第35話 女運のない男

“オルビアには女運がない”

 これはもはやポップ王国全国民が知る事実であった。


 オルビアが最初に結婚したのは彼が20歳のとき。

 相手は、許婚であった16歳のご令嬢だった。

 初めのうちは何の問題もなく、誰もがうらやむような理想の夫婦生活だったという。


 しかし、問題が起きたのは結婚から数年後、王妃が流産したのである。

 その後も妊娠が発覚してもうまくいかず、これが何度も続いた。

 そんなことが何度も起きて、王妃が正気でいられるわけがない。

 精神を病んでしまった王妃はもはや、子どもを作るどころの話ではなく、生きる気力さえ失っていた。

 ゆえにオルビアは、彼女のために離婚を決意したのである。


 まぁ、この話はまだ許容できる。

 王妃のためにもそれが一番だったのだろう。

 精神病に罹った王妃など聞こえが悪いなどと、家臣たちからの非難がうるさかったから、という理由もどうやらあったようだが。


 それから約1年後、オルビアは二度目の結婚をする。

 しかし、二番目の王妃は最悪な人物だった。

 金遣いは荒く、使用人への当たりも強い。

 その噂は瞬く間に世間に流れ、非難が殺到し、結局、結婚してから1年ほどで離婚。

 この頃からオルビアの女運のなさがささやかれるようになる。


 それから少し時が経ってオルビアが35歳のとき、彼は三度目の結婚をした。

 相手は15歳のご令嬢。

 二番目の妃とは違い、おしとやかでかつ気前が良く、これ以上ない最高の王妃だった。


 しかし、再び問題が起こる。

 今度は子どもが全くできなかったのだ。

 それは何年経っても変わらず、そうこうしているうちに、王妃の年齢も限界に近づいていた。


 本来であれば、後継者を作れないという理由で離婚をする場合もあるのだという。

 だがそのときはそうもいかなかった。

 なぜなら、王妃は国民に愛されていたからだ。

 そんな王妃を一方的に別れさせれば王室への非難は免れない。

 そもそもオルビアは三番目の王妃のことを気に入っていた。

 だから別れる気など毛頭なかったのである。


 だがしかし、後継者の問題は秒読みで迫っていた。


 その板挟みの中でオルビアが出した結論が、妾を雇うことだった。


 正妻として王妃はそのまま、子どもを作るための妾を新たに王室に入れる。

 世間からの非難も多少はあったが、王子の生まれない状況に危機感を持った者も多かったため、さして影響は少なかった。

 全国民がこれでどうにかうまくいけば、とそう思っていたのである。


 しかし、何度も言うように、オルビアには女運がない。

 妾は王宮での暮らしに現を抜かして、子作りに消極的。

 これではまるで雇い入れた意味がない。

 結局そのまま数年が過ぎ、国民も、カヤナカ王家ももはやここまでか、と諦めの声が多くなっていった。

 家臣やまわりの貴族、そしてオルビア自身も自分の血を残すことは諦め、どうにかカヤナカ家の遠縁の血筋を探そうと奔走していた。


 そんな時、奇跡が起こる。


 正真正銘、オルビアの子どもができたのだ。


 そしてなんと妊娠したのは、妾などではなく、正妻である三番目の王妃だった。


 国民は喜びに沸いた。

 これ以上望むことなどないと言わしめるほどの最高の結果。

 これで正当な血筋を残せる。

 

 そして数か月後、王国に王子が誕生した。

 

 そう。私こと、イヴェリオ=カヤナカの誕生である。

 

 国民は奇跡に沸いた。


 しかし、新たな問題が浮上した。

 それは王妃の年齢である。


 そのときオルビアは55歳、王妃は35歳。

 普通では考えられないほどの高齢出産であった。


 私がすくすくと育つ一方、王妃は日に日に弱っていった。

 そして、私が2歳になった頃、物心つく前に、王妃は亡くなってしまった。


 さて、ここまでならば、世間一般から言われているように、オルビアは女運に恵まれないかわいそうな王様というだけになる。


 本当の問題はここからである。


 では、せっかく雇い入れたあの妾たちはどうなったのか。

 本来ならば用済みと掃き出してもよいのだが、ところがその当時、少しでも非難を減らそうとした王室は、妾に下級貴族の令嬢を招き入れたのである。

 下級とはいえど貴族の端くれ。簡単に切り捨てるわけにもいかなかった。

 だからオルビアは彼女らを王妃の死後もそのまま王室に置いておいたのである。


 その結果、何が起こったか。


 彼女らは少しでもオルビアに気に入られようと、王子である私に近寄ってきたのである。

 そのうるさいこと。


「王子様、どうぞこのお召し物を。うちの領で獲れた最高級の綿で織られたものですわ」

「王子様、こちらの宝石はいかが?――あら、なんと素晴らしいことでしょう!きっと将来は国王様のように容姿端麗になられましょう」

「王子様」

「王子様!」


 あぁーもううんざり。

 女なんて嫌いだ。


 母親の愛を受けることなく、物心ついて間もなく、それを経験した私は、すっかり女と言うものに嫌気がさしてしまったのだ。


 そういうわけで、晴れて女嫌いになった私は、結婚相手が決まらないまま25歳。


 オルビアの件で慣れきってしまったポップ国民は、沈黙を貫いている。

 下手に適当な令嬢と結婚して失敗するよりは、じっくり相手を見極めて、確実に後継者を作ってもらったほうが良いと学んでしまっているのだ。


 だがそれももう限界が近づいていた。

 許婚がいるならともかく、それすら決まらないままずるずると。


 何よりその当時、ポップ王国には鬼気迫る重大な問題があった。

“王位継承”である。

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