第37話 禁断の森の先住民
「先住民?禁断の森の?」
自称禁断の森の先住民、ソフィアを目の前に、イヴェリオは混乱していた。
「ありえない。ここは一度入れば二度と出ることはできない、危険な森のはずだ。そんなところに人が住んでいるなんて一度たりとも聞いたことはないぞ」
「表向きは、そうなっています」
動揺するイヴェリオとは対照的に、ソフィアは静かだった。
「王子、なぜこの森が危険と言われているかご存じですか」
「それは、魔獣が住んでいて――」
「もちろん、それもあります。ではなぜ魔獣が住むような独自の生態系が、こんな城のすぐそばに作られているかご存じですか」
「え?」
そう言うと、ソフィアは顔を横に向けた。
視線の先にはあの赤い石がある。
そういえばあの石、いや玉と言ったほうがいいのか?
妙にギラギラと輝いて、あれは一体――。
「あれはポップです」
あれはポップ?
え、ポップ?
「え、え!?」
イヴェリオは素っ頓狂な声を上げて、勢いよくソフィアを振り返った。
「ご存じですよね」
「馬鹿言え。知ってるも何も――」
イヴェリオは改めてまじまじとポップを見つめた。
ポップはこのポップ王国の根幹とも言える、ポップ魔力の源。
その正体が石の玉であることは周知の事実となっているが、それがどこにあるのかは分からないものとされていた。
だがまさか、禁断の森の中に、それもこんな王城の真横に存在していたなんて。
「ビスカーダの森は、このポップが存在するがゆえに、特殊となっています。中央にポップそのものがあることで、濃い魔力の渦が出来上がり、その魔力環境に適応した独自の生態系が築かれているのです」
ソフィアは続けた。
「人を寄せ付けない、というのはもちろん魔獣の生息地だからでもあります。ですが根本的に、特殊な魔力の渦が存在する環境では、人は普通に生活することさえ難しい。だから誰もこの場所には立ち入ることはできないのです」
そういうことだったのか。
禁断の森は何人たりとも立ち入ることを禁じられている。
その実は、そもそも人間が生きていけるような環境ではないことを暗示していたのか。
しかし、王子の私でさえ知らないことを、どうしてこの女が知っている?
いや、そもそも先住民と言っていたが、禁断の森に先住民がいるなど生まれてから聞いたことがない。
生きていくことすら難しいと言っていたのに、どうしてこの女はここで暮らしていける?
「お前、さっき自分はここの先住民だと言っていたな」
「はい」
「あれは一体どういうことなんだ」
イヴェリオは鋭い眼差しでソフィアを見つめた。
「私はこれまでこの森に先住民がいるなど聞いたことがない。お前らはいつから――」
「そうですね。ポップが誕生した少し後ですから、この国がポップ王国を名乗るよりも少し前でしょうか」
え?それって、ポップ王国が改名した頃だから――。
「200年前!?」
「そういうことになりますね」
そんな前からこの場所にいたのか、この民は。
イヴェリオは声が出なかった。
「ポップが誕生して以降、私たちはずっとポップのそばにおります。だからこそ、私たちはこの森で生きていけるのです」
イヴェリオはごくりと喉を鳴らした。
「ますますわからない。ではどうして世間はお前らのことを知らない。お前らは一体何者なんだ」
「それは――」
「ちょーっと待った」
そのとき、ソフィアの声を遮って、後ろから声がした。
ばっと振り返ると、そこには木にもたれかかりこちらを見つめる、若い男の姿があった。
「ソフィア、なぁんで部外者入れてんだ?それも王族様なんか」
なんだこの失礼な態度は。
一体誰――。
「ポップ」
イヴェリオは耳を疑った。
今、この女、なんて言った?
ありえるはずがない。
だがソフィアは確実に、若い男のほうを見てそう言った。
突然のことに固まっているイヴェリオに気づいて、ソフィアはイヴェリオの方に体を向けた。
「王子様、ご紹介します。こちらはポップです」
「――――は?」
数秒の沈黙の後、イヴェリオはかろうじてそれだけ絞り出した。
「ははははっ、口開けてぽかんとして、だらしねぇな」
森の中に響く笑い声。
男が腹を抱えている。
こいつ――。
「ポップ様、おやめください」
「んな怖い顔すんなよ」
ソフィアの低い声に、ポップと呼ばれた男は笑いを引っ込めた。
「混乱させて申し訳ございません。この男は正真正銘ポップそのものです。正確に言えばポップの妖精、とでも言いましょうか」
イヴェリオの顔にはてなが張り付いた。
「いわばこの男はポップの魂が具現化した状態。あくまでそこにある石が本体で、その意思が分離したのがこの男。要は、ポップは石とこの男を合わせて一つなのです」
「魂?具現化?」
まだよくわからない。
とにかく、この男とそこにある石、どちらも同じポップということなのか?
「さっきからさぁ、この男この男って言うなよ」
ポップが横やりを入れてきた。
「申し訳ございません。ポップ様」
「そのなんの敬いもない様付け、本当にどうかと思うけどな」
反省の色のない謝罪にポップはため息をついた。
そしてちらっとイヴェリオのほうを見ると、こちらに近づいてきた。
「なんかもうすでに紹介されちまったけど、改めて。はじめまして王子さん、俺はポップだ」
これが国を支えるあのポップなのか?
イヴェリオは目の前の男をまじまじと見た。
見た目は普通の若い男。
年は私と同じくらいか?
にやにやした顔で見下ろしてきて、実に不快だ。
「魂うんぬん言っていたが、どういう――」
「あ、知りたいか?いいぜ。ほらソフィア」
すると、突然背中が押された。
「えっ、わっ」
目の前のポップにぶつかる、と思った次の瞬間、イヴェリオはポップの体をすり抜け、前につんのめった。
今、何が起きた?
訳が分からず、イヴェリオはゆっくりと二人を振り返った。
「ははっ、鳩が豆鉄砲を食ったみたいな顔してやがる」
ポップの乾いた笑い声が、耳に障る。
「言ったろ?俺は魂だけの存在だって。要は霊とおんなじなんだよ。俺は一切外の世界に干渉することができない」
いきなりのことに頭が整理できない。
イヴェリオは目をぱりくりさせた。
「ポップ様、からかうのもいい加減にしてくださいね」
「いいじゃねぇか別に。俺はポップ王国民でも何でもないんだし。こいつに義理立てする必要もねぇよ。っつーか第一お前も乗ってきたじゃん」
そういえば、押してきたのはこの女のほうだった。
イヴェリオはじぃっとソフィアを見つめた。
ソフィアはその視線に気づいているのか、しらっとした態度で、目線を合わそうとしない。
「イヴェリオ王子、そろそろお戻りになったほうがよろしいのでは?」
「え?」
話題をすり替えるように、ソフィアは言った。
そうだ。舞踏会を抜け出してきたんだった。
今何時だ?
「そうだな。帰らせてもらう」
「あ、お待ちください。出口まで送ります」
足早に帰ろうとするイヴェリオを制止して、ソフィアはイヴェリオの隣に駆け寄った。
よくよく考えてみれば、帰り道など覚えていなかった。
いろいろと新事実を突きつけられてどうにも冷静ではないらしい。
イヴェリオはソフィアの提案を黙認して、一緒に森の出口へ向かった。
「それでは、良かったらまたいらしてくださいね」
ソフィアは静かに一礼すると、森の奥へ姿を消した。
あの女、そこらの令嬢とは全く違う、見たこともないような変な感じがした。
――まぁ、もう二度と来ることはないだろうが。
そんなことを考えながら、月が照らす中、イヴェリオは帰路についた。
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