な言い方は。
イヴェリオはポップに教えを乞うのが馬鹿らしくなってきた。
こんなやつに聞く方が間違っている。
自分で調べれば済む話だろう。
「ふん。お前のことだ、どうせ大した理由ではないのだろう。悪かったな。では失礼する」
イヴェリオはそのまま背を向け、出口へ向かおうとした。
「なぁイヴェリオ」
ポップのぶっきらぼうな呼びかけにイヴェリオは足を止めた。
「無知は罪だぜ」
吐き捨てるような言い草。
しかしイヴェリオはポップを振り返ることなく、再び進み始めた。
何を間違えたのか、どこから間違えたのか、それはもう絶対にわからないこと。
たとえそうだとしても、考えてしまう。
あのとき、私がポップを振り返っていれば。
プライドを捨て、頭を下げて理由を聞き出していれば。
今思うと優しいものだ。
わざわざ忠告してくれていたのだから。
それはきっとポップ自身ソフィアのことを想っていたのだろう。
でなければポップが王族の私なんかに構うはずがないのだ。
『無知は罪』
その言葉の真意を知ることなく、私は罪を犯すことになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます